地元を撮り続けた町職員が選んだ「10枚」の写真。家族や風景、当たり前の光景じゃない【3.11】

楢葉町の職員、鈴木教弘さんは復興に向けて歩む地元の姿を撮り続けています。選んでもらった10枚の写真から「福島の今」を見ます【東日本大震災と東京電力福島第一原発事故】
家族写真(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
家族写真(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から復興に向かって歩む地元を撮り続けている人がいる。

福島県楢葉町の職員、鈴木教弘さんだ。役場で仕事をする傍ら、休みの日は浜通り地方を中心にシャッターを切り、町の様子を記録し続けている。

なぜ写真を撮り続けているのか。この13年で地元の景色はどう変わったのか。

鈴木さんが選んだ計10枚の写真から、福島の「今」を見る。

「オール楢葉」で課題に向き合い

楢葉町は、福島県の浜通りに位置する。津波で大きな被害を受け、原発事故でほぼ全域に避難指示が出たため、町民らは県内外に避難した。

鈴木さんも地元出身のパートナーと結婚して半年というタイミングだった。いわき市に避難しながら町役場の仕事を続けてきた。

2011年9月には長女が誕生し、13年に次女、15年に長男が生まれた。子どもたちは避難先のいわき市で育った。

町の避難指示が解除されたのは、震災と原発事故から4年半が経った15年9月。全町避難した自治体で初めて解除され、「復興の試金石」として注目された。

しかし、4年半という月日の間に、住民らの生活は避難先に定着しつつあった。

帰還する際の不安は何か。どうすれば地元に戻ってくるのか。町長をはじめ、町職員らは「オール楢葉」で課題に向き合い、震災前の日常を取り戻そうと奔走した。

「楢葉に帰りたい」。そう思ってほしい

鈴木さんはこの頃、町の広報課に所属。自分にできることを考えた結果、未曾有の災害から立ち上がる町や町民を写真に収めることにした。

フィルムカメラを持っていた父の影響で、大学進学を機にデジタルカメラを購入し、2009年頃からマニュアル設定のできるコンパクトカメラで風景を撮り始めていた。

新聞やテレビの報道だけでなく、地元で生まれ育った自分たちだからこそ伝えられるものがある。県内外に避難する町民に『今の楢葉』を伝えたいというプライドもありました

特に解除前後は町内でイベントが相次いだ。食堂、駐在所、民間診療所、地銀支店、スーパーの宅配サービス、町の名物「木戸川のサケ漁」の再開ーー。

報道陣に混じって無我夢中でシャッターを切った。帰還した町民がいる、町の花「やまゆり」が綺麗に咲いた、子ども達が餅つきをする、こんなことを聞いたらすぐに足を運んだ。

地元の人間だからこそ撮れる町民の表情や美しいスポットがある。それらを毎月1回発行する町の広報誌「広報ならは」に掲載した。

「楢葉に帰りたい」。そう思ってほしいと写真を撮り続けた結果、他市町村や避難中の町民から「広報誌が変わった」「良くなったね」と声をかけられることも増えた。

避難指示解除後も町民の戻りは緩やかだったが、「みんな楢葉のことを気にかけてくれている」と思うと、嬉しくなった。

「手からあふれる春」(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
「手からあふれる春」(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

節目の日以外にも地元の営みは続いている

鈴木さんは、家族で楢葉町に帰還した。いわき市で育った子どもたちも今は楢葉の小学校に通っている。震災の年に生まれた長女は今春、中学生になる。

広報課から異動となったため、現在は業務でカメラを使うことはなくなったが、休みの日には撮影に出かけ、浜通りの復興の様子や人々の何気ない日常、家族を記録している。

震災と原発事故、避難指示解除から時が過ぎていくと、いわゆる節目の日しか話題にならない。でも、地元の人々の営みは変わらず続いています。あの日からどう変わってきたのか、やはりその様子は記録しておかないといけない

一方、以前のようにひたすらにシャッターを切ることは無くなった。

昔は立ち止まって撮る余裕なんてなかった。今は落ち着いて、人の様子や町の風景の移り変わりを見ることができるようになりました

その中でも、鈴木さんがこだわって撮影し続けている二つのスポットがある。

それは、楢葉町と同様に全町避難した富岡町にある「夜の森(よのもり)の桜並木」と、楢葉町の「上繁岡大堤」だ。いずれも桜が有名なスポットとして知られている。

特に夜の森の桜並木は、双葉郡で暮らす人たちにとってアイデンティティーのような場所。全長2.2キロにわたってソメイヨシノが植えられ、震災前は県内外から大勢の観桜客が「桜のトンネル」を見ようと訪れていた。

しかし、原発事故で避難指示が出た。2017年に一部地域で避難指示が解除され、徐々に桜並木を近くで楽しめるエリアも増えていったが、夜の森地区の大部分は立ち入ることができず、バリケードが設置されたままとなっていた。

除染が進み、全長2.2キロの桜並木全てを楽しめるようになったのは22年1月。23年4月には夜の森地区に出ていた避難指示も解除された。

鈴木さんは当時を振り返り、しみじみ語った。

「幼い頃から春は必ず夜の森の桜を見に行っていました。この桜を見ることは当たり前ではなかったんだという思いから、家族写真は毎年必ずここで撮ると決めています」

「いろんなことがあったけど、双葉郡に帰ってきた子どもたちにもこの場所を感じてほしいなと思って」

駆け出す(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
駆け出す(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

鈴木さんが撮影してきた写真からは、さまざまなメッセージを読み取ることができる。

いずれも当たり前の光景ではない。そこには福島が原発事故から一歩ずつ歩んできた道のりがある。

ここ数年で鈴木さんが撮った写真をいくつか紹介してもらった。どのような意味が込められているのだろうか。

「踏まれていない桜」

「2020年春、夜の森地区の路上に『踏まれていない桜』が落ちていました。ツンと上を向いて、人や車に踏まれることもなく、綺麗な状態でしたが、少し違和感があって……」

「というのも、昔は大勢の人が歩いて、車の渋滞もすごかった。だから、桜が綺麗な状態で落ちているなんていうのはあり得なかった。震災から9年がたっても、その時の状態には戻っていないんだと思いました。少し切なかったんです」

「踏まれていない桜」(2020年撮影、夜の森の桜並木で)
「踏まれていない桜」(2020年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

「春を待つ」

「22年1月、全長2.2キロの桜並木全てを楽しめるようになりました。まだ桜は咲いていないけど、早く桜が咲く時期になってほしいと思って撮りました」

「これまでバリケード越しでしか見ることができなかった桜を間近で見られる。皆、楽しみにしてるんだろうなと想像していました」

「春を待つ」(2022年撮影、夜の森の桜並木で)
「春を待つ」(2022年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

「家族写真」

「2023年4月、夜の森地区の避難指示が解除された後の家族写真です。カメラとスマホをBluetoothに接続し、桜並木の下で撮りました。2021年の写真と比較すると、子どもたちは大きくなったなあ」

「3人は震災の時に生まれていなかったけど、楢葉に帰ってきて、双葉郡の名所で家族写真を撮る。これは特別なことです。長女は今春から中学生ですが、最近あまり家族写真に乗り気でないのが悩み……」

「家族写真」(2023年撮影、夜の森の桜並木で)
「家族写真」(2023年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

「集水枡」

「純粋に綺麗だなと思って撮りました。ただ、『今年も春は終わったんだな』と寂しい気持ちにもなりました」

「それにしても、夜の森の桜はすごいボリュームだということがわかる1枚ですよね。集水枡が花びらであふれています。改めて桜並木の偉大さを感じました」

集水枡(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
集水枡(2021年撮影、夜の森の桜並木で)
鈴木教弘さん

「白鳥の飛来地で」

「原発事故でいわきに避難して、また楢葉に戻ってきて、見える景色が変わったように感じました。楢葉ってこんなに素晴らしい場所があったんだと、離れてみて地元の良さを再認識しました」

「綺麗な桜と星、最高です。実は震災前まで、ここで写真を撮る人は少なかったのですが、私がSNSに写真をアップしているからか、最近はカメラマンが増えています。いずれにしても地元が注目されると嬉しいですね」

星と花(2022年撮影、楢葉町の上繁岡大堤で)
星と花(2022年撮影、楢葉町の上繁岡大堤で)
鈴木教弘さん

散歩する夫婦。でも夫は……

楢葉は小さい町なので基本的に顔見知りです。解除の2年後、知り合いの夫婦が歩いていたので写真を撮らせてもらいました。町に帰還したばかりで、散歩していたそうです」

「でも、この写真を撮った後すぐに旦那さんが亡くなってしまった。葬儀の際にこの写真をお渡ししました。写真に収められた最後の姿だったかもしれないから

散歩する夫婦(2017年撮影、楢葉町の上繁岡大堤で)
散歩する夫婦(2017年撮影、楢葉町の上繁岡大堤で)
鈴木教弘さん

そろそろ桜の季節。福島では今年も自慢の花が咲き誇る。

福島の桜は綺麗なところが多いです。東京からも近いので、是非皆さんに見てほしい。人が戻ってくれば、幸せです

鈴木さんはこう話し、最後に選んだ写真について説明した。

2017年4月に撮影された夜の森の桜並木だ。今から約7年前のもので、同月に富岡町内の一部地域で避難指示が解除されたが、まだ桜並木周辺はほとんど立ち入ることができなかった。

黄色に光る信号の奥には、バリケードがうっすらと見える。それでも桜は毎年咲き誇った。バリケード前に立ち、目を細めて奥を見つめる人たちもいた。

「この年の桜並木がここ数年で一番『トンネル』になっていました。もちろん街灯はついていなかったので、本当は真っ暗です」

「テレビ局が撮影で一時的にライトをつけていたので、その光を利用して撮ることができました。これを当たり前の光景だと思わず、町の風景、家族の笑顔を記録していきたいと思います」

まだ大部分に立ち入ることができなかった頃の夜の森の桜並木。奥には立ち入りを禁ずるバリケードがうっすら見える(2017年撮影)
まだ大部分に立ち入ることができなかった頃の夜の森の桜並木。奥には立ち入りを禁ずるバリケードがうっすら見える(2017年撮影)
鈴木教弘さん

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