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2021年08月18日 12時30分 JST

令和の中学受験、「進学塾」と「家庭」の役割が入れ替わる?

長引くコロナ禍でも、首都圏での中学受験熱は勢いが削がれる気配はない。ヒートアップするうちに、いつしか家庭が進学塾に、進学塾が家庭になってしまっていると塾講師歴27年の矢野耕平さんは、警鐘を鳴らします。

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コロナ禍をものともせず、年々激しさを増す首都圏での中学受験。合格を掴み取るため、保護者による「情報戦」の様相も呈している(イメージ写真)
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少子化でも激化する首都圏の入試

令和時代に入って、首都圏の中学受験がますます過熱している。端的に言えば、中学入試の受験者数が年々増えているのだ。

少子化が叫ばれてはいるが、「中学受験熱」の高い都心部にしぼって見るならば、児童数は増加の一途を辿っているし、近年の大学入試改革の混乱ぶりを目の当たりにした小学生保護者がわが子の「学校歴」の道筋を早期に決めたいという動きが加速している。さらに、昨年のコロナ禍の学校休校期間中、私学の大半がオンラインを活用した教育を充実させたこと……。これらが中学受験の盛況を演出する一因となったのは間違いのないところだろう。

わたしは中学受験専門塾の経営者であるとともに、子どもたちの学習指導に日々携わっている塾講師でもある。この世界に身を置いて27年目となるが、昨今の中学入試の大激戦ぶりは目を見張るほどである。なお、第1志望校の合格を射止めることのできる受験生は3~4人に1人と言われている。

だから、だろう。書店に足を運ぶと小学生保護者を対象にした中学受験関連書籍が平積みされているし、各種オンラインメディアでは中学受験が主要なトピックのひとつになっている。SNSの世界でも中学受験の話題に溢れていて、たとえば、Twitterではわが子の受験年度を冠した保護者のアカウントが数多く存在し、保護者間での情報交換などが日々活発に取り交わされている。

何かがブームになると、それに関する情報が氾濫するものだ。中学受験にまつわるさまざまな噂話がSNS上や職場、わが子の小学校のママ友たちとの間などで頻繁に飛び交うようになると、保護者たちは情報の精度の高低を判断できぬまま、その洪水に飲み込まれていく。

このような事態が引き起こす中学受験の諸問題はさまざまあるが、本記事ではそのうちのひとつ、「『進学塾化』する家庭」について取り上げよう。

 

氾濫する情報が「イケイケ」の保護者を作り出す

わたしは中学受験生保護者を対象にした講演会でよくこんな話をする。

「首都圏の中学入試は年々激化しています。第1志望校に合格できる子より、そうでない子のほうが多い世界です。とはいえ、お子さんの成績を客観視して、中学入試の受験校のパターンを構築する際には『挑戦校』『実力相応校』『安全校』をバランスよく配していけば、『全敗』することなど滅多にないのです。受験勉強は膨大な時間を費やすものです。中学入試もして、それがダメだったら高校入試でよいじゃないかという考えは捨て去ってほしいのです。お子さんの努力が報われる入試にしてあげてください」

わたしは塾講師である。本来、塾講師の役割は「子どもたちの第1志望校合格に向けて伴走する」ことにある。皆さんも「進学塾」と聞いたときに、「絶対、第1志望校に合格するぞ!」とハチマキを巻いた熱血講師が絶叫している姿などをイメージしないだろうか。かくいうわたしも昔は入試直前になるとこの手のフレーズを受験生たちの眼前で叫んでいた。

にもかかわらず、なぜ上述のような少しトーンダウンした話をするようになったのか。

それは、中学受験がブームになればなるほど、「『進学塾化』する家庭」が増えているからである。 「偏差値○○以上の学校しか行く価値はない」とか「第1志望校以外の進学は考えない」とか、進学塾が受験生たちを鼓舞するために掲げるような考えを、いまは保護者が抱いてしまうようなケースが多く見受けられるようになったのだ。

中学受験に関する情報が氾濫していると申し上げたが、それらの多くは「上手くいかなかった話」より「上手くいった話」である。「親がこんな働きかけをおこなったら、苦手科目が克服できた」とか「○○という問題集をこなしたら、成績が爆上がりした」とか「○○塾で○○コースを受講したら、第1志望の難関校合格を射止めた」とか、そんな類の成功譚ばかりだ。第1志望校合格者のほうが少数派なのにどうしてだろうか。話は簡単だ。中学受験に「失敗」したと感じている保護者は口を噤むからである。結果として、中学受験にまつわるあの手この手の風説は「イケイケ」の性質を持つものばかりになる。

また、今の小学生の保護者の中には、中学受験を経験している人も増えてきた。いまから約25~30年前にも中学受験ブームが到来したからだ。その当時の自身の成功譚が「イケイケ」を加速させているケースも少なくない。

だからこそ、さまざまな情報に右往左往させられる保護者の価値観はいつの間にか「進学塾化」するようになったのである。

一方、わたしたち塾講師はそんな保護者に対して中学受験に「熱く」ならないよう諭すような場面が増えてきた。「塾の先生は『第1志望校合格』にこだわっているけれど、お父さんやお母さんはあなたが受験する学校であれば、どこに通うことになっても満足だよ」というかつてよく見られた図式がいまや逆転するようになった。家庭が「進学塾化」するとともに、進学塾の「家庭化」が進行しているのだ。

 

リモートワークで「親塾」が増加傾向

「『進学塾化』する家庭」と述べたが、このような喩えとしてではなく、「家庭がそのまま『進学塾』になる」ケースを度々耳にするようになった。近年はこの形態を「親塾」と呼ぶらしい。

ご家庭で父親や母親が綿密なスケジュールを組んだ上で、わが子の中学受験勉強を連日指導するというものだ。コロナ禍による「リモートワーク」の広がりでその傾向がさらに強くなってきたようにわたしは感じている。

「親塾」などというと親子間のコミュニケーションがちゃんと図れていそうで、何だか微笑ましく感じる人がいるかもしれない。

しかし、大勢の保護者にヒアリングすると、このような「親塾」が上手くいったという例はあまり耳にしない。

親が付きっきりで勉強を見る中で、理解の遅いわが子につい声を荒らげてしまったり、反対に子が親に対して反抗的な態度を取ったり……互いの感情が衝突することで、子どもの学ぶ意欲が減退してしまう、なんてこともある。

にもかかわらず、親はわが子の勉強になぜ付きっきりになろうとするのだろうか。

その回答は既出している。つまり、保護者サイドが「わが子を第1志望校へ絶対に合格させたい」という強い思いを抱いているからだ。さらに、成功譚だらけの中学受験の必勝テクニックを鵜呑みにして、それをそのまま実行しようと試みるからである。

わたしの経営する中学受験専門塾では「子どもの中学受験勉強」と「家庭」が分離できるよう、連日「自習室」を開放している。勉強する中で分からないことが出てくれば、講師スタッフや自習を監督する大学生のチューターに質問できるようなシステムを構築している。これはわたしの塾だけでなく、最近はこのようなスタイルの進学塾が増えている。

家庭という密室で行われる「親塾」から少しでも子どもを解放し、中学受験勉強はなるべく塾の中で完結させる。子どもには家庭では存分に寛いで、息抜きの時間を確保してほしい――。「進学塾」化する家庭に危機感を抱くとともに、子どもが前向きに受験勉強に取り組めるよう、塾側が日々の学習の「場」を提供すべくシフトしていった結果であろう。

 

「進学塾化」する家庭に潜む危険

家庭の「進学塾化」、進学塾の「家庭化」とはいうが、その役割はかつてと逆転しているとしても、互いに補完し合う関係性が成立しているのだからそれでよいではないかという意見もあろう。

しかしながら、わたしはその意見に与しない。

いくら進学塾が「家庭化」しつつあるとはいえ、わたしたち中学受験に携わる塾講師は子どもたちとは「受験が終了するその日」までという「期限付き」の付き合いにしかならない。だからこそ、中学入試の合否に関するすべての責任を塾サイドが負うのは不可能である。

一方、保護者はそうではない。

中学入試の結果は子ども本人の身に降りかかるが、その結果責任の一端を負うのは保護者だ。中学入試が上手くいこうがそうでなかろうが、保護者であればその先もわが子と付き合っていかなければならない。

また、「進学塾化」した家庭で、日々勉強に追われる子どもが果たしてやすらぎを得ることができるのだろうか。

中学受験がきっかけで親子関係がもつれてしまう、わが子の心にしこりを残してしまう……そんな事態は避けたいものだ。

わたしはこれから先も「進学塾化する家庭」に対し、それに伴うさまざまなリスクを伝えることで、警鐘を鳴らし続けていきたいと考えている。

家庭が「家庭」であり、進学塾が「進学塾」であるために。

「第1志望校に合格するぞ!」

1日でも早くそんなふうに絶叫する塾講師本来の姿に戻りたいとわたしは強く願っている。

矢野耕平 大手塾に13年間勤めたあと、2007年にスタジオキャンパスを設立、代表に就任。現在は国語専科博耕房代表、民間学童保育施設ABI-STAの顧問を務める。著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『男子御三家 麻布・開成・武蔵の真実』『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(ともに文春新書/文藝春秋)など著書10冊。最新刊は2021年2月に刊行した『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書/講談社)。

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(2021年8月8日フォーサイトより転載)