「投資家への手紙」-投資家との「建設的対話」に臨んだ企業の所感:基礎研レター

今や、投資家と企業とは、建設的に対話する関係である。企業が投資家に対し「投資家への手紙」を差し出してもいいだろう。

1――今度は企業から投資家へ手紙を出す

世の中には、もらって嬉しいかは別にして、投資家が株式発行企業に宛てた「投資家からの手紙」というものがある。今や、投資家と企業とは、建設的に対話する関係である。

そうであるなら、企業が投資家に対し「投資家への手紙」を差し出してもいいだろう。投資家から尊敬を集める経営者が、投資家との建設的対話に臨んでみたところ、どのような所感を得たのか、投資家も関心があるはずだ。

そこで、少し本音も交えた手紙を、その任には無いながらも筆者が代わってしたためてみた。本稿が、企業と投資家が建設的対話を進める上で僅かでも参考になれば幸いである。

尚、本稿の内容は筆者の所属組織を代表するものではなく、筆者個人の意見や解釈に基づくものであり、本稿から生じる責はすべて筆者に帰する。

2――「投資家への手紙」・・・建設的対話の所感

拝啓 投資家様

日頃、経営を預かる身として、投資家の皆様によるご支援に対して、まずは厚く御礼申しあげます。私共もこれまでと違った姿勢や雰囲気の中、建設的な対話に臨めますことを大変喜んでおります。

さて、双方にとって慣れない対話は、ほとんどQ&A形式です。投資家の皆様からの質問に対し、精一杯お答えするのですが、投資家からその答えに対するコメントがありません。

投資家は「企業を評価する」目的で対話するのでしょうから、どのように評価できるのか、差し支えない範囲で、是非ともコメントをいただきたい。優れた投資家との対話は、どういうポイントを聞くのか、なぜそのポイントを聞くのか、という点だけでも、経営のヒントになるのです。

投資家から示される、経営についての、あるべき戦略や目指す指標の水準、そしてその理由は、企業価値の向上を検討する上で、非常に参考になります。

また、経営は内輪の論理で独善に陥りがちです。投資家が外部の知見から冷徹に見た、業界における当社の位置付け、強みや弱み、これらを総合した助言ほど経営にとって示唆に富むものはありません。

今後は、質問の答えに続けて、投資家の意見をうかがいますので、そのつもりでご準備ください。折角の対話の機会ですから、対話を、中長期に経営課題を解決する場に、お互いしていきましょう。

対話に際して、面談相手として必ずCEOを要請されることがあります。

投資家の「希望と面談の主な関心事項も踏まえて」、なるべく「前向きに対応」しますが、経営の円滑な遂行に照らし「合理的な範囲」とせざるを得ません(*1)。

例えば、CEOを必須とする理由が、「投資家側の内規である」との理由だけでは、企業にとって合理的範囲に入らないのではないでしょうか。

企業としては、投資家の属性、すなわち株主としてのポジションや投資スタンスなどに照らして、合理的に判断することになるでしょう。

逆に、CEOも意気込んで臨んだ対話が、殺伐としたQ&Aに終わってしまうと、次回の対話にCEOを面談者としてセットすることは、(何分、日本の会社ですから)現実的に難しくなってしまう点はご理解願います。

社外取締役との面談も同様です。面談を要請する理由や目的が合理的で、かつ、企業側としても建設的対話の前進に資するのであれば、前向きに対応します。

ただ、現時点では、企業は各社固有の取締役会の状況において、社外取締役に期待する機能を模索している最中です。

また、社外取締役自身も、監督と助言のバランスなど、「この取締役会」における自らの役割について試行錯誤しているのが実態です。

現段階で、投資家がその代理人としての機能を強く期待して面談を試みても、結果的に実益は少ないという意味で時期尚早ではないかと考えます。

勿論、その任を十分に果たせる社外取締役には、積極的に対話に参加していただきます。

3――「建設的対話」の実態

さて、対話の具体例を参考までにいくつかご紹介します。

配当性向を3割とし、残り7割は投資に回し、それでもキャッシュが余剰になる場合は株主に還元する方針というケースがあります。

向こう3年から5年の営業キャッシュフローを見積もって、過去の実績と今後の事業計画に基づく投資キャッシュフローを賄っても、3割程度なら配当できると企業は踏んでいるわけです。投資家との対話に資するべく、有価証券報告書等で公表します。

これに対し、ある投資家から「3割は平均的だ」と指摘され、ではどのような水準であれば当社にとって適正なのかと質問しても返答がありません。

対話に際して、事前に配当方針を見ていなかったり、投資家として独自にキャッシュフローを見積っていないので意見を持っていないのです。平然と「高ければ良い」と回答する投資家さえいます。これでは、建設的対話どころではありません。

多くの日本企業は手元資金が潤沢です。現金と短期保有有価証券から有利子負債を差引いた、ネットキャッシュが数百億円もある場合、投資家から自社株買いを勧奨されます。

未だに資本効率を意識していない企業ならいざ知らず、利益配分の方針に従って、成長投資と株主還元のバランスをとりながら、中長期的にキャッシュが過度に余剰とならないよう機動的に自社株買いをする方針であると説明しているにも関わらず、株主都合の一時的な企業価値の向上を求めてくるわけです。

見識ある投資家であれば、企業の自社株買いに対して、研究開発投資の上積み、あるいは、中核事業の強化に向けたM&Aなど、成長投資に振り向ける余地を十分に検討した上での自社株買いなのか、問い質すでしょう。

スチュワードシップ・コードには、我が国だけに追加されている「原則7」があります。

それは、「機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。」というものです。

率直に申して、お会いして勉強になる投資家は、全体の1割程度だというのが実感です。

蛇足ながら、もう「上から目線」は止めてください。我々は評価される立場かもしれませんが、「銘柄」などではありません。企業すなわち経営は生きています。上から物を言われると言い返したくもなりますし、建設的な意見でなければ尚更です。

4――企業価値を共に創造するパートナーとして

ここまで、いろいろと耳の痛いことを申したかもしれません。しかしそれは、企業価値を共に創造していくパートナーに対する、期待の大きさにほかなりません。

引き続き、対話の場で経営課題をご理解いただき、その解決に向けて様々な見地からご助言願いたく存じます。今後とも、末永く長い時間軸でお付き合いねがえれば幸いです。

(*1) コーポレートガバナンス・コード補充原則5-1①

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(2016年12月8日「基礎研レター」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

金融研究部 主任研究員

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