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2020年10月12日 13時17分 JST

各国で異なる「入国審査」。日本・ベルギー・スペインで体験した「水際対策」の違い

世界中ですっかり日常単語になった「PCR検査」と「自主隔離」。旅程にこの2つを組み込むことが、国外移動の「ニューノーマル」になっている。

時事通信社
羽田空港(撮影日:2020年10月02日)

私は普段ヨーロッパに住んでおり、ベルギー・ブリュッセルとスペイン・バルセロナの2拠点を行き来してきたが、コロナ禍によってこの2都市は遠いものになってしまった。

フライトでは2時間と、国内のように移動できたはずなのだが、新型コロナウイルスの感染が再び拡大している欧州では、各国がそれぞれに独自の対策を取り、EU(欧州連合)統合で長らく消滅していたはずの「国境」が復活した。渡航のためには、刻々と変わる入国先の感染予防策の情報を入手し、EUが統合する前の「海外旅行」のように時間をかけなくてはならなくなったのだ。

 

「透明性」を目指した「スーパーソフィー」

7月末からどうしても避けられない用事があり、日本と欧州の往復を2回、そして欧州でベルギーとスペインを2往復する必要があった。この間、日本とベルギーでPCR検査を2回、抗原検査を2回、2週間に及ぶ自主隔離を4回行い、スペイン厚生省、ベルギー厚生省、日本の厚生労働省に連絡先と健康情報を登録し、各国の水際対策を、図らずも身をもって経験することになった。

まず人口10万人あたりの死亡率が、一時期世界ワーストになったベルギー。ここで感染対策の陣頭指揮を行ってきたのは、女性初の首相だったソフィー・ウィルメス氏(10月1日の組閣により現在は副首相兼外相)だ。

政治空白を埋めるために、45歳で暫定政権の首相となり、全く知名度のない状態で未曾有の危機管理を任された彼女は、自ら連日記者会見を開いて国民に状況を率直に説明。子供番組にまで出演して、コロナについて子供からの質問に優しく答えた。その高いリスクコミュニケーション能力は、フランスを始め欧州メディアから、「スーパーソフィー」と呼ばれて賞賛されたほどである。

ベルギーの死亡率の高さは、コロナによる死者数に、老人ホームでの「コロナの疑い」による死者も算入したからで、スーパーソフィーが「完全な透明性」を目指したためとも言われている。

また、ベルギーでのマスク着用義務違反の取り締まりは厳しく、罰金は250ユーロ(約3万800円)にもなる。9月初めに私がブリュッセル空港に着いた時、同じフライトに搭乗していたフィンランド人の若い女性が、荷物を引き取る場所でマスクをせず、警察の注意にも素直に従わなかったため、取り締まられていたのを見た。

海外渡航にも感染状況を詳しく分析した制限がある。行き先の感染状況により、(1)ベルギーからの渡航に厳しい渡航自粛を求める「レッド」ゾーン、(2)注意が必要な「オレンジ」ゾーン、(3)渡航可能な「グリーン」ゾーンと、細かく指示が出されている。

この色分けは各国の感染状況に応じて頻繁に改定され、原稿を書いている時点では、ブリュッセルから特急でわずか1時間半の距離のパリもレッドゾーンに入った。ちなみに日本はごく最近グリーンゾーンに入り、日本から入国する場合は、検疫も隔離も不要になっている。

これに対して、私のもう1つの拠点であるスペインは観光立国なので、夏のバカンスシーズンが始まると同時に、外国からの入国規制をほぼ撤廃した。

入国する時に唯一求められているのは、「健康コントロールフォーム」の記入だ。記入する項目は過去14日間に滞在した国名、スペインへの到着日、フライト便名、座席番号、氏名、パスポート番号、滞在先、携帯番号、メールなどの情報。このフォームを飛行機への搭乗前(ただし直近の健康状態を記入するため、48時間以上前の記入は不可)に、オンラインでスペイン厚生省に送信すると、本人に割り当てられたQRコードが送られてくる。

このQRコードは、出国前にスペイン行きのフライトへのチェックイン時に、まず必要になり、これがないと飛行機への搭乗は拒否される。飛行機がスペインの空港に到着すると、預けた荷物を受け取る前に、QRコードをスペイン厚生省職員に提出しなくてはならない。あとはコロナが疑われる症状を発症したり、機内で濃厚接触者になったりしない限り、旅行中にトラッキングされることは基本的にない。

Photonews via Getty Images
ソフィー・ウィルメス氏

 

「レッドゾーンからの帰還者」

私がバルセロナに滞在していた9月4日、ベルギーが指定する「レッドゾーン」に、スペインが入ってしまった。ちょうど折悪しく、その2日後にバルセロナからブリュッセルに戻った私は「レッドゾーンからの帰還者」となり、PCR検査と14日間の自主隔離が義務づけられた。

ベルギーでもスペイン同様、入国者のトラッキングにはQRコードを採用していて、機体がベルギーに着陸するや否や、「あなたはレッドゾーンから帰還しました、14日間の隔離が必要です。すぐにPCR検査場に予約を取ってください」というメッセージが携帯に届く。PCR検査に必要な16桁の数字とアルファベットのコードも、このときに同時にSMSで通達され、自分はベルギー政府の意に染まない渡航をしてしまったのだな、という重い気分にさせられる。

「レッドゾーンからの帰還者」として、これから空港でどんな検疫が自分を待ち受けているのか、どこでPCR検査をするのか、その後、どうやって家に帰ることができるのか、何も詳しい説明はなく、不安が募った。

ところがあに図らんや、警告は携帯メッセージだけで、飛行機を降りてからの行動は驚くほど自由だった。タクシーや公共交通機関を使っての帰宅も可能である。

真面目な日本人としては不安になってしまい、

「私はレッドゾーンから今戻ったのですが、本当にこのまま出ていいのでしょうか?」

と、こちらから空港職員に確認に行った。ところが、

「そんなこと言ったって、このままずっと空港に居てもしょうがないでしょう」

と、呆れている。PCR検査場もその時点では空港になく、検査場のリストを渡されて、私はタクシーで帰路についた。

自宅での2週間の自主隔離生活に入り、ネットですぐにPCR検査の予約を試みたが、取れたのは2日後。この間に有り難かったのは、レッドゾーンから戻ったと知り、普段はあまり付き合いのないアパートの隣人までもが、買い物を手伝いましょうかと申し出てくれたことだ。

ロックダウン中にも、アパートの入り口には、

「202号室のXXです。ご高齢でお買い物に不自由されている方、私が代わりに買い物しますので、遠慮なくおっしゃってください」

という張り紙が貼られたが、こうした住民同士の助け合いのネットワークが、コロナによって自然に生まれている。

「レッドゾーンからの帰還者」としてアパートで後ろ指を指されるのでは、と気にしていたが、個人主義が強い西欧では、あまり他人の生活に深入りしないので、近所から白眼視される思いをすることはなかった。感染者数が多いせいもあるかもしれないが、感染自体も周りによく起こりうる話として、ある意味「ノーマル」になってきていて、感染者への偏見に関する話は、あまり耳にしない。

2日後のPCR検査は鼻咽頭を拭う方法で行われた。検査の結果は16桁のコードで管理され、結果は2日後に検査場のサイトにアクセスする形で入手できる。

自主隔離期間中には、ベルギー厚生省の女性から体調を尋ねる電話がかかってきた。その口調は雑談のような気軽さがあり、

「自主隔離に協力してくれて、ありがとう!」

と言われた。感じがいいが、この電話は1度だけ。PCR検査も自分から予約を取るというアクションを起こさなくてはいけないし、きちんと行うかどうかは本人の良識、あるいは違反した時の罰金の怖さによって成立するシステムである。

NurPhoto via Getty Images
ブリュッセル空港(撮影日:2020年6月15日)

梅干しとレモンの写真

この対極をなすのが、日本入国時の検疫だ。文字通り「水際対策」として、完全にオーガナイズされている。

飛行機を降りた乗客は厚労省職員によって誘導され、検査手順を口頭で説明される。さらに、英語、日本語併記で、検査の手順が表になったプリントが4枚も配られた。記入する書類も多いが、オンラインでできないので、全て手書き。書類に漏れがないか、何回も確認される。

プリントにはStep1(Room1, #143) 概要説明、Step2(Room 2, #142)検体容器、ラベル受け取り、検体採取、Step3 (Room3, #141) 書類審査、検査結果待ち、階段を上がる、Step4(Room4, #140) 検査結果通知、移動手段の確認――というようにキレイに図解され、至れり尽くせりといった風だ。どこか学校時代の健康診断を思い出す。

私が通過した8月初めには、羽田空港では鼻咽頭拭い液ではなく、唾液による抗原検査が導入され、それまで7~9時間かかったという検査結果の待ち時間が、2~3時間に短縮されていた。負担が少ないと言っても、唾液を1~2ミリリットル採取するのは、実はなかなか難しい。

ここで助かったのは、採取ブースの目の高さに掲げられた、陶器の皿に盛られた6粒の大きな梅干しとレモンの輪切りの写真である。日本語で「酸っぱい食べ物を思い浮かべてください」と書かれているが、英語はなぜか「Imagine……」のみなので、厚労省の職員が主に同胞に向けてのサービスとして、必死で考えてくれたのだろう。お役所の固い流れの中で、この工夫は妙に人間味を感じさせた。

しかし、14日間の自主隔離中に、厚生労働省から1日1回かかってくる健康確認の電話は、生身の人間ではなく、自動音声である。

 

国外移動の「ニューノーマル」

検査結果の伝達にも違いがある。日本では検体番号を申し出ると、口頭で陽性、陰性を伝えられるものの、陰性を証明しないとホテルに宿泊できない。そのため、陰性証明を求めると、羽田空港では紙に「陰性」とスタンプを押して名前を書いてくれた。が、その紙はかなり簡素で、氏名はなぜかカタカナ。

これに対して成田空港では、「コロナウイルス検査結果 陰性」と印刷された紙をくれたが、氏名の記載はされない。羽田空港、成田空港ではそれぞれ独自の“陰性証明”をしており、統一されてはいないという。

いずれにしても、海外渡航や外に向けての陰性証明には、もちろん通用しない。国にとって重要なのは陽性、陰性のふるい分けなので、個人の陰性証明には関心がないのだろう。

一方、ベルギーの場合は検査結果を通知する正式な書類が出される。私のようなレッドゾーンからの帰国者だけではなく、外国へ渡航する際に「陰性証明」が必要な人も、ネット予約さえすればPCR検査が受けられて、この書類がもらえる。もっとも海外渡航の「陰性証明」の検査の場合、PCR検査は46.81ユーロ(約5000円)、抗原検査は16.72ユーロ(約2000円)を自己負担する必要がある。

無料でないことも関係するのか、現在の検査数は1日あたり3万件だが、今後7~9万件を目指していて、最近、ブリュッセル空港では新しい検査場が稼働した。

ちなみに運営を手がけるのは、ドバイ(アラブ首長国連邦)に本拠を置き、デュッセルドルフ(ドイツ)やルクセンブルクなどの欧州の空港でPCR検査場を運営する多国籍企業。1998年にコソボで、NATO(北大西洋条約機構)による平和維持部隊に参加するドイツ軍が洗濯に困っていることに気づき、ランドリーサービスを始めて大成功、各国政府、国際機関の仕事を手がけるようになったという企業だ。

昨年は存在も知らなかった「PCR検査」と「自主隔離」が、世界中ですっかり日常単語になっている。旅程の一部として、この2つをスケジュールに組み込むことが、国外への移動の「ニューノーマル」になっている。

 

大野ゆり子 エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。

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(2020年10月9日フォーサイトより転載)