大勝「安倍新政権発足」でも「8割」ではない「改憲勢力」

公明党だが、本当に改憲勢力なのだろうか。

第48回衆議院選挙は自民党の勝利で終わり、本日(11月1日)召集される特別国会で行われる首相指名によって、第4次安倍晋三政権が発足する。が、惨敗した希望の党と公認候補擁立を見送った民進党の混乱は、今もまだおさまらない。

投開票があった10月22日前後の全国紙報道を見渡すと、自民勝利の原因は希望の党を率いた小池百合子代表(東京都知事)の「発言」にあるという分析でほぼ一致している。一部の民進党議員については希望の党への入党を認めない方針を明確に示した、いわゆる「排除」発言である。また、それに付随する野党分裂が自民党に有利に働いたとも報じられている。

「これから私どもの政策に合致するのか、さまざまな観点から絞り込みをしていきたいと思います。全員を受け入れるということはさらさらありません」

「排除されないということはございません、排除いたします。というか、絞らせていただくということ」

2度にわたるこの発言が、野党混迷に拍車をかけたのは事実である。これをきっかけに希望の党入党を拒否されそうな左派系議員らの逆バネの動きが活発化。発言から4日後の10月3日には立憲民主党が結党されることになった。

しかし、少し考えればすぐに分かることだが、政党は志を同じくする者たちの集団である。理念や政策が異なる者を排除するのは当然だ。

もちろん、100分野の政策があったとして、すべての分野で考え方が完全に一致する人間はいないだろう。ただ、100のうち政党として譲れない根本的な理念や中心的な政策においてまったく正反対の主張を掲げる者が同じ党内にいたら、政党は混乱する。自民党出身者も社民党出身者も、左派も右派も党内に抱え込んで失敗した民主党が好例である。

そういう意味で、言葉遣いはきつかったかもしれないが、政党の論理としての「排除」そのものは決して間違った考え方だとは言えない。では何が失敗だったのか。

元祖「排除の論理」

「排除」という言葉で思い浮かぶのは、1996年、鳩山由紀夫氏らが中心となって旧民主党が結党された際の混乱だ。ちなみに「排除の論理」はこの年の「新語・流行語大賞」に選ばれている。

当時は自民党、社民党、新党さきがけ3党による、いわゆる自社さ連立の橋本龍太郎政権で、小沢一郎氏が率いる野党第1党の新進党が自社さ政権と対峙していた。

こうした政治情勢のもと、主に新党さきがけと社民党出身者による新党結成を画策していた議員らは、自民党と連立を組んでいる社さ両党の影をひきずるのを嫌い、その象徴的な存在である村山富市元首相と武村正義・新党さきがけ代表らの入党を拒否した。

これに対して、武村氏らは「排除の論理をとるべきではない」と主張し、社さ両党全員合流による「丸ごと新党」を目指した。鳩山氏は結党準備を進めていた議員の中の中心人物だったが、当時はまだ新党さきがけ所属議員でもある。この年の8月、鳩山氏はさきがけを離党するにあたって、党代表の武村氏と共同記者会見に臨み、「排除」について、こんなふうに説明した。

「武村代表や村山社民党党首の間で社さ合同や合併論が出ていたが、丸ごと新党へ移行するのは合点がいかなかった。政党の壁を突破してこそ新党が生まれる。(中略)新党推進の仲間と協議し、排除の論理ではなく政策で勝負しようと了解を得た。(中略)排除の論理はとらない。政策でしっかりやっていく」

「排除の論理」を明確に否定しながらも、政策しだいで合流仲間を選別するという。要するに政策的に合わない人物を排除するということでもあるわけで、一読して、意味が分からない。しかし、分からない点にこそ、この発言の底意がある。

結局、この記者会見の1カ月後、旧民主党は武村、村山両氏らを抜きにして結党した。排除しないと明言して、実際には排除したわけである。

ただし、社民党左派を多く抱え込んだこと、自民党出身者もいたこと、さらに新進党とさえ手を組んだことが禍根を残し、今回の民進党分裂に至る。

「鳩山」と「小池」の違い

同じように今回、「寛容な保守」を掲げた希望の党にも多くの左派議員が紛れ込んだ。選挙戦の途中から選挙後の民進党復帰の意向を漏らす者もいて、政党の体をなしていない。小池氏の排除発言にもかかわらず、希望の党もまた実際にはそうした分子を排除できなかった。

ただ、旧民主党と希望の党では、出発時点での状況は異なる。民主党は新党結党時、まがりなりにも勢いがあった。実際にその13年後には政権奪取に成功している。離陸の時点で失速している希望の党とは大きく異なる。

排除しないと言って排除した鳩山氏と、排除すると言って排除できなかった小池氏。

つまり、希望の党の衆院選敗北の原因は、民進党議員を排除したことにあるのではなく、小池氏が鳩山氏のように真意を隠すことなく、あからさまに「排除」と言ってしまったことにある。そして、現在の混乱の原因は、「排除します」と明言したにもかかわらず、実際にはきちんと排除できなかった点にある。

排除されずに希望の党に潜り込んだ議員たちは、劣勢が伝えられると選挙期間中から小池批判に転じた。批判の矛先は、「排除」発言だけでなく、小池氏らの憲法改正や安全保障法制への容認姿勢にも及ぶ。

希望の党の公式サイトには、「現在緊張の高まる北朝鮮への対応やミサイル防衛を含め、現行の安全保障法制は憲法に則り適切に運用します」と記してある。批判議員らが指摘するように、たしかにこの文言は曖昧である。安全保障法制を受け入れるとも読めるし、法制のうち憲法違反だと考える部分については反対するとも読めるからだ

このため、民進党出身の希望の党メンバーの1人は、この文章は「民進党が言ってきたことと同じ」だと主張している。

しかし、希望の党結党メンバーの中に長島昭久元防衛副大臣のような人物もいる。長島氏は4月に民進党を離党した際に、共産党との共闘を批判して、「安保法制廃案という現実的とは思えない1点で折り合いをつけようとしても、政権を担った途端、たちまち破たんすることは火を見るよりも明らかだ」と述べた。ほかにも憲法や安保政策で右寄りの議員が希望の党には多い。民進党からの合流組もそのことは分かっていたはずだ。

そもそも「民進党と同じ」ならば、民進党のまま戦えばいい。前原氏が希望の党合流方針を打ち出した時にあっさり従ったのは、民進党のままでは当選しないと思ったからだろう。小池氏についていったほうが有利だと判断したから移動したのではないか。

橋下徹前日本維新の会代表が今の希望の党内部からの小池氏批判に対して、ツイッターで、「小池さんの看板がなければお前らのほとんどは落選してたんだよ!」とつぶやいている。乱暴な言い方だが、たしかにうなずける。希望の党から排除されて立憲民主党を発足させたメンバーのほうがずっと正々堂々としている。有権者はそういうところも判断材料として投票したのだろう。

前提が間違っている新聞論調

こうした混乱状況を総括して、希望の党が一部の民進党議員を排除していなければ、あるいは野党が分裂していなければ、自民党にひと泡吹かせられたはずだという論調が新聞各紙で目立つ。

「割れた政権批判票」(10月23日付、毎日新聞)

「野党分裂 自民に利」(同日付、日本経済新聞)

「野党分裂 自民後押し」(同日付、朝日新聞)

希望の党と立憲民主党、つまり、右派も左派も一緒になって、第2民進党のような政党を作っていれば、自民党に勝てたというのだろうか。これは民進党のままで戦っていたら、もっといい勝負ができたと言っているのに等しい。

また、単なる民進党結集だけではなく、民進党と小池氏のグループが組んだとしたら勝てたという記事もある。しかし、そもそも民進党が嫌だった離党者らが小池氏と組んで希望の党ができたという経緯を考えれば、この推論は前提が成り立っていない。

ほんのちょっと前まで続いていた民進党からの「ドミノ離党」現象を忘れてはいけない。あのままの状態で、分裂せずに民進党として戦っていたら、離党者はますます増え、民進党は壊滅的敗北を喫していただろう。

分裂により、左派が立憲民主党に衣替えしたため、被害を最小限に食い止め、ぎりぎりで踏みとどまることができた。

ついでに、民進党という寄り合い所帯が解消してすっきりしたと言いたいところだが、希望の党が再び寄り合い所帯の醜態をさらし始め、まさに第2民進党になりつつある。本当は左派なのに、小池旋風に勝手に期待して希望の党に入り込んだ議員(候補者)がきちんと色分けされていれば、つまり排除されていれば、もっとすっきりして野党全体の票はさらに増えたのではないか。

意味のない「野党共闘」試算

今回の野党分裂よりもさらにさかのぼって、共産党を含む野党共闘が成立していたら野党の獲得議席が増えていたという分析も新聞紙上をにぎわせている。

10月24日付の朝日新聞や毎日新聞がこの種の報道の皮切りで、「立憲、希望、共産、社民、野党系無所属による野党共闘」(朝日)が成功していたらどうなっていたかという想定のもとで、各候補の得票数を単純に合算した場合に、野党の議席が大幅に増えるとの試算結果を掲載した。これに10月25日付で読売、日経が追随。全国紙の中で産経新聞だけがこの種の報道がないので、産経の矜持かと思っていたら、産経も30日付の紙面でやはり野党共闘の場合の獲得議席の試算を発表した。

それぞれ増加する議席数は63だったり64だったり84だったりとさまざまだが、いずれも野党が分裂したから自民党が大勝したと言わんばかりの論調である。だが、本当にそうだろうか。

まず、希望の党はもともと共産党との共闘を拒否して民進党を離党した人々が作った政党だということを忘れてはいけない。そう考えると、希望と共産の共闘はまず前提条件が成り立っていない。

試算は試算だから、あり得ない前提でもかまわないという考えかもしれない。だが、それならば、自民と立憲が連立政権を組んだら自公連立よりも多数を握れるとか、自民と共産が選挙協力した場合には......など、いくらでもありもしない前提での計算ができる。自立連立や自共協力を計算しないのは現実的ではないので計算する意味がまったくないからであり、新聞が報じる野党共闘の試算もまた同じで、意味がない。

また、野党共闘の獲得議席数を計算する際に各候補の得票数を単純に足し算しているが、共闘が成立した場合に、1+1=2になるという前提なのだろうか。しかし、少なくとも野党4党のうち、共産党と組んだ希望の党は有権者の信頼を失して票を減らすのではないか。また、立憲は分裂したからこそ得票数を上積みできたとは考えられないだろうか。

なお、選挙前に民進党だった人という括り方で数えると、選挙前よりも民進党は議席数を伸ばしている。

新聞各紙がどういう意図で、この野党4党共闘の場合の試算をしているのか今一つ分からないが、いずれにしても共闘は非現実的だし、百歩譲って、共闘があり得たとしても試算どおりには議席は増えないだろう。

公明党は「改憲勢力」か

さて、衆院選を終えての報道でもう1つ気になるのは、改憲勢力に関するものである。

全国紙は軒並み、改憲勢力が3分の2を超えたとか8割に達したと伝えている。衆院の3分の2は310議席、8割は372議席。新聞が報じているのは、自民と公明で310議席を超え、さらに改憲に異論を唱えていない希望と維新までも足すと8割に達するという計算である。

ただ、これで憲法改正が容易になったと考えるのは早計である。新聞も報じているとおり、まず、本当に改憲勢力なのか疑わしい政党が含まれていること、次にそれぞれの主張する改憲の中身が異なるので、改憲案の中身がまとまる際に改正反対側にこぼれ落ちていく政党が出かねないという状況がある。

まず公明党だが、本当に改憲勢力なのだろうか。

安倍首相は憲法9条のうち、戦争放棄を定めた第1項と戦力不保持を定めた第2項はそのまま残し、別の条文で自衛隊の存在を明記しようという考え方を示している。これは、従来公明党が主張してきた「加憲」という考え方に合致している。加憲は、憲法の条文を書き換えるのではなく、新たに必要になった条文を付け加えるというものだ。

だが、今回の衆院選の選挙公約で、公明党は次のような方針を掲げている。

「9条1項2項を維持しつつ、自衛隊の存在を憲法上明記し、一部にある自衛隊違憲の疑念を払拭したいという提案がなされています。その意図は理解できないわけではありませんが、多くの国民は現在の自衛隊の活動を支持しており、憲法違反の存在とは考えていません。今、大事なことは、わが国の平和と安全を確保するため、先の平和安全法制の適切な運用と実績を積み重ね、さらに国民の理解を得ていくことだと考えます」

要するに、安倍首相の言うような別の条項は必要ないという意味である。また、公明党は加憲すべき項目として、かつて盛んに環境権などに言及していたこともあったが、ここ1年ほどは山口那津男代表ら公明党幹部から否定的な意見が出ている。

難関「国民投票」

希望の党には公明党以上の問題がある。選挙を戦い終えて、希望の党内は混乱状態にある。民進党への復帰を口にする議員もいる。離党者が増えれば、8割を超えたはずの改憲勢力は減る。さらに、離党はしなくても、そもそも希望の党当選者の大半を占める民進党出身者には護憲派もいるし、一応の改憲派だが9条改正には反対とか、安倍首相主導の改憲には反対という議員らもいる。

仮に衆参両院で3分の2の賛成議員を確保できても、その次に困難が待っている。国民投票である。改憲政党と言われる政党内部で護憲派と改憲派が対立すれば、国民は改憲に厳しい目を向けるだろう。さらに、護憲派の離党者が相次ぐという事態になればなおさらである。

そういう不安のあることが分かっているからこそ、安倍首相は衆院選後の記者会見で、「スケジュールありきではない」「与党で3分の2はいただいたが、与党だけではなく幅広い合意形成が必要」などと、改憲については慎重な物言いに徹しているのだろう。安倍首相や改憲派は、「8割を超えた」などと浮かれていられる状況ではないのだ。

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