ミャンマーの新たな出発

3月24から27日にかけてミャンマーを訪ねた。

3月24から27日にかけてごく短期間だったがミャンマーを訪ねた。ミャンマーはまさにこれから発展が本格化しようという歴史的瞬間であり、また、アウン=サン=スーチー氏率いる民主化政権が発足する直前だったので、貴重な体験だった。

今回のミャンマー訪問は、ロンドンを起点にファンドマネジャーとして世界的に活躍した房広治氏の誘いによるもので、普通ではありえない体験をさせて戴き、良い勉強になった。房氏はオクスフォード大大学院で学んだが、当時、同大学の教授と結婚し自らも研究員だったアウン=サン=スーチー女史の自宅の最初の下宿人となるというユニークな経験の持ち主で、スーチー氏が祖国ミャンマーに戻って民主化運動の先頭に立つ頃に再会を果たして以来、ミャンマーの発展のために独自の投資戦略を推進して今日に至っている。

これからの発展という意味では、近年のミャンマーを訪れる誰もが「地上最後のフロンティア」とも言うべき可能性を感ずるといわれるが、ヤンゴンの街を見るだけでも、長い歴史の伝統を超えて輝かしい未来都市に生まれ変わろうとする計画と息吹が人々を興奮させる。ところが、そのために必要な金融や通信や交通や教育などのインフラも農地整備も工業基盤もほとんど手付かずという極端な遅れとのギャップが一層これからの可能性への期待をそそるから皮肉だ。

3月25日、ヤンゴン証券取引所が開所した。もっぱら日本企業の技術支援で創業にこぎつけた取引所の開所式には内外の名士、関係者が駆けつけ、ミャンマーを代表するFirst Myanmar Investment社の上場を祝った。銀行口座をもつ国民は1割も居ないという状況の中で、投資資金の集積が期待されたが、朝5時から人々は投資しようと列をつくったという。まさにすべてはこれからという風景だった。

ミャンマーのこうした光景は5年前には想像もつかなかった。2010年総選挙でのNLDの大勝を無視した軍政時代を大きく変えたのは軍出身のティン・セイン大統領だった。ティン・セイン氏は経済の開放・改革、そして民主化への準備を進め、2015年総選挙でのNLD大勝を尊重して政権を譲った。目立たないがミャンマー発展への彼の功績は偉大だ。

3月末日のNLD政権の発足を前に、新政権への人々の期待感はいやがうえにも高まっていた。これとは対照的に、世界のメディアはアウン=サン=スーチー氏の政権に対してかなり冷めた見方で共通しているように見える。スーチー氏は民主主義の旗手ではあるが、こと経済となるとその考えはおそろしく曖昧で何を達成しようとしているのか判らない。ひとまずお手並み拝見ということだ。

上記の房氏はスーチー氏の過去も現在も知っており接触もあるので、むしろ世界メディアのそうした見方に批判的だ。メディアの記者は本当の事実を知らない。しかも昨年11月の総選挙で世界のメディアはNLDのあれほどの大勝を予想しえなかった。その先入観を変えられない。また辛酸を舐めたスーチー氏は政治の前面に立つようになってからメディアへの警戒心が強く、率直に考えを披露していない。彼女は本当は先の先まで具体的かつ詳細に考えているという。

ミャンマーの現行憲法では、外国籍の家族の居るスーチー氏は大統領になれない。したがってスーチー氏は大統領以上の存在になるとして、当面、大統領には気心の知れた後輩を据え、自らは外務、教育、エネルギー、大統領府など4閣僚を兼任することとした。これら国家戦略の基本について、スーチー氏は確たる信念と構想があるということなのかもしれない。

上場を果たしたその日に、房氏のアレンジで、FMIの総帥、サージ・パン氏としばらく懇談することができた。パン氏は少・青年時代の大半を中国に留め置かれ、鄧小平の解放政策の時代にようやく祖国に還って、30歳代から事業を発展させ、ミャンマー随一のコングロマリットFMIを築いた異才。彼は世界中のメディアが、新政権の下でミャンマーはどうなるのかと盛んに予測しようとしているが、メディアは2つの重要な点を見逃しているという。

ひとつは国民の信頼。ミャンマーの国会は議席の1/4を軍に割り当てているが、民間議席の85%はNLDであり、さらに軍人と官僚しかいない首都ネピドーですら支持率はほぼ100%だった。つまり批判派は利権漬けの一握りの軍人に過ぎないということだ。これは前例のないパワーを政権に与える。いまひとつは反腐敗主義。スーチー氏は反腐敗を徹底し、ギフトもすべて辞退もしくは返却せよ、としている。賄賂が消滅すれば、競争は公正になり、経済効率は高まるという。

その一方で、NLD内閣の顔ぶれは皆「良い人」だが、良い人が能力があるとは限らない。行政機構のトップに能力がないと組織は混乱する。これは実務がはじまってみないと判らない、と彼はいう。国民の絶大な支持をふまえ、よく考え抜かれた戦略を着実に実行できれば、ミャンマーは半世紀に及んだ軍政時代の遅れを取り戻し、新たな発展を実現できるだろう。新政権がまだ発表されていない戦略を確実に実行できるか否かに、それはかかっているように思う。

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