息子の夏休みの宿題で気づいた、日本の水産業の“異常”とは?マルハニチロ・片野歩さんが業界に「警鐘」を鳴らし続けた思い

水産業は、海外では『成長産業』日本では『衰退産業』。息子の自由研究をきっかけに見つめ直すと、業界の“当たり前の風景”が違って見えてきた。
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「日本のサバがノルウェー産より小さいのは、“当たり前”だと思っていました。それが“異常”だと気づいたきっかけは、当時12歳だった息子の夏休みの自由研究でした」

水産の大手企業・マルハニチロに勤めながら、個人で水産業界の現状に警鐘を鳴らし続けてきた人がいる。20年以上、同社でノルウェーなどの魚の買付けをしてきた、片野歩さんだ。

日本近海の漁業資源は悪化の一途を辿っている。水産白書(令和3年度)によると56%が「低位(獲りすぎ、乱獲)」と枯渇状態だ。片野さんは持続可能な日本の水産業のために、科学的根拠をもとにした資源管理の必要性を10年以上前から訴えてきた。

「令和3年度 水産白書」によると、日本周辺の水産資源のうち、56%が低位(獲りすぎ)の状態
「令和3年度 水産白書」によると、日本周辺の水産資源のうち、56%が低位(獲りすぎ)の状態
ハフポスト日本版

2015年には水産物の持続可能性を議論する国際会議「シーフードサミット」政策提言部門で、日本人初の最優秀賞を受賞。一方で、当時の日本の水産業界の“常識“とは異なる発信だとして理解されない場面もあったという。

業界大手で会社員をやりながら、どんな思いで発信を続け、社会に声を届けてきたのか。

水産業は、海外では『成長産業』日本では『衰退産業』

小さい頃から魚が大好きだったという片野さん。魚屋によく行っては魚の名前を覚えたり、地元である神奈川県茅ヶ崎の海でメジナやイシダイを釣って飼育していた。図鑑を何回も読み返すほど、魚の生態系に興味津々だったそうだ。

そんな片野さんが大洋漁業(現マルハニチロ)に入社した当時、日本の水産業界はまさに転換期を迎えていた。これまで世界中の海に飛び出して大量に水産物を獲っていたのが一転、排他的経済水域(200海里)が設定され、漁獲量がぐっと減り、水産物の輸入業に軸足を移していたタイミングだ。

「私がノルウェーでサバの買付けをし始めた1990年当初は、ノルウェーの空港も工場も船もみんなボロボロでしたよ」

マルハニチロで20年以上、ノルウェーなどの魚の買付けをしてきた片野歩さん
マルハニチロで20年以上、ノルウェーなどの魚の買付けをしてきた片野歩さん
Shu Maeda/ハフポスト日本版

しかし毎年訪れるたびに工場が綺麗になっていき、新しい船ができ、ノルウェーの水産業はどんどん活気付いていった。一方日本は、まるで時が止まったかのように何も変わらなかったという。

「水産業は、海外では『成長産業』、日本では『衰退産業』。おかしいなと思いながらも、いつの間にかその“当たり前の光景”に慣れてしまっていました」

息子の自由研究に気付かされた

転機は15年前、片野さんの息子が中学一年生の時。夏休みの宿題の自由研究コンクールで、「危機に直面している日本のサバ資源」についてまとめ、優勝賞を受賞したことだった。

「結構反響があって、『日本の漁業の危機に世間は関心があるのだ』と初めて思いました」

片野さんの息子がまとめた、「危機に直面している日本のサバ資源」のレポート
片野さんの息子がまとめた、「危機に直面している日本のサバ資源」のレポート
提供写真

息子の自由研究をきっかけに、仕事をしながらどこかで感じていた違和感を改めて見つめ直すと、“当たり前の風景”が違って見えてきたそうだ。

例えばサバのサイズ。ノルウェーのサバは500g〜600gが一般的だったのに対し、日本で獲れるサバは200g〜300gのものばかり。「日本のサバは大きくならないものだと思っていた」と片野さんは話す。

ところがよく調べてみると、日本のサバが小さいのは、大きくなる前に獲ってしまっているからだった。小さなサバを獲りすぎていたせいで、大きく育つサバが少なくなっていたのだ。

イメージ画像
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Isabelle Rozenbaum and Frederic Cirou via Getty Images

片野さんはそれまで、日本の水産業に対して「乱獲(獲りすぎの状態)」という感覚を持ったことはなかったという。だが、実際には日本の資源管理は甘く、魚を獲っていい量を規定する漁獲枠も、本来あるべきものよりもはるかに緩く設定されていた。実質「獲り放題」状態だった。

「ノルウェーでは科学的根拠に基づく資源管理がされており、日本と全然違うことに気づきました。資源管理をした方が、水産資源が豊かになるということを、ノルウェーの現場で実は目の当たりにしていたのだと、この時に気づきました」

大手企業の一般社員が個人で発信、なぜ?

息子の自由研究は、片野さんがデータをもとにした国際水準の水産資源管理等の情報を発信するきっかけにもなった。日本の水産研究者と片野さんの交流も始まり、内閣府の講演会に登壇してほしいと声がかかった。

「最初は、講演なんて…と断ったのです。それでも熱心に何度も誘っていただいたので登壇してみたら、百何人も集まる大きな規模で、新聞記事にもなるというから驚きました」

海外の現場とデータを知る強みを持った片野さんの講演は大きな反響を呼んだ。すぐに、「講演内容を本にしないか」と出版社から声がかかった。その後、『日本の水産業は復活できる!』(日本経済新聞出版社)、『魚はどこに消えた?』(ウェッジ)など数々の著書を発表すると、高校生から国会議員まで様々な人からの声が届くようになった。

片野さんが執筆してきた著書
片野さんが執筆してきた著書
提供写真

ただ、水産業の法律や規制を改革していく必要性を訴える片野さんの主張には、批判的な声も少なくなかったそうだ。

業界大手のマルハニチロに勤めながら、時に批判に晒されながらも水産業の改革を個人で訴え続けてきたのはなぜなのか。聞くと、「黙っていては、『日本の常識は世界の非常識』というような情報が、社会の“本当”になってしまうと気づいたのです」と片野さんは言う。

「私は普通の会社員ですから、給料をもらって食べていかなきゃいけない。仕事と情報発信と、バランスを取りながらですけど、誰かが『魚が消えていく本当の理由』を書かなくちゃいけないなって意識はありますね」

片野さんは、個人ブログ「魚が消えていく本当の理由」で発信を続けている。

会社員をしながら情報発信するジレンマを語る片野歩さん
会社員をしながら情報発信するジレンマを語る片野歩さん
Shu Maeda/ハフポスト日本版

社会の風向きが変わってきた

発信を続ける中で水産業界の空気が変わったきっかけは、2015年に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)だったという。

「SDGsは決定的でした。SDGsの14番『海の豊かさを守ろう』を達成するためのターゲットには、最大持続生産量(MSY)という科学的根拠に基づいて資源管理をすることや、沿岸の漁業者に配慮するなど、具体的な手段が書かれていました」

片野さんは国会議員に対しても情報発信を通じて影響を与え、2018年には、約70年ぶりに日本の漁業法が改正された。SDGsにも書かれているMSYに基づき、科学的な根拠を持って資源管理をすることや、違法な魚の取引を取り締まることが盛り込まれた。2020年には国会に招致され、日本の水産資源の危機的な現状やデータに基づく水産資源の管理について訴えた。

「社会の風向きは、確実に変わってきています」と話す片野さんは、2022年4月からマルハニチロのサステナビリティ推進グループに兼務で配属された。本業でも水産業のサステナビリティに取り組むことになったのだ。

「魚は手遅れになる前に資源管理をきちんとすれば、早ければ2〜3年で変化が出てきます。まだまだ足りないところもたくさんありますが、科学的根拠に基づくデータをもとにした、SDGs14を実現する対話を広げていきたいですね」