尊厳死について知らなかったこと

がんで死ぬということは、自分のコントロールを少しずつ失うということです。そんな時、尊厳死という「選択」が与えられたことで、そのコントロールを少しでも取り戻すことが出来るのかもしれません。
Compassion And Choices

先日、29歳のアメリカ人女性、ブリタニー・メイナードさんが尊厳死(death with dignity)を選んだニュースは、あなたもおそらくご存知だと思います。

このニュースはアメリカ国内だけでなく、世界各国に広がり、彼女のビデオメッセージはすでに900万回も再生されたそうです。

私はこれまでの10年間、ホスピスを専門とする音楽療法士として、何千人もの末期がんの患者さんを看てきました。ですから、このニュースを見るたび、彼女と似たような境遇にあった患者さんの顔が、頭に浮かびます。

ホスピスで働く私たちにとって、ブリタニーのニュースは「尊厳死」か「安楽死」か、それとも「自殺」か、というような学説の問題ではありません。

これは、人がやすらかに尊厳をもって死ぬということはどういうことなのか、という根本的な事柄を私たちに問いかけているのです。

アメリカでは、5つの州で尊厳死が認められています。中でもブリタニーが尊厳死をするために引っ越したオレゴン州は、この法律が国内で最初にできた州です。

しかし、尊厳死は簡単にできるわけではなく、医者の合意が必要です。尊厳死が認められるのは、それを求める6人に1人くらいで、現在行われている尊厳死は、医者が薬を患者に直接投与するのではなく、ブリタニーがそうしたように、患者本人が処方された薬を飲むというやり方が一般的です。

1997年にオレゴン州でこの法律ができてから、尊厳死が認められた人の数は1173人。しかし、実際に尊厳死を選んだのは742人(VOX)。

つまり、尊厳死を認められた人々の3人に1人が、実際にはこの手段をとらなかったということになります。これは、とても興味深い点ではないでしょうか?

考えてみてください。あなたがブリタニ―だったらどうしますか?彼女は、神経膠芽腫という悪性の脳腫瘍の診断を受け、余命わずか6か月であるという宣告を受けました。

彼女が恐れていたことは、がんが進行し、自分の意思でなにもできなくなり、苦しみながら最期を迎えることでした。

がんで死ぬということは、自分のコントロールを少しずつ失うということです。そんな時、尊厳死という「選択」が与えられたことで、そのコントロールを少しでも取り戻すことが出来るのかもしれません。

そして、選択があるということだけで、精神的に救われるのです。ブリタニ―自信も、ビデオでそう語っていました。

がんで苦しみたくないなら、なぜホスピスや緩和ケアを利用しないのか、と思うかもしれません。しかし驚くことに、オレゴン州で2013年に尊厳死を選んだ人々の85%は、ホスピスケアを受けていました。

つまり、尊厳死はホスピスの「代わり」ではなく、「補足」と考えられているのです。これは、ホスピスで働く私たちにとって、とても興味深いことです。

先日、アメリカのホスピスで長年一緒に働いてきた仲間と、この件について話をする機会があったので、次回の記事で彼らの意見を紹介したいと思います。

日々、末期がん患者の苦しみと向かい合っている彼らが、尊厳死についてどう考えているのか、実は私も今回初めて知りました。

尊厳死に関して、あなたが反対でも賛成でもいいのです。

重要なことは、このような終末期の問題について、私たちが真剣に向き合い、会話をすることなのです。ブリタニーは、私たちにそのチャンスを与えてくれたのだと思います。

(2014年11月10日 「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

著書: 『ラスト・ソング』(ポプラ社)

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