学級閉鎖で学力低下は「低所得家庭の男子小学生だけ」。少人数学級やベテラン教員の指導で影響緩和も【東大・早大教授ら分析】

たった2日間の学級閉鎖で、1年分の学習の20分の1を失うことになったという

学級閉鎖の影響で翌年の学力が低下するのは、低所得の家庭の男子小学生だけーー。

5月、教育経済学者の早稲田大学の及川雅斗助教や東京大学の田中隆一教授らで構成する経済産業研究所の研究チームによる分析で、そんな実態が判明した。

研究チームが分析したのは、2015〜17年度にインフルエンザの流行で生じた学級閉鎖が小中学生の翌年の学力に与えた影響。新型コロナウイルスの流行前のデータだが、研究チームを率いる田中教授は「コロナ下での休校や学級閉鎖の影響も、同様の傾向があるだろう」と指摘している。

3カ月にわたる一斉休校後、授業を再開した小学校(2020年6月、福岡市)
3カ月にわたる一斉休校後、授業を再開した小学校(2020年6月、福岡市)
時事通信

1年分の学習の20分の1を失う

分析の舞台は、首都圏にある人口60万人超のとある自治体。公立小学校70校に児童3万人、中学校35校に生徒1万4千人が通う。

この自治体では、小2から中3の児童生徒を対象に独自の学力調査を実施している。研究チームは2015〜17年度の学力調査の結果をもとに、インフルエンザの感染拡大による学級閉鎖が小2から中2の翌年の学力にどう影響するかを分析した。

その結果、就学援助を受給する低所得の家庭に育つ小学生の男子児童だけ、算数の点数が低下することが明らかになった。研究チームによると、年収400万円前後よりも低い家庭が当てはまるという。中でも、閉鎖前の成績が低い児童への影響が特に深刻だった。

学級閉鎖の平均日数は2〜3日だった。研究チームによると、この間に受けられなくなる算数の授業時間は約2時間。このわずかな損失で、低所得層の男子小学生は「1年間の学習の約5%を失ったと解釈できる」(研究チーム)という。

田中教授は「家庭の経済状況が学力への影響を左右することは予測していたが、これほど大きな影響が生じるとは驚いた」と話す。

一方で、所得の高い家庭の子どもや女子には、学級閉鎖の影響による点数の低下はみられなかったという。

テレビやゲームの時間増、睡眠時間は減少

なぜ低所得の家庭に育つ男子小学生だけが、学力低下に直面するのだろうか。

実は、低所得層の男子小学生は、学級閉鎖中の家庭での学習時間が閉鎖前と比べて変化していなかった。一方、女子など他のグループの子どもは、閉鎖中に家庭学習の時間が増えていた。

さらに、低所得層の男子小学生は、テレビを観たりゲームに費やしたりする時間が増え、睡眠時間が減る傾向にあったという。

研究チームは「こうした結果は、経済的な困難を抱える家庭の児童が、一時的なショック(学級閉鎖)に対してより脆弱だということを示唆している」と指摘する。

「平均点」では見えない格差

田中教授は「コロナとインフルエンザは全く別の感染症」とした上で、「子どもにとっては、急に学校が休みになるという意味では同様の経験と言える。コロナによる一斉休校や学級閉鎖が子どもの学力に与えた影響は、おそらくインフルエンザの場合と似たような傾向があるだろう」と話す。

コロナの感染対策として2020年3月から始まった全国一斉休校は、最長で約3カ月に及んだ。ただ、全体の「平均」を見る国の学力調査では、長い休校が様々な背景の子どもにどのような影響を与えたかについてまでは、明らかになっていない。

全国学力・学習状況調査に挑む小学生(2021年5月)
全国学力・学習状況調査に挑む小学生(2021年5月)
時事通信

文部科学省は毎年実施している全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を2020年度には行わず、2021年5月に2年ぶりに行なった。同省は「休校直後の学力への影響はわからない」とした上で、「休校明けに学校が補習を実施するなどした成果、全体では休校期間の長さは平均正答率に影響しない結果となった」と説明する。

同年6月には一部の学校を対象に2016年度と同じ問題を使って小6と中3の学力の変化を調べる「経年変化分析調査」を実施。問題の難易度などをもとに算出する「学力スコア」の平均で同年度と比較し、「全体として学力の大きな変化は見られない」との見解を示している。

同調査では保護者向けに世帯年収などについてアンケートを取っており、学力との関係を分析した上で、2022年度中に結果を公表するとしている。

学級閉鎖の影響を食い止めるには

研究チームは「学級閉鎖の影響を受けやすい児童に対して何らかの対応を取らない場合は、児童の学力や将来の状況に差が生まれる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

では、一旦学級閉鎖が生じると、一部の子どもの学力低下は避けようがないのかーー。

研究チームによると、影響を軽減する方法もある。効果があると確認されたのは、1クラスあたりの児童数を30人以下と少なくすることと、教員経験年数の長いベテラン教員による指導を取り入れることだという。

調査を行った自治体では、成績が比較的低い児童を対象に、算数と国語の補習授業を行なっている。学級閉鎖の影響で学力が低下した児童も、こうした補習を受けることで、2年後にはある程度、他の児童の学力に追いつける傾向があったという。

文部科学省は「地域一斉の休校は、児童生徒の学びの保障や心身への影響などを考慮し、慎重に検討する必要がある」とした上で、「同一の学級で複数の児童生徒の感染が判明した場合」には学級閉鎖を実施すると定めるガイドラインを全国の教育委員会に配布している。

同省によると、2022年1月〜2月末の2カ月間で学級閉鎖や休校の措置をとった例は、延べ1万9970件に上った。期間は平均で2.5日だった。

田中教授は「学級閉鎖というイレギュラーな状況に影響を受けやすい子どもを注意深くサポートするための体制が必要だ。人員配置を含め、限られた予算を取り残されやすい子どもたちのために投じられるように、行政には『お節介型』(プッシュ型)の支援策を検討してほしい」と話している。

〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉

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