アートシンキングとは?「良い子のままじゃ、イノベーションなんか生まれない」 不確実性の時代を突破するフレームワーク

自分が本当にやりたいことを見つけるワークショップが日本に上陸。
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もしもビジネスの課題を芸術家(アーティスト)の考え方を使って解決したら...?

「鳩」をモチーフにしたアート作品を創作して、ケータリングのサービスを着想したら...?

そんな一風変わった取り組みが注目を集めている。

「アートシンキング」と言われる手法で、新商品やサービスを発案する際の手がかりにするという。いったいどんな方法なのか。

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この「鳩」をモチーフにしたアート作品から、優れた起業家を称える賞を受賞した、一風変わったケータリングサービスが生まれた。いったい、どういうこと?
アートシンキング・コレクティブ

■データ主義か、直観主義か

近年、マーケティング(市場調査)などを通じて消費者やユーザーのニーズを徹底的に把握し、その上で新商品を開発したり、サービスの向上を目指したりする「デザインシンキング」が広がりを見せている。アメリカのスタンフォード大学の教授らが提唱し、iPodの誕生でもこの考え方が取り入れられたことで注目が集まった。

これに対し、アートシンキングはほぼ"真逆"の思考ルートをたどる。顧客のニーズから解決策をひねり出すのではなく、自分の中にある「生煮え」のアイデアからスタートするというアプローチなのだ。

デザインシンキングがデータ主義だとしたら、アートシンキングは直感主義に近いかもしれない。

デザインシンキングを生んだスタンフォード大は、2018年秋から、アートシンキングのワークショップを授業で取り入れることを決めた。そのワークショップが7月、スタンフォード大よりも一足早く、日本で開かれた。開催に尽力したのは、「アートシンキング・コレクティブ(共同体)」と名乗る3人の女性たちだ。

そのうちの一人、クリエイターと起業家をつなぐ活動をする西村真里子さんは、アートシンキングのメリットをこう説明する。

「今の時代のように、混沌とした、どこに向かっていけば良いのかわからない時代には、周りを見渡しても、課題が何なのかすら見えてこないという状況です。顧客自身も、自分が何を求めているのか答えを持っていない」

「不確実性の時代には、顧客・ユーザーを見ていても答えは見えてきません。そこで、自分の中で何かモヤモヤしてはいるけど課題としては認識していなかったことを、改めて見つけ出すのが、アートシンキングの核。課題そのものを見つけたいという時に、アートシンキングが使えるんです」

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左から西村真里子さん、奥本直子さん、飯田さやかさん。3人は、社会課題を解決するスタートアップを支援する「Mistletoe(ミスルトウ)」のメンバーだ。2017年冬にスタンフォード大でアートシンキングに出会った西村さんが、奥本さんと飯田さんに声をかけ、ワークショップを広める活動を始めた。
HuffPost Japan

■市場があっても興味がないと起業できない

実は、デザインシンキングを生み出したスタンフォード大の教授たちも、"自分"の中から課題を見つけ出すことの重要性に気づいていた。

デザインシンキングは、ユーザーを中心に物事を考えようという発想のフレームワークだ。ユーザーの困っていることやニーズを探る。そこから課題を見つけ、解決のアイデアをブレインストーミングでたくさん出し、迅速に簡単なプロトタイプ(原型)を制作する。

スタンフォード大がデザインシンキングの教室をオープンしたのは2005年のこと。だが、同大で起業家プログラムを教えてきたチャック・イーズリー准教授は、デザインシンキングでは解決できない課題も抱えていた。彼の悩みを、アメリカを拠点に事業開発兼投資家として活動する奥本直子さんは代弁する。

「シリコンバレーの起業家の考え方は、大きな海原の中で魚が集まりそうなところに船を漕ぎ出して、網を投げ、魚を捕るという感じなんですね。捕まえた魚が大きければ大きいほど、イグジット(会社の売却)につながるという考え方です」

「『市場はあるか』と問い、そしてさらに、『市場に対して、良いプロダクトやサービスをどのように提供していけばいいか』を考える」

「この流れではまず、魚がどこにいるかを探すようになります。大学でも『マーケットの機会創出が大きいからこのソリューションをつくろう』とか、『こうすると大企業に買収してもらいやすい』などイグジット出来るかどうか考え、デザインシンキングなどで改善をしながら素晴らしいプロダクト/サービスを作り、市場に出していくことを授業で学びます」

「しかし、卒業する生徒たちに『あなたはこの授業で素晴らしいプランを作成したから、卒業したらこれで会社を起こすんだよね?』と聞いても『No』と言われる。『どうして?』と問うと、『興味ないから』と返ってくる」

「イーズリー氏はそれを何度も経験して、『やはり起業家精神というのは、内面から湧き起こってくる社会的課題を解決をしたいという思い、パッションがないとダメなんだ』と気がついたんです」

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チャック・イーズリー准教授
アートシンキング・コレクティブ

イーズリー氏はこの悩みを、フランスの老舗ビジネススクールESCPで起業家プログラムを教える友人のシルヴァン・ビューロゥ准教授に打ち明けた。

すると、ビューロゥ氏があるワークショップを紹介した。それがアートシンキングだった。

実はビューロゥ氏も同じ悩みを抱えており、10年前にアーティストの親友ピエール・テクティン氏からヒントを得て、ワークショップの開発にこぎつけていた。

ビューロゥ氏の話を聞いたイーズリー氏は、「まさに自分の欲しかったものだ」と感じたという。イーズリー氏は早速、自分の授業にもアートシンキングのワークショップ取り入れることを決めた。

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参加者の作品に手を伸ばしているのがシルヴァン准教授。右隣にテクティン氏。
アートシンキング・コレクティブ

■アートシンキングって、どんなことをやるの?

では、実際のワークショップではどんなことをするのか。7月に日本で開かれたワークショップを例に紹介する。

3日間にわたって開かれたプログラムは、「貢献」「逸脱」「破壊」「漂流」「対話」「出展」の6つのプロセスからなる。

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アートシンキングのフレームワークの図。ワークショップには、10年間で1500人の受講生が参加した。キヤノン・フランスは社員のクリエイティティビティの強化に効果があると評価。フランスの大手通信キャリア・オレンジでは、社員の視野が広がったと報告している。
HuffPostJapan撮影

この6つの工程の中で、自分の意識の中で埋もれている課題を見つける方法や、見つけた課題をどうやって「Improbable(起こりそうもないもの)」に変えていくかを学ぶ。ユニークなのは、それをアート作品の制作を通じて実現する点だ。

一方で、ビジネスに関わる具体的な提案やアイデアの発案を目標にはしていない。というのも、アートシンキングは、他のビジネス・フレームワークを使う"前段階"として位置付けられているからだ。

まずはアートシンキングの手法で「0」の状態から「1」となるアイデアを生み出し、その後、他のビジネス・フレームワークを用いて「1」を「10」にする、というイメージだ。

もちろん、参加者はアート作品として自社製品を考え出してもいい。だが、「ビジネスを作り出す」という固定概念を取り払うほうが、本当に自分の表現したいことを感じ取りやすいという。

■路上の「鳩」が、ケータリングのアイデアに

実際に、アート作品の制作が、どのようにビジネスのヒントの発見に繋がっているのだろう?

例えば、地元のおじいちゃん・おばあちゃんによるケータリングサービス「マミー・フーディー」は、フランスでワークショップに参加した学生が作った「鳩」をモチーフにした作品から生まれた。記事の冒頭で紹介した作品だ。

テーマは「ストリートフード」。フランスのファストフードはアメリカ風になり、道にボロボロ食べかすが落ちている。

「フランスにも素晴らしい料理があるのに...」

そんな思いを、道端に落ちたファストフードに群がる折り紙の鳩たちに込めた。

アート作品を作る過程で、学生らは「本当の食べ物ってどう言うものだろう...」と考えを深める。

自分の経験を振り返り、小さい時に祖母と料理を作っていたことを思い出した。調べてみると、世界中には、屋台を切り盛りするおばあちゃん・おじいちゃんたちがいる。

フランスでも同様のことができないか。さらに孤独になりがちなシニア層に、コミュニケーションの場や生きがいを持てる仕事があれば...。

自分の中にある感情から、おじいちゃん、おばあちゃんだけが社員になれるケータリング企業「マミー・フィーディー」のアイデアが生まれたのだった。

■既成概念や自分の殻を壊せるか

スタートアップを支援する「Mistletoe(ミスルトウ)」のCFO、飯田さやかさんは、アートシンキングで自分の考えを明らかにしていく流れを次のように説明する。

「みんな最初は、既成概念や自分の価値観の殻があり、自分が本当に何を考えているか、何をやりたいかが見えていません。アートシンキングは、その殻を破壊し、何度も自分自身に問いかけて、どんどんそぎ落とし、研ぎ澄ましていくプロセスをたどります」

参加者は自らと対話しながら、最終的な作品を作り上げるまでに、いくつもの作品を作っては壊しという作業を繰り返す。まるでアートシンキングの考え方を体に染み込ませるように。

最終日に自分たちのアート作品を展示し、一般客から批評をもらう。

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「Working Anywhere」をテーマに作品作りをしたチーム。架空のGoogle Shieldというコンセプトをつくり、どこでなにをしようがGoogleがあらゆる個人情報をトラッキングする時代を風刺。人々に大手IT企業の監視から逃れられない世界が到来していることを再認識させる作品を作り出した。
アートシンキング・コレクティブ/HuffPost Japan
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「シェアリングエコノミー」が発展することで、「シェア」という言葉の観念が資本主義に寄ってきているのではないかと訴える作品。初期の作品は"字"が満載だが、最終作品では消滅。
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■ありえないものを生み出すってどうやるの?

アート作品を制作したことのない参加者にとっては、手を動かすことすら難しいだろう。しかし、このワークショップでは、3日という短い期間で、「見たこともない」「ありえないもの」を生み出さなければならない。

"ありえない"ものをいきなり思いつけといっても、簡単に思いつけるわけがない。そこで最初にステップとして、「逸脱」という方法で、既存の固定観念からわざと外れることを考える。

「ビジネスパーソンにとっては縁遠いアートに取っ掛かりやすくするために、"風刺"を用います。既にある企業や映画、製品、アニメのキャラクターなどにメッセージ性を持たせていく作業です。固定概念を壊し、逸脱することにより、おなじみのテーマに新たな意味合いをたせていくのです」(奥本さん)

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アンパンマンを使って「シェアリングエコノミー」を風刺しようとしている「逸脱」の工程。シェアのもともとの意味は、アンパンマンのように無償で奉仕する「ギブ」に近い感覚ではなかったかを問いかけている。
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普段慣れ親しんだキャラクターやアイテムに手を入れて、「破壊」して表現することは、受け手の"不快感"につながるかもしれない。だが、ビューロゥ氏は「モンスターを生み出せ」と参加者を叱咤する。

常識や、上司・同僚の目、クライアントの感情を意識していては、いつまでたっても殻の中から出てこられない。目を背けられる作品のほうが、伝わりやすいこともある。

全てを一旦無視して、自分の感情に従うような「モンスター」を生み出すパッションが、作品作りには必要なのだという。

「良い子のままじゃ、イノベーションなんか生まれない」。ビューロゥ氏はニヤリと笑った。

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実際、あるチームはバービー人形の服を脱がし、首をもいで作品に利用した。「人形はたまたまドンキ・ホーテで見つけたもので、バービー人形でなくても良かった」と参加者は釈明したが、「チームに女性がいたら、できなかったかもしれない」という意見も。筆者は、「男性も女性関係ない、アート作品として脱がせたバービーを使うのもアリだと感じた。
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■「自分の思いを出せたのか」が、ダイレクトに問われる

参加者を「モンスター」に変えるために、講師らが触媒となって考えを深めていく。これが次のプロセス「漂流」だ。

「各チームメンバーは、初めは様子を見ながらやっていますが、講師が介入してわざと意見を戦わせる形にする。自分の意見を押し込めないように、『本当にそう思ってるの?』とツッコミを入れたり、揺さぶりをかけて説明を迫ったりすることもある。生徒の性格や行動を見て、変化を起こさせようとするんですね」(奥本さん)

参加者の本音が出始めると、「なぜ私の言いたいことが伝わらないの?」と途中で泣き出す人もいる。「これ以上、会話できない」と、外にコーヒーを飲みに出ていく人や、自分だけで別の作品を作り始める人も出てくる。

「作品を作り上げられる気がしない!」「あの人が勝手なことをやっている!」と、講師のもとに文句や悩みのメールも舞い込んでくる。

しかし、このチーム内のぶつかりをアートシンキングは奨励する。外に出ていったっていい。「誰かしらない人に、悩みをぶつけてこい」「北を目指せ」など、煮詰まったらそのままにせずに、「漂流」して怒りを解消していくのだ。

とはいえ、どんなに衝突が続いても、3日目の展示日は否が応でもやってくる。そこで紹介されるのが「対話」というプロセスだ。「そもそも、何がやりたかったんだっけ?」を見つめ直し、メンバー一人ひとりが「今、こういう気持ち」と本音を打ち明けていく。

冷静にそれぞれの意見を比較し、何が一番チームにとって重要なのか、それぞれがどうチームに貢献できるのかを問い直す。

3日目の午後にメンバーの意見がまとまりはじめ、各チームとも猛スピードで作品の仕上げに入る。

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このチームは、2日目の夜にもなかなか作品の方向が決まらず、紙1枚しか作れていなかった。それが、「対話」によって「手を動かさないでいる」ことが各人のフラストレーションになっていると気がつく。3日目はフル稼働でダイナミックな作品に仕上げた。
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3日目の夕方には、自分の思いから生まれた作品を、一般の観客に直接プレゼンする。作品は、一般の人々に向けて展示され、そこで直接、観客から批評を受けとる。「観客はこの作品から何を気づいたのか」「観客に生まれた新たな視点はなかったか」など、改善へのヒントや学びを得るのだ。

参加者の中には、目をキラキラさせながら得意顔で自分の作品を紹介する人もいた。自分の思いが作品に出せたかどうかは、各参加者の様子を見ているだけでもわかるのではないかと筆者は感じた。

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「Sustainability(持続可能な社会)」のテーマから「ファストファッション」「ファストフード」など「ファスト」というキーワードに着目したチーム。初期では「大企業」の大量マーケティング費投下について問題視していたが、出会い系アプリに着想を得て、ファストな消費文化は資源や環境問題だけでなく、私たちの関係性にまで及んでいることを表す作品を作り上げた。
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奥本さんは、ベンチャーキャピタリストとしての経験から、起業家に情熱があるかないかで、今後のスタートアップのあり方が変わってくるのではないか、と考察する。

「一人しか乗っていない自家用車を少なくすることで渋滞を解決しようとするライドシェアのLyftや、靴を1足買ったら発展途上国に別の1足をプレゼントするTOMSのように、社会的課題の解決を目指す起業家に注目が集まっています」

「私自身も『お金が全て』という資本主義の最たるあり方は、おかしいのではないかと思います」

「『マーケットはあるの?』『どうやってお金儲けするの?』というシリコンバレーの定石的な質問などを取り除いて、自分の内なるパッションから出てくるものを、課題を定義していくというのがアートシンキングです」

3人はこれから、起業したい人だけでなく、学生や転職を考えている人、何をしていいのかわからなくなった人にもワークショップを届けていきたいと意気込む。西村さんは、学生時代を振り返り、「もっと早くにアートシンキングに出会いたかった」と話した。

「学生の頃にアートシンキングのワークショップを受講していたら、もうちょっと柔軟に、就職先を考えることができたかもしれません。もし自分の心の中が見えていたら、大企業だからとか、給料が高いからという視点では仕事を決めなかったでしょう」

自分の中のパッションを形にできる仕事――。

そんな仕事を見つける術が、アートシンキングで身につけられるのかもしれない。

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左から、「印象派が好き」という奥本さん、「起業家とアーティストは似ている」という飯田さん、クリエイターとスタートアップを結びつける活動を積極的に行う西村さん。アート好きの3人は、毎日2時間、電話会議をする。「一人じゃなくても新しいことを生み出せるというのも、意外とインプロバブルでしょ?」(2018年7月下旬、渋谷EDGEofで撮影)
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