アメリカ型経営がリーダーに「思いやり」と「謙虚さ」を求め始めた

日本でしか出版されていないリーダーシップに関する本が、グーグル本社で注目の的になった。

■社員に優しい会社が勝つ理由とは

日本でしか出版されていないリーダーシップに関する本が、グーグル本社で注目の的になった。これは弊社の木蔵シャフェ君子が、グーグルが会場を提供して開かれた、あるセッションに参加したときのこと。集まったのは組織開発の専門家や精神面の指導者、研究者など多彩な顔ぶれ(もちろんグーグルの社員たちも)。

このとき木蔵がリーダーシップ論に言及するなかで取り上げたのが、『リーダーシップ3.0 ―― カリスマから支援者へ』(小杉俊哉著 祥伝社新書)だった。

「その本は英語になっていないのか?」「翻訳版が出る予定は?」・・・。

注目を集めた背景には、グーグルや他のアメリカ企業で働く多くの人々が、行き過ぎた資本主義に嫌悪感を抱き始めていることがあるようだ。

ライバルを叩きのめして、売って売って、勝ちまくる組織。それを支えるのは、高い地位と金と名誉を手にするために、激しく働くエリートたち。

そんな価値観を絶対的なものとして浸透させ、組織の風土形成に絶大な影響を及ぼしてきたのが、(小杉氏の言葉を借りれば)トップダウン型のリーダー(リーダーシップ1.0)や、ジャック・ウェルチ、スティーブ・ジョブズなどに象徴されるカリスマ型のリーダー(リーダーシップ2.0)である。しかし既に、以前のようには結果が伴わなくなっている。

小杉氏は著書のなかで、現在成果を残している組織にみられるリーダーシップを分析し、そのタイプを「支援型リーダー」と名づけている。リーダーシップ3.0という概念は、ここから生まれてきた。これは単なる精神論ではない。社員に優しい会社のほうが、儲かり始めたという事実がベースにある。

■日本が切り拓くリーダーシップ3.0

日本における「いい会社」の代表格として、伊那食品工業、未来工業、ネッツトヨタ南国といった企業が挙げられる。これらの「いい会社」には、それぞれ際立った特徴がある。

例えば、伊那食品工業は、約50期連続で増収増益を続けている。未来工業は、上場企業の中で年間の休日数が最も多く、かつ、労働時間が短いにも関わらず、業界で利益率No.1を誇る。また、ネッツトヨタ南国は、トヨタのディーラーのなかで、突出して顧客満足度が高く、長年顧客満足度1位を維持しており、ほとんどのディーラーが大きく業績を下げたリーマンショック時に、逆に売上をのばしたという逸話を持っている。

このような日本の「いい会社」にしか投資をしないことで、好成績を出し、注目されている投資信託会社・鎌倉投信の鎌田社長は、「いい会社」を率いる経営者には、5つの特徴があるという。

その特徴を挙げると、1)非常に謙虚、威張っている人がいない、自然体 2)志が高い、使命感が強い、3)人に対する興味関心が高い 4)現場主義、率先垂範 5)勉強熱心 である。

■思いやりと謙虚さを鍛える

鎌田社長の挙げる要素のうち、2~5は従来型の成功しているリーダーにも多く見られる。唯一、特徴的なのは1だろう。奇しくもこれは、世界でビジネス書のバイブルとされる『ビジョナリー2 飛躍の法則』(原題:GOOD TO GREAT)のなかで、著者のジェームズ・C・コリンズが述べている「第5水準のリーダーシップ」と重なる。

コリンズが提唱する有名な「第5水準のリーダーシップ」は、個人としての謙虚さ(Humility)と、職業人としての意志の強さ(Ambition=野心、志、成功願望)の両面を必要とするものだとしている。そして、これらを両立させているリーダーのいる組織は、好業績を長期に渡って維持していることを、膨大な調査データで示した。

このコリンズの名著に欠けているものがあるとすれば、そうした最高のリーダーを増やすための方法論だ。前述したような日本の傑出したリーダーの話を聞いても、やはり「こんな人に、どうしたらなれるのか」という問いに対する、十分な答えは得られない。

ではどうするか。この難題に一つの解を示すのが、筆者らが教えをいただいているチャディ・メン・タン氏だ。

彼はグーグルのエグゼクティブであり、脳科学とエモーショナルインテリジェンス、マインドフルネスを組み合わせたリーダーシップのプログラムを提供する、SIYLI(サーチ・インサイド・ユアセルフ・リーダーシップ・インスティテュート)のファウンダーでもある。

メン氏はジェームズ・C・コリンズが提唱する「第5水準のリーダーシップ」は、リーダーが「思いやり」の要素を磨くことで到達可能だとする。その「思いやり」とは、1)情動的要素"I feel for you"(察する)、2)認知的要素"I understand you"(理解する)、3)動機的要素"I want to help you"(助けたい)に分解できると説明している。これはダライ・ラマ14世とも密な関係にあるチベットの学者、トゥプテン・ジンパの考えにもとづく。

そして1)情動的要素と2)認知的要素が、コリンズの言う謙虚さ(Humility)に、3)動機的要素が、意志の強さ(Ambition=野心、志、成功願望)につながるという。

この「思いやりの要素分解」には、実は極めて大きな意味がある。それは、これらの要素が、EI(エモーショナルインテリジェンス)に通じるという点だ。なぜそれが重要かといえば、EI(エモーショナルインテリジェンス)は、適切な訓練を通して、鍛えることが可能だからだ。

現在、グーグルのリーダー育成においては、思いやりや謙虚さといった内面的な要素が重視されている。それは単に、「人として、それがあるほうが望ましい」からではない。正しく実践すれば、「それが、着実に伸ばせるものである」ことが、決定的なポイントなのだ。

(一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート代表理事 荻野淳也)

参照:TED チャディ・メン・タン 「グーグルには毎日思いやりがある」

弊社MiLIでは、『リーダーシップ3.0 ―― カリスマから支援者へ』の著者、小杉俊哉氏(慶応義塾大学SFC研究所上席所員)を特別講師に招き、マインドフルリーダーシップセミナーを8月22日(金)に予定しています。詳しくはこちらをご参照ください。

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