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2015年11月05日 02時10分 JST | 更新 2015年11月05日 02時10分 JST

走るスタミナが続かない、それってもしかして貧血?〜血液内科医・女医の貧血観察

前回は、自覚症状があっても、それが貧血からきている症状であるとはなかなか気づきにくいというお話しをしました。(http://medg.jp/mt/?p=6058

ヘモグロビン(Hb) 10 g/dL程度の貧血は、体力を使わないような軽い労働だけの生活だと気づきにくいかも知れません。ですが運動をしている方だとHb 10 g/dLくらいでも違和感を感じるようです。今回はこのことについてお話します。

オフィスワーク中心の現代人は、日常生活ではあまり身体を動かしません。工事現場などのいわゆる肉体労働をされている場合は別として、往復の通勤で歩いたり職場で歩き回ったりという活動では運動強度は強くないので、身体への負荷は少ないと言えます。身体には「なんとなく、慣れてしまう」という性質があるので、少しずつ貧血がすすんできた場合、歩く程度の負荷ではあまり変化を感じず、その状態が普通だと思うようになります。むしろ少しきついようならば息切れがしない程度の速さまで「無意識的に」自制していることもあり、症状に気づかないかもしれません。

特に、20〜40代の女性の貧血は大半が鉄欠乏性貧血であり、慢性的に進行するため変化を感じにくいのでしょう。会社などの定期健診で早期から貧血が分かっても、軽度なために経過観察と指示されたりしていて、数年間、放置していた方もいます。実際には鉄分不足がはっきり出ているのですが、貧血の数値を言われても日常生活ではピンと来なかったようで、残念です。

さて、このように軽く見られがちな慢性貧血ですが、日常的に運動をしている方であると話は違うかもしれません。「日常は困らないが貧血があると思う」と受診される方が何人かいましたが、ランニングをしているという共通点がありました。心拍数が上がるような強度の強い運動をすると、身体が必要とする酸素の量が増えるので、酸素が運ばれにくくなっている貧血の症状に気づきやすくなるのでしょう。また、最近はアスリートの貧血についての話題が取り上げられるようにもなってきており、知識があったせいかもしれません。

4月に受診された40代の女性は、いつもどおりの走りが出来なくなってきたとので貧血を疑い受診されました。以前に子宮筋腫による貧血で治療したことがあるもののその後は全く問題なかったのに、2ヶ月前から息切れや疲れの取れにくさがあり、ふらっとすることが増えたと言います。10年来マラソンやトレランをしているのに走りにくくなったと感じていました。走れたはずのいつもの距離が続かない、後半に速度が落ちていく、などの変化があり、年齢的に体力が落ちるとしても、継続してトレーニングしているのにこの急な落ち方はおかしい、と感じたのだそうです。実際、Hb 11.6 g/dLと軽度の貧血で、フェリチン 5.9 ng/mLと鉄欠乏状態でしたので、鉄剤を処方しました。秋には110 kmの大会出場が控えており積極的に治療しておきたいと言っておられ、7月の受診時には走行時の疲れはかなり解消されていました。半年くらい内服してもらう予定です。

別の40代女性は、胃切除の既往があり数年前から貧血を指摘されていました。症状がないからと放置していたのですがが、昨年の春、マラソン大会に出るには支障となると考えて当院を受診され、なんとHb 8 g/dL台でした。治療開始直後から「起床時のだるさがなくなった!」と実は自覚症状があったことに驚いていました。鉄剤内服でHb 13 g/dLまで順調に回復しましたが、今年の8月には「昨日、山を走ったが、またバテるようになってきたから」と受診されました。Hb 11.2 g/dL, フェリチン 3.2 ng/mLと軽度の貧血でした。日常は困らないが運動時のつかれやすさが以前の症状と同じだと思ったそうです。

この方達に共通しているのは、月経は定期的にきており極端な出血量の増加はなかったということ、貧血は軽症で、運動もそれなりに出来ており、日常生活での自覚症状はあまりなかったということです。ただし、一定の強度がある運動を続けていたため、長距離を走りきるような心肺能力が求められるにも関わらず、酸素を運搬してくれるヘモグロビンが不足してしまい、思うように走れなくなっていたのです。このため、数値的には比較的軽症で日常では自覚症状が分かりにくいレベルであったにも関わらず、走れないのは貧血が原因ではないか、と気づくことが出来たのです。

ランナーやアスリートの貧血の原因として、鉄欠乏性貧血が懸念されています。また、一部に溶血性貧血があると言われています。

まず、鉄欠乏性貧血についてですが、女性のアスリートの場合、月経によって鉄分を定期的に失ってしまうため、もともとが鉄不足になりやすい状態といえます。国内では、貧血までいかずとも潜在的鉄欠乏状態になっている女性は、10〜40代の5割くらいいます。これらの世代には、美容目的あるいは運動の成績を上げるために、減量を意識している人も多く、間違った食事制限のために十分な栄養素を摂れずに、さらに鉄分不足になってしまったり、貧血になってしまったりする懸念があります。また男女問わず10代のアスリートは、成長期で身体が大きくなってくるため、血液や筋肉などを増やすために鉄分が必要となる年代なのですが、十分な量を食べていないと、鉄の必要量に対して外から入ってくる鉄分の量が足りずに鉄欠乏性貧血となってしまいます。さらに、汗の中にも、微量ながら鉄が含まれているため、大量の汗をかくような運動を続けていれば鉄が不足する可能性があります。

次に、溶血性貧血についてですが、ランナーが「走る」ことによって、足裏と地面の接触が繰り返され、この衝撃で足底の血管内の赤血球が壊れやすくなります。これを「溶血性貧血」と言います。これだけなら鉄分は再利用されるので強い貧血は起こらないはずですが、壊れた赤血球からヘモグロビンが流れだし尿から排出されてしまうと、ヘモグロビンと一緒に鉄分が失われてしまうのです。激しい運動をしたときには、再利用よりも排出のほうが多くなってしまい、やはり鉄分が不足して貧血が進行します。こう考えると、貧血のある女性アスリートのなかには月経のときだけ鉄分をとっている方もいるかもいれませんが、これでは間に合わないということになります。

鉄欠乏性貧血は、治療をすれば簡単に治せる病気です。健康のためのランニングで、かえって身体を損ねてしまうことがないよう、知識をもって対策をたてておくことはとても大切です。

2015年10月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp