コンサート手話通訳の役割は? BTS所属企業も導入、「自己負担」がなくなっても聴覚障害者を苦しめ続ける無理解

臨場感や楽しさを伝える「コンサート手話通訳」の仕事。聴覚障害者と手話通訳者、HYBE JAPANへの取材からは、その専門性を保証する上での課題が浮かび上がった。
韓国・ソウルにあるHYBE本社ビル
韓国・ソウルにあるHYBE本社ビル
SOPA Images via Getty Images

アーティストの言葉や曲の歌詞をリアルタイムで理解し、会場の一体感を分かち合える環境を「当たり前」にーー。

エンターテインメント分野での情報保障・アクセシビリティとして、聴覚障害者を中心にコンサート手話通訳を求める動きが広がっている。

BTSなどが所属する韓国のエンターテインメント企業HYBEの日本本社HYBE JAPANは、コンサートにおける「手話通訳サポート」の導入を公表している。同社傘下のレーベルに所属する韓国のアイドルSEVENTEENが日本で行った2023年のツアーでは、聴覚障害者のファンらから要請を受け、アーティストのMCに手話通訳を手配した。

しかしながら、実際にコンサートに参加したろう者は「手話通訳の間違いが多く、MCの内容が理解できませんでした。今の状況では、企業が手話通訳を手配しても情報保障がされているとは決して言えません」と、ハフポストの取材で訴えた。

聴覚障害者と手話通訳者、HYBE JAPANへの取材からは、当事者が手話通訳のために「自己負担」を強いられてきた状況や、「コンサート手話通訳」という仕事の専門性を保証する上での課題が浮かび上がった。

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「手話通訳分のチケット代は自己負担で」

生まれつき耳の聞こえないろう者である久保さんは、10年ほど前から年に2回ほどのペースで自分で手話通訳を手配して、アイドルなどのコンサートに参加してきた。

久保さんによると、アメリカや韓国のコンサートでは主催側が手話通訳を手配することが一般的。そのため、日本でもコンサートでの情報保障として▽主催側での手話通訳の手配▽手配できない場合は、当事者が自分で手配した手話通訳のチケット代免除や会場内のスペースの整備を、コンサート毎にプロモーター(主催者)などと交渉してきた。

しかし、ほとんどの場合、手話通訳の同行は認められても「手話通訳分のチケットも必要になり、その代金は聴覚障害者の自己負担」というのが企業側の対応だったという。

「コンサートを楽しみたい。ただそれだけなのに、『特別扱いはできない』と言われたり、差別的な扱いをされたりして、障害者は自己負担で情報保障するのが当然だと言われているようでした」

SNSなどを通じて、自分と同じ経験をしている人が多くいると知り、企業への積極的な働きかけが必要だと感じた。

久保さんは7月、SEVENTEENの日本ツアー前に、他の聴覚障害者や手話通訳者とともに、HYBE JAPANに対して、合理的配慮として手話通訳の手配やスクリーンでの歌詞字幕を要望する文書を送った。同社からは「ツアーの全公演において、アーティストによるMC部分で、手話通訳者を主催側にて用意する」という旨の返事があった。

HYBE JAPANからの回答の一部(プライバシーの観点から画像を一部加工しています)
HYBE JAPANからの回答の一部(プライバシーの観点から画像を一部加工しています)
エミリさん提供

一般的に、コンサートは各公演や地域ごとにプロモーターが異なるため、同じアーティストでも、手話通訳に関して公演ごとに対応が分かれることがあるという。

「だからこそ、HYBE JAPANがツアー全公演で、主催側で手話通訳を手配すると明言したことは、コンサート手話通訳の普及のために一歩前進したと感じました」

しかし、9月に心待ちにしていたコンサートに足を運ぶと、愕然とした。

メンバーの名前や曲名の間違い。「当事者の思いや経験を知って」

コンサート当日、まず受付で、公演中の手話通訳を事前に申請していることなどを説明するのに30分近い時間がかかったという。その時は手話通訳はおらず、筆談でのやりとりが続いた。自分で手話通訳を手配する時は入場時もサポートがあるため、不安が募った。

何人かスタッフが入れ替わりで対応してようやく席につき、手話通訳と合流した。そして、いざコンサートが始まったらーー。久保さんは「一度きりのコンサートなのに、会場の楽しさを共有できず、取りこぼされた気持ちでした。いったい誰のための手話通訳でしょうか」とやりきれない思いを語った。

何が起こったのか。

「聴覚障害者は多くの情報が目から入るため、視覚には大きな役割があります。これまで個人でお願いしていたコンサート手話通訳の方は、私たちの視界にステージと手話通訳の両方がおさまり一体化するよう、立ち位置を細かく調整してくれていました。しかし、この日の手話通訳の方は、ステージの方向から外れた場所に立っていたため、ステージを見たり手話を見たりと、公演中に終始首を動かさなければいけませんでした。会場が暗くなり、手話が見えにくいこともありました。

また、メンバーの名前や曲名を間違えることも多く、MC内容もよく理解できませんでした。13人という大人数のグループ、しかもMCはアドリブなので、コンサート手話経験の豊富な人でなければ難しいことは事前に想定できたのではないでしょうか」

事前にプロモーターに対し、コンサートでの経験が豊富な手話通訳を推薦するメールも送っていたが、この提案は受け入れてもらえなかった。

失望が大きかったのは、海外との歴然とした違いを目の当たりにしたのもあった。7月に同じSEVENTEENの韓国でのライブに参加した際には、経験豊富な手話通訳を主催側が用意し、MCだけではなく、曲中も歌詞を伝える手話があったからだ。

「コンサート手話通訳は、日常で使われる手話表現とは異なるため、専門性が求められる分野です。今の状況では、企業が手話通訳を手配しても情報保障がされているとは決して言えません。企業には、聴覚障害の当事者の要望や経験を知った上で、情報保障を進めてほしいです」

▼韓国でコンサート手話通訳として活躍するキム・ミンジェさん。BTSやSEVENTEENのコンサートなどで通訳を行い、メディアでも取り上げられている。

臨場感や楽しさを伝える「コンサート手話通訳」の仕事

では、コンサート手話通訳の仕事や専門性とは具体的にどんなものなのだろうか。

自治体の手話通訳派遣を経験後、現在はフリーランスで10年以上コンサート手話通訳として活動するエミリさんは、「今回の公演を担当した手話通訳者のバックグラウンドは不明なため、一般論」だと前置きした上で、こう話す。

「たとえば一般的な手話通訳業務は、通院や職場など生活に寄り添ったものが多く、会場の雰囲気や臨場感、楽しさなどの感情を伝えるコンサート手話通訳とは必要なスキルが異なります。

手話通訳の養成では、コンサートを含むエンタメに関する手話通訳は教えられないため、個人で研鑽するしかありません。私自身も、韓国のコンサート手話通訳者と会ったり、アメリカの事例を学んだりした上で、ろう者にフィードバックをもらいながら日本に適したコンサート手話通訳のやり方を築いてきました。そもそも、日本では特定の分野における専門の手話通訳を育てる土壌がなく、ざっくりと“広く浅く”の養成になりがちです」

エミリさんはCODA(Children Of Deaf Adults/聴こえない親に育てられた、聴こえる子ども)で、幼い頃から音楽が好きで両親に手話などで伝えてきたという。10年前に、コンサート手話通訳がアメリカで活躍していることを知って以来、自分もコンサート専門の手話通訳として、聴覚障害者個人から依頼を受け始めた。入退場のサポート、会場アナウンスやMCの通訳に加え、要望があれば、歌詞にあわせて手話を行う時もある。

「コンサート手話通訳の仕事として、曲名やメンバー全員の名前と声を覚えるなどの事前のリサーチや練習が必須になります。他の公演を調べて当日のセットリストを予測して曲を聴き込み、特に歌の手話の準備には多くの時間を費やしています。

当日、現場では臨機応変な対応が求められます。まず大事なのは、手話通訳スペースの整備です。あくまで観客がメインで見るのはステージなので、手話通訳はステージに同化し、鑑賞の妨げになってはいけません。ステージを背にして、聴覚障害者と対面になり、かつ、その視界にステージと手話通訳の両方が入る場所を細かく調整する必要があります。

MC中はどのメンバーが話しているのか瞬時に判断して通訳し、歌詞を手話する場合は曲調やリズムにあわせて手話の強弱や表情を変えるなど表現を工夫しています」

日本は「手話=福祉」という認識が根強い

コンサートのMCでは、即興性や感情を伝える高いレベルの手話表現が求められ、歌詞の手話をする場合は、アーティストや曲への深い理解が必要だ。「形だけ」の手話通訳手配では、聴覚障害者が受け取る情報量の差は解消されず、聴者と同じようにコンサートを楽しむことはできない。

エミリさんは「日本では『手話=福祉』という認識が根強く、娯楽分野には対応しきれていない」と指摘する。

「日本にも、コンサート手話通訳ができる人はいて、求めている聴覚障害者も多くいます。しかし、本来その間に立つべきエンタメを提供する事業者が、実態に合った情報保障の方法を想像できておらず、手話や通訳の専門性に関する知識や理解がないのが現状と言えます。聴覚障害者は、聴者と同じ金額を払っているので同じ分の情報を得る権利があり、特別なことを求めているわけではありません。そこにそぐわない対応をしている企業側の考え方が変わってほしいです。

また、日本ではコンサートや舞台、観光ガイド、教育など、各分野の専門手話通訳が確立されておらず、コンサート手話通訳はフリーランスで活動している場合が多いので、聴覚障害者と聴者に開かれたネットワーク作りも大切です。手話通訳は本来20分程度で交代するため、コンサートも2〜3人体制が理想。今後はコンサート手話通訳の養成も課題になると思います」

HYBE JAPANの回答は? 「努力していく」と強調

久保さんらは、SEVENTEENのライブ後、専門のコンサート手話通訳を求める文書をHYBE JAPANに送付している。

HYBE JAPANはハフポストの取材に対し、この文書を受け取ったことを認めており、受け止めと今後の対応について、こう回答があった。

「当日の手話通訳についてお寄せいただいたご意見は弊社としても真摯に受け止めております。今後、プロモーターなど関連会社の皆様と一緒に、手話通訳を必要とする方がより快適にコンサートを観ていただけるよう努力していく所存です」

障害を理由にした差別を禁じ、障害のある人への合理的配慮の提供を行政や企業に求める障害者差別解消法の改正により、これまで民間事業者にとって努力義務にとどまっていた合理的配慮は、2024年4月から法的義務になる。

HYBE JAPANは、この法改正への対応として以前から「準備を進めて」きたという。

担当者によると、コンサートでは「公演の主催者であるプロモーターと弊社がともに手話通訳の手配を担って」いるという。今回のSEVENTEENの公演での手話通訳は「プロモーターがもつネットワークを活用して手配をいたしました。特定の団体を通じた手配や都道府県ごとの手話通訳派遣制度の利用ではございませんでした」とだけ述べ、詳細な手配の経緯は明かさなかった。

また、公演やプロモーターごとに手話通訳の手配やサポート内容に差が出ないよう統一のガイドラインなどは設けているのかと尋ねると、「現時点では弊社が設けているガイドラインはございません。弊社としてはできる限り公演やアーティスト、会場などによって差が生まれないよう対応することを心がけております」と答えるにとどめた。

「ファンのアクセシビリティの向上」が重点推進課題の一つとして取り上げられている
「ファンのアクセシビリティの向上」が重点推進課題の一つとして取り上げられている
「HYBE 2022 サステナビリティレポート」より

同社は、2023年9月に日本語版を公表したサステナビリティレポートの中で、「コンテンツ・会場内でのファンのアクセシビリティの向上」を重点推進課題の一つとして取り上げている。コンサートでの具体的な取り組みとしては、▽手話通訳サポート、▽車椅子席の運営がある。

アクセシビリティ向上に向けた企業としての取り組みや方針については、こう回答があった。

「複数のアーティストのコンサートに関わっている弊社の立場としては、こうした障害のある人々に関する取り組みは、特定の公演に対して一次的・限定的に行えばよいのではなく、様々なアーティストの公演で継続して行えるようにしていくことやそれによって起こり得る周囲のファンの反応なども考慮していく必要があり、多角的かつ総合的な検討が必要だと考えています。現在、日本で開催するコンサートにおいては、関係各所と協議をしながら、障害のある人々も楽しめるコンサートがつくれるよう、ともに努力をしていく次第です」

HYBE JAPANは取材に対し「努力していく」と強調したが、当事者らが望む専門のコンサート手話通訳の手配については明言しなかった。久保さんとエミリさんは「コンサートは一度きりのものです。アクセシビリティを『重点推進課題』として認識している以上、聴覚障害者の実態に目を向け、改善に向け迅速に動いてほしいです」と訴える。

一方で、そもそも日本では同社のようにコンサートでの手話通訳を企業側で行っていること自体が少なく、多くの場合は聴覚障害者個人が、自己負担で手話通訳を手配しコンサートに参加しているのが実態だ。

後日掲載の後編記事では、海外の事例をもとにこの問題の背景にあるものや、手話以外の情報保障として字幕や文字通訳の導入などについて考える。

(取材・文=若田悠希/ハフポスト)

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