ジャニーズ事務所の複数の元所属タレントが、創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)からの性被害を告発した問題。10代の頃、喜多川氏の自宅などで数十回にわたり性的被害を受けたとする複数の訴えが上がっている。
子どもの保護に詳しい、琉球大法科大学院の白木敦士准教授は、「児童を保護者から離して、第三者、しかも、経営トップの自宅に泊まらせ、密室で生活させた自体が極めて危険な行為」だと指摘する。
立場や地位を利用した性暴力が起こりやすい芸能界には、多くの未成年タレントがいる。ジャニーズの性加害問題を踏まえて、同様の加害防止や未成年タレントを守るために必要なことは何か。白木准教授に聞いた。
「性被害から回復するプロセス、被害者の数だけある」
ーー藤島ジュリー景子社長は、被害を訴える人々に「誠実に向き合う」としつつ、事実認定を避け、第三者委員会の設置などは否定しています。こうした対応をどう評価しますか。
藤島社長は、核心となる喜多川氏の疑惑について事実関係を認めることを避け、調査すら行わないと述べています。目を逸らし続ける姿勢のままでは、被害を訴える方に「誠実に向き合う」ことなどできません。
相談窓口の設置についても、本当に事務所から独立し、守秘性が確保されているのかは外部からは不透明です。相談者としても独立性や守秘性の確保を信用しきれないでしょう。実効的なケアや支援のためにも、事務所から独立した第三者委員会が必要です。
ーー第三者委員会を設置しない理由に、「ヒアリングを望まない方々も対象となる可能性が大きいこと」や、「それぞれの状況や心理的負荷」への配慮を挙げています。
独立した第三者委員会の設置を行いたくないという、結論ありきの理由付けだと感じます。
性被害から回復するプロセスは被害者の数だけ存在します。被害について語らないとする選択も尊重されるべき一方で、事実解明の過程に参加することで、被害に向き合い、精神的な回復につなげたいと考える方もいるでしょう。
藤島社長のコメントは、性被害を訴える方々の個別事情を無視した、一方的な見解です。性被害からの回復プロセスに誠実に向き合っているとは言えず、被害者をさらに追い詰める二次加害にも繋がりかねません。
「1人の異常な芸能事務所社長の悪事」と矮小化させてはいけない
ーー芸能の世界では、映画業界でもキャスティングを条件にするなど地位や関係性を利用した性暴力が問題になっています。
ジャニーズ事務所は数ある芸能事務所の一つではなく、業界をリードしてきた存在です。事実認定を避け、第三者委を設置しないなどの解明に向けた、不十分・不適切と言わざるを得ない対応が、これからの芸能界の不祥事対応のスタンダードになってしまうことを非常に懸念しています。
こうした権力者から子どもや若者に対する性加害や虐待、ハラスメントは、ジャニーズ事務所だけではなく、芸能界全体において構造的に起こり得る問題です。「1人の異常な芸能事務所社長の悪事」と、加害者個人の問題に帰着させ、矮小化させてはいけません。
問題の根底の一つにあるのは、デビューや配役などの選考過程や基準が不明瞭であることです。喜多川氏のような1人の決定権ある人の審美眼に周囲が依存し、極めて主観的な判断でデビューが決まる、という構造は、芸能界全体に共通するでしょう。中でも、判断能力が十分に備わっていない子どもは、何をしたらデビューできるか客観的な基準もわからない中、夢を叶えるために藁をもすがる思いで仕事に取り組む他ない環境に置かれています。
ーー芸能界における児童の労働は、子どもの保護の観点からどう考えるべきでしょうか。
労働基準法では、年少者の労働に関しては特別な保護規定があり、中学校を卒業する年度末までは原則として働けません。しかし、この原則に当てはまらない例外の一つに、エンターテインメント産業への従事があります。条件には「児童の健康および福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なもの」で、行政官庁の許可も必要です。
ジャニーズ事務所がタレントを労働者と定義していた場合、そういった規制が実際に守られていたかという点も改めて問われるべきでしょう。独善的なガバナンス体制を長期間維持してきた会社であれば、細かな点においても、法令違反が放置されていた可能性もあると推測します。
そもそも、タレントは労働者なのか、つまり労働基準法が適用され、保護される対象なのかどうかという問題もあります。労働省(現・厚生労働省)は昭和63年に「芸能タレント通達」で、タレントが労働者に該当しない場合の4つの基準(他人によって替えがきかないなど)を示しました。政治家は、この時定められた基準が、今の社会で妥当かどうか改めて検証し、またジャニーズ事務所のタレントが、この基準のもとどのように扱われてきたか調査する必要があるでしょう。
「エンタメに従事する子ども、包括的に守る法律を」
ーー被害の再発を防ぐため、立憲民主党は、児童虐待防止法の改正案を提出しました。必要な法整備についてはどう考えますか。
現行の児童虐待防止法では、虐待の加害者を保護者に限定していますが、これを見直し、「地位に基づく影響力を児童に対して有するもの」を追加することが提案されています。しかし、報道を見る限りではありますが、仮に、このような改正がなされていたとしても、今回の事態を防ぐことができたか疑問です。
自宅という閉鎖空間では、被害が発見されづらいという問題があります。今回の証言の中には、「収録が遅くなって喜多川氏の自宅に泊まった」というものもあり、児童を保護者から離し第三者、しかも経営トップの自宅に泊まらせ、密室で生活させたことが極めて危険な行為で、それが常態化していたこと自体、問題視されなければなりません。大人の社会では、労働者が社長宅への宿泊を求められることは、異常で危険なことであると認識されます。メディアや政治家は、この異常性に着目し、そのような事態を防ぐような枠組みこそ検討すべきです。
芸能界の構造にも配慮した上での、より実行的な法整備としては、エンターテインメント業界に従事する子どもを対象とした特別な保護法の立法も考えられるでしょう。
アメリカの複数の州ではエンターテインメントに従事する子どもの健全な発育の確保を目的とする「児童エンターテインメント法」があります。時間も不規則で、同世代の子どもが経験し得ないようなストレスにさらされる環境の危険性等に着目し、立法されました。
法の内容は州によって大きく異なりますが、子どもがエンターテイメント事業に従事する場合には保護者等の立ち会いを求める州もあります。日本でもエンターテイメントに従事する子どもを包括的に守るための法律が必要ではないでしょうか。
所属タレントらにコメントや真偽確認を強いる危うさ
ーー今回の件から、芸能界全体に求められる改革はあるでしょうか。
ジャニーズ事務所固有の問題とするのではなく、エンターテインメント産業での子どもの労働の負荷や、構造的な危険性にどう向き合うのか、という点で、議論を続けるべきです。未成年のタレントによる労働を「当たり前」のものとして、疑問を差し挟まずに享受してきたエンドユーザーである我々も同様です。
ーー3月のBBCの報道後、告発が続きました。藤島氏の発表を受けてメディアの報道も増え、急激に関心が高まっています。
喜多川氏による被害を受けた可能性があるのは、若年層に限らず、40〜50代の所属タレントも含まれます。まずは被害者への配慮が優先されるべきです。
現在、テレビを通じて活躍しているように見える壮年期のタレントも、現在進行形で苦しんでいる可能性があります。児童性被害の影響は、極めて長期間に渡ると言われているからです。
「性被害者かもしれない」「加害を知っているのに黙認してきた人かもしれない」という憶測をもとに、「知っていたんじゃないのか?」などと声かけを行ったり、発言を強いたりすること自体がさらなる加害になる可能性があります。厳に慎まれるべきです。
ーー櫻井翔さんがキャスターを務める「news zero」では、喜多川氏の性加害問題について、もう一人のキャスターのみがコメントしました。
発言しなかった櫻井さんの対応を非難する論調もありますが、評価されるべき対応だったと考えます。
報道機関は、喜多川氏の疑惑について報道を怠ってきたことを反省しなければなりません。しかし、誰彼構わずマイクを向けていくような猪突猛進型の報道では、むしろ、児童性被害について「大人になれば克服できるもの」「大人には、過去の児童性被害について質問して良いんだ」という誤ったメッセージを伝えることになってしまいます。
――今後のメディア報道に求められる姿勢は、どのようなものでしょうか。
今回は、個々人の告発が報道を促すきっかけを作りました。傷ついた被害者に頼ってしまったことは、メディアが向き合うべき深刻な反省点です。
メディア自身も、なぜ、沈黙を通じた加害に加担してしまったのか、客観的に検証を進める必要があると考えます。その上で、今後報じにくい問題に再び対峙した時に同じ過ちを繰り返さないよう、メディア自身も再発防止策を講じることこそが本当の意味でのメディアの「反省」だと考えます。
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt)