〔本原稿は、カエルチカラ・プロジェクトの一環として「なかのまどか言語化塾」に参加した女性たちが書いたものです。ライターや専門家ではなく、問題の当事者が当事者自身の言葉で発信することで、社会への問題提起や似たような立場に置かれた方々への情報共有を目指しています。編集協力:中野円佳〕
「それは姉さんが特別だから言えるんだよ」
大手メーカーで働いている弟と働き方改革の話題で盛り上がった時に、ぼそりと言われた一言がひどく心に引っかかった。
その時、私はちょうど転職活動をしている最中で、連日の深夜残業に加えて頻繁に出張がある夫とバランスを取るべく、フレックスと在宅勤務を最低条件に、フリーランスとして独立することも視野に入れて活動しており、その話をした時のことだった。
「あなたは特別だから......」「恵まれているから......」
7歳と4歳の子供を育てながら、実家のサポートと家事代行サービスを活用し、フレックス勤務と在宅勤務をフル活用して管理職として働いている。
そんな話をすると、「すごいですね」という感想の後に、決まってこういった言葉を頂戴する。特に女性、中でも私と同じ立場のワーキングマザーから言われることが多い。そしてそのたびに私はぴしゃりと扉を閉ざされたような孤独感を感じてしまうのだ。
なぜ、私はこれらの言葉に勇気づけられるのではなく、孤独を感じてしまうのだろう。
「特別」「恵まれている」環境とは
大学卒業後、日本の大手企業に総合職として就職した私は、女性だからといって区別されることも、手加減されることもなく大いに仕事に打ち込んだ。仕事の難しさも面白さも存分に味わわせてもらったことには本当に感謝している。
最初に転職した外資系企業では、フレックスや在宅勤務を駆使して時差のある海外とやりとりしながら、仕事と同じくらい趣味や子育て、MBA取得など自分の人生に打ち込む先輩たちに刺激を受けた。キャリアプランを描きスキルを身につけることの重要性を上司に叩き込んでもらったもこの時だ。
第一子の出産後に二度目の転職ができたのは、家事育児に協力的な夫と実家のサポート、そして何とか滑り込むことができた保育園のおかげだ。第二子出産後にはそれでも手が回らずに家事代行を追加したが、たまに子供が熱を出しても、在宅勤務制度のおかげで仕事に大きな穴を開けずに済んだ。
業務にかけた時間ではなく目標の達成度で評価されていたので、子育て中だからといって昇進が遅れたり、評価の対象外となったりするといった不安を感じることもなかった。
周りには女性管理職が何人もいたし、ワーキングマザーは皆フルタイムでバリバリ働いていた。男女の差なく存分にチャレンジを経験した女性たちは着実にキャリアを積み、自由度の高い働き方を選んで起業や独立するワーキングマザーや同僚たちも何人も目にしてきた。
だが、日本全体を見てみると在宅勤務を活用している人は全労働者のわずか3.9%、フレックス勤務導入企業は全体の4.3%にすぎない。これらの制度を活用できる人はまだまだ少数派だ。女性管理職の割合は11.3%と低い水準のままだし、管理職のワーキングマザーとなるとさらにぐっと減るだろう。
こうやって見てみると、確かに、私が働いてきた環境は日本の一般的な働き方に比べるとかなり「特別」で「恵まれている」。
環境に恵まれていても悩みはつきない
では恵まれていれば家事育児と仕事の両立に悩むことはないのか?
私の場合は決してそんなことはない。家事育児も仕事もできていないことだらけで、毎日モヤモヤを抱えて過ごしている。両立できている自信は全くない。
裁量労働やフレックス勤務は自由度は高いが、成果を出すことに対するプレッシャーも大きい。だからこそ、子供を寝かしつけた後に仕事を再開し、朝まで働いてそのまま出社することも珍しくなかった。どうやりくりしてでも重要な会議には出席し、海外出張もこなした。
必死だった。
そんな状況で家事に手が回るはずもなく、食事は買ってきたお惣菜ばかり、洗濯物の山が何日もソファーに積まれたままの日常に自己嫌悪するばかり。
そして定時に「お先に失礼します」と退社する度に、毎日申し訳なさを感じていた。同僚のほとんどは、子育て中という事情に理解を示してくれ、協力的だったにもかかわらず、だ。
多様化する悩み、細分化する女性たち
どんなに恵まれた環境にあっても、悩みや申し訳ない気持ちが消える訳ではない。むしろ恵まれているからこそ「こんなことを言ったら反感を買ってしまうかもしれない」と、悩みを一人で抱え込んでしまう人も多い。私もずっとそのジレンマを抱えている。
以前、女性同士のキャリア観の違いによって女性同士が細かく分断されてしまうことを「ガラスの床」と表現したコラムを読んだが、まさにそんな感じだ。
ライフイベントとの兼ね合いで様々な選択を重ねた結果、女性は「未婚既婚・ワーキングマザー・専業主婦」といったライフスタイルと、「独身・保育園入園・子供の小中学校進学や受験・親の介護」などのライフイベント、「バリキャリ・ほどほど・ゆるキャリ」といったワークスタイルの組み合わせの分だけ、細分化されたクラスターに分かれてしまっている。
そして細分化されたクラスターごとに、異なる悩みが存在するのだ。
こうなると「ワーキングマザー」というだけでその悩みを一括りにすることは到底できない。
だが、多くのワーキングマザーと話したり、コラムや記事を読むうちに、実はほぼ全員に共通する悩みがあることに気づいた。
それは、ワーキングマザーの誰もが置かれた状況や自分自身に対して自信が持てず、周囲に対して「申し訳ない」という気持ちを抱いているということ。
ある調査によるとワーキングマザーの92%が出産前に比べて仕事への意欲が増したと感じており、88%が生産性の向上を意識していると回答している。驚くほど高い数値だ。にも関わらず「ちゃんとできていない」と自信喪失しているのだ。
女性たちは自信がない?
もう一つ、最近読んだ本で非常に印象に残った一冊がある。
キャティー・ケイ、クレア・シップマン著『なぜ女は男のように自信をもてないのか』は、「努力は報われる」と信じて頑張り続けてきた女性のほとんどが、どんなに成功した後でも自信を持てない状況におり、女性活躍推進のためにはスキルや制度ではなく女性自身が自分に対して自信を持つことこそが重要だということを、世界的に活躍する女性たちへのインタビューや、男女の自信の差を明らかにした研究の紹介を通じて紐解いたニューヨークタイムズ・ベストセラーだ。
この本では、女性と自信にまつわる事例や科学的な研究結果が数多く紹介されている。非常に興味深いのでいくつか紹介しよう。
あるビジネススクールでの研究によると、昇給の交渉をする男性は女性の4倍も多く、女性は交渉をしたとしても交渉額は男性より3割も低いという。女性が昇進の機会に応じるのは、その職務に対して能力的に100%の資格があると思うときだけだという研究結果もある。男性の場合は、必要な能力の60%しか満たしていないと思っても喜んで昇進に応じるのと対照的だ。
心理学者のキャメロン・アンダーソンは本の中でインタビューに答えてこう言っている。
「まわりに影響を与えるのは「自信」なのだ。私たちは無意識のうちに、過度に自信に重きを置き、それを醸し出す人に敬意を払う。だからこそ、それほど優秀ではない人物が、自分よりできる同僚を差し置いて昇進するケースが多々あるのだ」。
この本によれば、女性は男性比べて自信を持ちにくい生き物であるらしい。そして自信のなさは、手を挙げて発言したり周囲に働きかけるといった、アクションを起こすことを躊躇させる。
ワーキングマザーの多くが声を上げづらいと感じているのは、おそらく自信が持てないからなのだ。自信のなさに加え、「私はまだ恵まれている方だから、文句を言ってはならない」という遠慮もあるだろう。でも、上を見ても下を見てもきりがない。
細分化されてしまったワーキングマザーが、それぞれの立場から声を上げていくことが重要なのだ
私が「特別」「恵まれている」と言われた時に感じる孤独感は、そうやって区別し距離を置かれてしまうことに対して感じる寂しさなのだと思う。果たして「もっと大変な人がいるから」と遠慮して声を上げることを諦めるのが、本当に良いことなのだろうか?
自信をもって声をあげよう
ワーキングマザーの多くが、出産前に比べて生産性や働く意欲が上がったと感じている。にも関わらず、時短勤務を選択したために評価の対象外となってしまったり、自分よりも明らかに仕事をしていない男性社員に昇進の先を越されたりして悔しい思いをしている。
そして、悔しい思いをしているのに「私は100%完璧にできていないから」「抗議をしたりしたら厚かましいと思われてしまうのではないか」と不安になり、自分に自信が持てないが故に声を上げられずにいるのだ。
だが、考えてみてほしい。出産を機に一時的に補佐的なポジションに就いたとしよう。補佐的なポジションについた人の能力は、補佐的なものでしかなくなってしまったのだろうか? 時短勤務を選択すると、スキルや能力までダウンするのだろうか?
家事も育児も仕事も100%完璧にできていないと感じているからといって、両立のための努力を怠っているわけでは決してない。むしろしんどくて仕方ないくらい努力を続けているはずだ。
完璧ではないからといって、自分の悩みを誰かに相談したり、改善案を提案してはいけないなんていうことがあるだろうか?むしろ完璧ではないからこそ、サポートやアドバイスが必要なのに。
人は誰もが、体験していないことを完全に理解することはできない。理解のギャップを埋めるためには、思いを言葉にして発信し続けるしかないのだ。
実際に声を上げてみると、思いのほか共感して、アドバイスや励ましの言葉をもらえることが多い。もちろん厳しいご意見をいただくこともある。反感を買わないように日頃から努力を重ね、伝え方に配慮することも必要だ。声を上げることは何度やっても毎回勇気がいることもあえて付け加えておく。
「特別」「恵まれている」と言われるような環境も、そうやって多くの人が勇気を出して声を上げ、努力してきた結果でもあるのだ。
声をあげている人は宇宙人なんかじゃない
一方で、歯を食いしばって仕事に家事に育児に奔走していると、自信を持って声を上げるどころか「私はあんな風にできない」とますます絶望的な気分になってしまう気持ちも、痛いほど理解できる。私自身、育休から復帰して数年はまさにそんな心境で、しっかりと自己主張し道を切り開くワーキングマザーたちを宇宙人でも見るような気持ちで眺めていた。彼女たちと同じように声を上げられないでいることに劣等感を感じ、素直に応援できない心の狭さに自己嫌悪を募らせた。
だが、徐々に子供が手を離れ、適度に家事の手を抜くことを覚え、限られた時間の中でも仕事で結果を出せるようになってきた今、見える風景が少し変わってきたように感じる。時間と気持ちに余裕ができたことで、声を上げる人に素直に共感できるようになってきた。そして気が付けば徐々に自分でも声を上げるようになってきたのだ。
今なら少しわかる気がする。声を上げるワーキングマザーたちは、別に宇宙人なんかじゃなかったのだ。
私の周りには、声を上げられないままモヤモヤを抱えて悩み続けるワーキングマザーがあふれている。
今すぐに声を上げることが難しくても自分を責めないでほしいし、自分よりも大変なのに頑張っている人がいるからと遠慮して、声を上げることを躊躇しないでほしい。
私たち女性には、自ら細分化して溝を作っている暇はないのだ。目の前のことで精いっぱいな人がいてもいいし、問題提起し、解決に向けて動く人がいてもいい。大切なのはそれぞれの立場を尊重することだ。尊重しあうことで、声も上げやすくなる。
声を上げてくれる人が増えれば、さらに多くの人が勇気を出して声を上げることができるようになる。しかも声を上げるのはワーキングマザーに限らないかもしれない。ダイバーシティを必要としているマイノリティはワーキングマザー以外にもたくさんいる。
幸いなことに、自信は他の能力同様に後天的に身につけることができるそうだ。今、私たちワーキングマザーに必要なのは自信を持って声を上げること。そして、声を上げる人のことを自信を持って応援し、起きている変化の歩みを緩めるのではなく、加速させることだ。私たちのこどもたちが、私たちと同じような悩みに悶々として自信を失うようなことにならないためにも。
【吉井 直子】
神奈川県出身、東京都在住。大学卒業後、大手IT企業に就職。その後数回の転職では外資系企業での製品/デジタルマーケティングを経験。グローバルな環境で多様な人材・働き方の中で切磋琢磨する厳しさと楽しさを覚える。転職の合間に二人の娘の出産を経て、現在はフリーランスのマーケテイング・プランナーとして自分らしい働き方を模索中。「目の前の問題を言葉にして解決への一歩を踏み出すことを目指す"カエルチカラ・プロジェクト"の「なかのまどか言語化塾」一期生。
女性を中心に何らかの困難を抱える当事者が、個人の問題を社会課題として認識し、適切に言語化し、データを集め、発信することで、少しでも改善の一途につなげたい。「どうせ変わらない」という諦念、泣き寝入りから「問題を解決できる」「社会は変えられる」と信じることができる人が増えることを願っています。
発起人:WILL Lab 小安美和、研究機関勤務 大嶋寧子、ジャーナリスト 中野円佳■合わせて読みたい記事
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