あの人のことば
2019年09月30日 11時32分 JST | 更新 2019年10月29日 01時17分 JST

「悔しすぎる」停電のあとの現実。台風15号に泣く、千葉の畳店店主の切実な思い。

「もしも」の可能性に対して、100%準備万端に向き合えなかったというだけで、「自己責任論」になってしまうのは、非常に酷な話だ。

「時計を見ると、午前4時16分でした。その時、完全に明かりが消えたんです」

鮮明に覚えているその時の様子を、千葉県市原市にある有限会社伊藤畳店代表取締役の伊藤新作(70)さんは語った。明かりが再び家に灯ったのは、7日後のことだった。

ほんまさゆり
被害状況を語る伊藤さん

2019年9月8日から9日未明にかけて関東地方に甚大な被害をもたらした台風15号の上陸。

関東地方では観測史上1位の最大風速、瞬間最大風速を記録。それだけで凄まじい威力がうかがえるが、例をみない被災状況が各地で明らかになってきた。

マスメディアでは連日、異例の長期間に及んだ停電や断水状況が報じられたが、被災者一人一人が直面する事情はなかなか見えづらい。

あの日も、それからも、彼らの生活は続いている。伊藤さんの苦しい表情から浮かび上がる「日本の課題」とはなんだろうか。

一夜明けた視界に映ったのは、見たことのない景色だった

9月9日未明。時計の針が日付をまたいだ頃、ひとしきりガタガタと震えていた窓と、途切れ途切れに消える明かりが、日常とは異なる不気味な夜を際立たせていた。

もう少しで夜が白むという時に「フッ」と突然明かりが消えた、千葉県市原市。

市内で畳店を営む、伊藤さんは語った。

「チカチカ点滅していた電気は、午前4時16分に突然消えました。台風が落ち着いた頃、自分たちの店の状況を確認していく道中、ゴルフ場の大きな柵が倒壊していたり、鉄塔が折れたりと、あちこちで見たことのない被害状況がありました」

「自分の店に到着すると、500キロある機械が転倒していて、畳を管理している倉庫の屋根や壁が破損していました。屋根から漏れた雨水で畳の3分の2はずぶ濡れになって、商品としては使い物にならなくなってしまいました」

「幸いスーパーと近所のガソリンスタンドは自家発電で通常通り営業していたので、食料や移動には困らなかったですね」

ほんまさゆり
一部破損した屋根

112坪の建物の屋根の張替えと壁の修理代が700万円。180万円で購入した機械の破損。

畳500枚程が浸水で廃棄となり、120万円程の商品損失。 

被災状況は、計1000万円以上の被害額に及んでいた。

重たい機械が倒れたのは、瞬間風速50~60メートル程の強風で転倒した可能性が高いという。もっとも深刻なのは、屋根の修理をしない限り、まともな営業ができない状況に陥ってしまったことだ。

屋根の修理代を支払う準備が整わないと、営業再開の見通しが立たない。これまでに幾度なく見送ってきた台風とは、別格の被災だった。

ほんまさゆり
500キロの転倒した機械

屋根の復旧は早くても2カ月先。

「馴染みの屋根の修理業者に見積もりや工事の確認をとってみたら、最短で工事は2ヵ月先だと言われました。屋根の破損は一部でも、劣化や材質の統一などを考えると全体を入れ替えなければならないと言われ、『修理代金の捻出』という一時的な面でも、『営業再開の見通しがたたない』という中長期の面でも、事の深刻さを痛感しました」

現在、千葉の工事業者は、高齢者の家屋を優先的に修理しているのだという。「2ヵ月先」という言葉は、被災した建物の多さを物語っていた。

伊藤さんは、他の地域の屋根業者に相談してみることも考えていたが、工期の問題以前に、資金面で難航していることもあり、現実は思ったように舵を切れない状況だ。

ほんまさゆり
一部破損した屋根

「ひとまず、ブルーシートで畳や屋根の一部をカバーしないと、と思いました。被災後、初の大雨予報となった9月18日に間に合うように、急いでブルーシートをかけなくちゃ、と思って。みんなも同じ気持ちだったんでしょうね。ここ数日で屋根から落ちて怪我する人がどんどん出てきてしまいました」

「行政からブルーシート(配布)の支援はあったけれど、自分たちしかやれる人がいない。被災した全員がそんな状況でした。自分の場合は、たまたま近所の方が屋根を登るときにグラついた足場や屋根を抑えるサポートをしてくれたので、注意して作業をすることができたけれど、吊り橋のようにグラグラな屋根の上での作業はとても怖かったです」 

市原市役所からはブルーシート、土嚢、ロープなどが配布された。

伊藤さんは、税金や国民健康保険料の減免、義援金支給、災害援護資金からの融資などに役に立つとされる「被災証明書」を、被災当日に申請。市が独自に実施する審査を経て、16日後の9月25日にようやく受け取ることができた。

市原市のシティプロモーション課によると、商工会議所が事業者の相談窓口となって融資やローンにまつわる相談を受けているという。 

自分たちの被災より、復興支援側に回りたい

営業再開の見通しが立たない状況の中、伊藤さんをさらに心苦しくしたのは、被災した別の家屋の家主からの畳の入れ替え依頼だった。

「依頼があるのに、応えられない状況が悔しすぎます。営業が再開できる状態なら自分たちも地域の復興作業に関われるのに、それができない状況が続いているんです。かろうじて小さなスペースで、晴れてる日に少しだけ作業できるものの、それだけでは追いつかない状況です」

伊藤畳店は全国でも珍しい「畳のリユース・リサイクル」を展開している畳屋だ。中古品を低価格で提供し、畳に関する豊富な知識を生かして信頼を勝ち取ってきた。

NHKの大河ドラマ制作チームや、雪印などの大手企業、海外ではミャンマー、フランス、ドイツなどの国々で幅広いクライアントとの取引がある。 

フローリングに変わっていく時代の流れを察知し、和の文化を生かした「リユース」の市場を作り上げてきた。低価格で畳を提供するだけでなく、畳の廃棄などに困っているお客さんにも丁寧に対応する。 

一見畳の取引とは関係ないような、市内のイチヂク農園さんに「夏場の保水」と「除草用」にと、古畳を解体して安価で提供したこともある。「炭」が健康に良いと注目された時には、中古畳を利用した「わら灰」の商品開発や、「炭」を白くする技術を独自で研究。 

時代に合わせていろんなチャレンジをしてきた。地元でも愛される畳店になった。

当然のように、自分たちの店の復興だけでなく「地元全体の復興を願っています」と伊藤さんはいう。

復興は「自己責任論」でいいの?

ここで、素朴な疑問が頭をよぎる。

伊藤さんは災害保険に入ってなかったのだろうか? 保険があれば、資金面でここまで頭を悩ませることもなかったのではないか?

伊藤さんはいう。

「15年程お世話になっていた保険屋さんがいたんですが、2年前に洪水の被害が起きた時に『浸水の範囲があと数センチ足りませんね』と言われて…。数センチではねられるんじゃあ保険に入ってても意味ないじゃないか、という考えになりまして、保険を解約してしまったんです。」 

「もしも」に備えて、危機管理対策を練ってきた伊藤さん。しかし、実際に水害が起こった際の保険業者のその一言で、「保険」を頼る意味を見出せなくなってしまったという。 

こうしたことは、多くの中小企業の現場で起きていることではないだろうか。

「万が一」に備えて、定期的に情報を集めたり対策の見直しをしたりすることは、そう簡単ではない。

しかし、それでも「万が一」は起きる。それを示したのが今回の台風だ。

日本に限らないが、近年日本の天候は「異例」「観測史上初」などの単語が頻出する状況だ。

今後は「自然災害が当たり前にある」という前提のもとで、設備のチェックを独自で実施していく必要があると、伊藤畳店も感じているという。事業の継続はもちろんのこと、従業員の安全や地域社会への貢献のためにも、こうした平時の準備が大切になってくる。

今まで通りでは、いざという時に、自分たちの身は守れない。

中小企業も自然災害に備えて危機管理能力を高めることが大事になってくる。自営業者の目線に立った災害保険も今後はより一層重要になってくるだろう。

ほんまさゆり
壁一面が吹き飛んだ

今回の台風を通じて、伊藤さんをはじめとする地域の経営者たちが、保険や設備管理などについての意識を高めることは、悲しみの中の希望でもある。 

一方で、「もしも」の可能性に対して、100%準備万端に向き合えなかったというだけで、「自己責任論」になってしまうのは、非常に酷な話だ。 

保険屋さんの一言によって、自然災害保険を解約してしまった伊藤さん。疲れ切ったその表情を見て、私は「自己責任ですよね」とは言えない。 

自分のためだけの災害復興だけでなく、地域全体で復興の循環を

台風15号は、関東地方の様々な地域に爪跡を残した。生活面では少しずつ「日常」を取り戻しているが、事業者は中長期で苦境に直面している。

赤十字や自治体、テレビ局が募る「義援金」は、「公平」「平等」に被災者に分配されるが、行政の復興事業には使用されない。また実際の被災地に分配されるまでにかなり時間がかかる。

復旧工事で資金が枯渇している事業者は、「今」資金を必要としている、と伊藤さんは訴える。

「同じ畳業者の被害状況を横目に見ていたのですが、彼らも自力での復旧を模索している状況でした。お互い自分たちのことでいっぱいいっぱいだからしっかり話はできていないけど、被害にあった事業者はみんな不安を抱えています」

「被害の大小は様々ですが、通常営業ができなければ従業員にも賃金を支払うことが難しく、取引先にも迷惑をかけてしまい心苦しい状況です」

事業者は倒産してもおかしくない窮地に立たされているといえるが、地域全体が被災している中で、「私たちの営業再開のために募金をお願いします」とは声高に呼びかけづらい状況である。

しかし、利己的に聞こえるかもしれないが、自分の商売を再開させることが地域全体の復興の1つのピースになるのではないか、と伊藤さんは信じているのだという。

伊藤さんは10月2日、畳店復興支援や、地域復興を呼びかけるクラウドファンディングを立ち上げる。

「私たちが営業できないと、家屋の畳の入れ替えで困ってしまう人の助けになれない。自分たちの商売のためのクラウドファンディングに見えるかもしれませんが、気持ちはそうではありません。自分たちが営業再開をして、被災支援をより頑張っていきたい」

「返礼品には地元のイチジクや、地域の特産品を選びました。地元の力で地元が復興していくために、ダイレクトな支援をしていただける方がいれば、嬉しいですね」

 

*伊藤さんが立ち上げたクラウドファンディングはこちら