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パレスチナ自治区ガザ地区では7月12日、イスラエルによる空爆が5日目になって激しさを増し、これまでのガザ地区の死者が150人を超えた。障害者施設やガザ地区の警察署長宅への空爆により、さらに死傷者が増える見込みだ。
武力、そして報復するという脅迫手段をとる人間もいる一方で、殺害された少年の家族の中には、この事件で喪に服しているこの機会に、連帯を示すために集まってきた人たちもいる。
パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは7月8日夜、イスラエルのエルサレムや商業都市テルアビブ、北部ハイファなどにロケット弾を撃ち込んだ。イスラエルとハマスとの戦闘が激しくなっている。
イスラエルの占領下にある東エルサレムで16歳のパレスチナ人少年が誘拐・殺害された事件で、少年が生きているうちに体に火をつけられ、大やけどで死亡した可能性が高いことが分かった。
ハフィントンポスト各国版11月6日のスプラッシュを紹介します。スプラッシュとは、ハフィントンポストのトップ記事のこと。イギリスでは、戦没兵士を追悼する意を表す「ポピー」をめぐって、イスラム教徒のコミュニティで議論が巻き起こっています。
2004年に死去したパレスチナ自治政府のアラファト前議長の遺体から、放射性物質のポロニウムが検出されたと中東の衛星テレビ局アルジャジーラが伝えている。アラファト前議長が暗殺された可能性が高まった。
中東へよく行っていた頃、友人知人からよく「いったい何を食べてるの?」と聞かれた。紛争地であってもその地域が戦場になっていなければ、人は普通に暮らし、職場へも出かける。食事だって同じだ。日本にいてそのような状態が想像できないのだろうが、人がいれば店はあるし、ジャーナリスト目当てにレストランを開ける店主も少なくない。時には自炊もし、意外かもしれないがきわめて普通のものを食べていた。 第2次インティファーダがアラファト解放でクライマックスを迎えたかに見えた2002年。その夏に私はパレスチナを歩いた。真夏の中東を歩く。クレージーだが、計画立案したのは当時エルサレム近郊に住んでいた日本山妙法寺の僧侶、堀越行清さんだ。行清、というのは言ってみれば坊さんネームで本名は違う。清い行いという名前に反して最高に俗っぽい坊さんで、俗にまみれた私としてはつきあいやすかった。ほかにはシュマーグ(アラブのスカーフ)を巻くと“日本のハマス”と呼ばれたライターの高橋正則さん、さすらいの絵描きの卵のノブくん。この4人でエルサレムのダマスカスゲートから出発して、ジェニンまでおよそ一週間かけて歩いたのだった。