少しだけ特別ないつもの土曜日にみんなは銃規制強化の意思を伝えにやってきた: メディアに映らなかった数十万人のワシントンD.C.の一日

私がみたその一日の風景を記録しておこうと思う。

わずか8ヶ月前にアメリカにやってきた私にとってそれはとても感動的な一日だった。日本でも大きく伝えられたワシントンD.C.での銃の規制強化を求める大規模デモ"March for Our Lives"のことだ。

でも、多分大手メディアが日本で伝えた感動とは随分違ったことに私は胸が震えていたのかもしれない。私が感動したのは、その日が少しだけ特別な、でもいつもの土曜日のようだったからだ。

確かに、メディアが伝えたその日のことはとても感動的なシーンばかりだ。先月、銃乱射事件の起きたマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校のエマ・ゴンザレスさんが、17人の命が奪われた6分20秒という時間、犠牲者の名前を読み上げた以外は沈黙し、怒りや悲しみを示したスピーチは、これが高校生のできうることなのかと驚くばかりだ(*1)。

55年前の"March for Jobs and Freedom"でキング牧師が"I have a dream"と演説したこのワシントンD.C.で、わずか9歳のキング牧師の孫・ヨランダさんが"I have a dream"と語りかけ、銃のない世界を訴える演説するのは、まるで映画のようだ(*2)。

このワシントンで、あるいは全米各地で行われた関連デモに、多くのセレブたちが参加したニュースも、日本との違いを大きく感じさせる話だったかもしれない。

でも、それはその日ワシントンのペンシルバニア・アベニューを埋め尽くした50万人とも、80万人とも、いや100万人とも言われる人たちの中のごく一部の象徴的な物語でしかない。

その日、ドラマチックではないけれど、土曜日に自分の意思を伝えにそれだけの多くの人たちが確かにここにやって来た、私がみたその一日の風景を記録しておこうと思う。

そうそう、アメリカではあまりデモ"demonstration"という言葉は使われていない。rallyやmarchという言葉が使われる。この日のデモは"March"だったので、先例に倣って「行進」とでも訳しておこうと思う。

ペンシルバニアアベニューに向かう人々

この日私はちょうどオフィシャルに行進が始まる時刻とされる昼の12時頃に、ワシントンD.C.郊外にある自宅の最寄駅にいた。そもそも、私が出かけた第一目的は行進に参加するためではない。

2日前に日本からワシントンの桜祭りを観にやって来た母親にナショナルモールと呼ばれるワシントン・モニュメントを中心に、東の国会議事堂から西のリンカーンメモリアルに伸びるナショナル・モールと呼ばれる場所を案内することが第一目的だ。そのすぐ北側に今回の行進のルートになるペンシルバニア・アベニュー(通称ペン・アベニュー)がある。せっかくなので、その様子も見てこようと思っていた。

ともかくも最寄駅につくと、高校生のグループがいくつか目につく。近くに高校があるので、高校生が駅近くにいるのはいつものことだが、いつもと違うのは手に自分の意思を書いた'サインカード'を持っていることだ。ああ、行進に参加するんだな、とわかる。

ホームに電車が着くと、拍子抜けするほど空いている。いくら始発駅に近い我が最寄駅とはいえ事前に地元ワシントンポスト紙や、ワシントンのメトロが混雑について案内をしていただけに、肩透かしを食らった格好だ。

けれど、次の駅で多くの人が乗ってくる。次の駅でも、その次の駅でもだ。みんな行進に行く人かはわからないが、少なからぬ人たちがやはりサインカードを持っている。

けれど、雰囲気はいつもより少し賑やかで混雑している程度だ。似た雰囲気の電車内を経験したことがったような気がして記憶を辿ると、秋に地区優勝目前の地元メジャーリーグチーム"ワシントン・ナショナルズ"の試合を観に行った時の電車くらいの雰囲気だと思い当たった。"ナッツ・キャップ"を被ったワシントニアンがいっぱい乗っていた、あの電車くらいの感じだ。ちなみに、ナショナルズは万年地区優勝止まりのチームで、地区優勝自体は珍しいことでもない。

そうこうするうちに、Farragut North駅についた。ホワイトハウスの、そして今回の行進ルートのゴールの最寄駅の一つだ。駅を降りると行進に向かう人が多くいる。駅を出ると、すでに歩き終えて帰途につく人もいる。

ホワイト・ハウス前は驚くほど混乱もなく、いつも通り観光客もいた。母親と共に記念写真を撮り、ペン・アベニューに向かう。少し歩き疲れた母親はペン・アベニューの付け根にあるフリーダム広場のベンチで休んでいるとのことで、一人行進会場に向かった。一緒にそちらに向かう人には、ベビーカーに子どもを乗せた親子連れの姿も目立つ。地下鉄の混雑を避けて遅く来たのかもしれない。

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行進に向かう親子連れ
Akiko Suzuki
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行進のゴール付近の親子連れ
Akiko Suzuki

入れ違いに帰る人たちもたくさんいる。

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行進から帰るグループ
Akiko Suzuki
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行進から帰るカップル
Akiko Suzuki

大手メディアのように上から写真は撮れないが、向こうに見える国会議事堂方面まで人で埋め尽くされているのがわかる。ステージの音も聞こえるが、とにかくこれだけの人たちが集まっていることに、鳥肌がたった。

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人で溢れかえるペンシルバニア・アベニュー
Akiko Suzuki

だいたいいつもアメリカでは、時間通りに人が集まることはない。みんなマイペースに集まって来て、そして三々五々と帰っていく。子どもたちが遠足に行ったって、「家に帰るまでが遠足です」なんて締めの挨拶もない。やることが終わったら、勝手に解散。行進もそのようだ。

アメリカ流にみんなそれぞれの時間にきて、それぞれの意思を伝えて帰って行く。でも、今日は少し特別だ。

これまでも、デモや行進、集会を見かけたことは何度もあるが、今日はその人の波が途切れないのだ。とにかく、こんなに人の多いワシントンD.C.は観たことがない。

そして、黙って歩く人、グループで声をあげながら歩く人、それぞれだけれど、多くの人が自分の言葉を書いたお手製のサインボードを持っている。でも、持っていない人もいる。テンションはいつもより高いけれど、多くの人は特別熱狂しているわけでもなく、サインボードも持たない通りがかりの私もふらりと中に入っていける、そんな自由さがあった。

アフター・アワーズ

しばらく人で埋め尽くされたペン・アベニューを歩いたのち、母を連れて南のワシントン・モニュメントに抜ける。ここから、しばらくナショナルモールの芝生を歩き、国会議事堂方面に東に歩いた。行進を終えた人たちがたくさんいる。

みんな、いつもの土曜日の様子で、高校生のグループが芝生でじゃれあったり、若者がワシントンモニュメントをバックに写真を撮ったりしている。

ただ、違うのは多くの人がサインボードを手にしていたり、お揃いの"March for Our Lives"のTシャツを着ていることだ。お揃いのTシャツに、それぞれ手製のサインボードを持って記念写真を撮っているのだ。私も何組かの若者に写真を撮ってくれるように頼まれたりした。

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行進終了後ナショナルモールで記念写真を撮る高校生
Akiko Suzuki

気づけば夕方近くになっていた。帰途につくため、ペン・アベニューをまっすぐ北に上がって行進ルートの中心あたりにほど近いメトロセンター駅に向かう。ちょうどトランプ・ホテルの前を通りがかる。ホテルの小さなエントランス前には、たくさんの人がサインボードを置いて去っていた。大統領に自分の意思を伝えるために。ここでも何人かの高校生や若者が記念写真を撮っていた。

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トランプホテル前
Akiko Suzuki
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トランプホテル前の若者。流暢な日本語で話してくれた。
Akiko Suzuki

既に行進の予定時刻を過ぎていたが、メインエントランス前では抗議行動が続いていた。子どもたちや、高校生、大学生、20代の若者から、中高年まで多種多様な人が抗議行動に参加したり、その前を通って帰途につくところだった。今やって来たと思われる人たちもいた。

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トランプホテル前。一人で参加していた若い女性。
Akiko Suzuki

トランプホテル前を抜けて、メトロセンター駅までの道には、お揃いのパーカーを着た高校生のグループと付き添う大人の姿があった。その脇には、商魂たくましく"March for Our Lives"Tシャツやキャップを売る人たち。そして、駅に着くと地下に降りるエスカレーターの脇にたくさんのサインボードが置かれていた。今日ここに来たその想いを、この足跡を、みんなが確かに残していた。

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メトロセンター駅に置かれたサインボード
Akiko Suzuki

帰りの地下鉄に乗り込むと、行進の帰りの高校生らしきグループがやはり同じ車両に乗っている。みると"FxxK TRUMP"なんてサインボードを持っている。同じ高校生でも、メディアに伝えられた感動的な高校生のスピーチとは随分な違いだ。

けれど、高校生が何十万人も集まれば、そんなサインボードを作ってくる生徒が一人や二人いるのは、当然だろう。ワシントン郊外のメリーランド州では今週も高校で銃の発砲事件があったばかりだ。

それでも何もしてくれない大統領に"Fxxk"という言葉で意思表示をするような普通の高校生も、この行進に参加したのだ。そして、彼も数年すれば有権者になる。彼は、きっと投票に行くだろう。

こうして、さまざまな人たちが 自分の意思を伝えにやってきたワシントンD.C.の1日は終わっていった。

帰ってメディアの速報をみると80万人集まったとか、友人のFacebookでは100万人集まったらしいとか、そんな話が飛び交っていた。そう、それだけの人が、何かに熱狂してやってきたというより、当たり前のようにやってきたことに私は感動したのだ。

自分の意思を伝えに、友達と、パートナーと、子どもと、あるいは一人で、少し特別ないつもの土曜日にワシントンD.C.にみんながやってきた、そして結果何十万人にもなっていた。

そのことに、アメリカの、少し大げさに言えばアメリカの民主主義の底力を感じたのだった。