WHO「ゲーム依存」疾病認定までの6年間、舞台裏の記録

私自身、ゲーム依存を含むネット依存を病気に認定する必要性を訴えてきた当事者の一人です。

■「ゲーム依存」が社会問題になるとき

私が院長を務める久里浜医療センターは、2011年7月に「インターネット依存専門外来(TIAR)」を立ち上げ、現在では年間延べ1,500人を超える患者さんの治療に当たっています。

今年6月、世界保健機関(WHO)が「ゲーム依存」を正式な病気として認定することを発表して以来、お子さんやパートナーが「ゲーム依存なのでは?」と心配する方から多くの相談が当センターに寄せられています。

8月31日に「病的なインターネット依存が疑われる中高生が5年間でほぼ倍増し、全国で93万人に上る」という推計が厚生労働省研究班から発表されると、メディアでもますますこの問題が取り上げられるようになりました。

私自身、ゲーム依存を含むネット依存を病気に認定する必要性を訴えてきた当事者の一人です。しかし、ここ数ヵ月の反響の大きさは事前の想像をはるかに超えている、というのが正直なところです。本稿では、拙著『スマホゲーム依存症』(内外出版社)で紹介したゲーム依存の診断ガイドライン誕生の経緯を振り返りながら、「ゲーム依存」の注意点について記しておきたいと思います。

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樋口進

なお、WHOのICD-11における正式な病名「gaming disorder」は、正確には「ゲーム障害」と訳すべきですが、わが国における用語の定着度を考慮して、本稿では「ゲーム依存」で統一していきます。

■WHO認定以前の "くず籠"のような病名

WHOが「ゲーム依存」の疾病認定を発表する今年6月以前には、ネット依存やゲーム依存に関する、世界的に認められた診断ガイドライン、または基準はありませんでした。その予備的なものとして、2013年に米国精神医学会が「インターネットゲーム障害」の診断基準を公表していましたが、これは正式なものではないため、患者さんの診療には使えませんでした。

そのため、私たち久里浜医療センターが日常の診察で使用しているのは、WHOが作成した国際疾病分類(ICD)の第10版(ICD-10)です。しかし、この中には、ネット依存はおろか、ゲーム依存に関する記述は一切ありません。そのため私たちは、「その他の習慣および衝動の障害」という"くず籠"のような病名を、ゲーム依存に対して使わなければなりません。

前述した通り、このICD-10は、2019年に第11版(ICD-11)に改訂されることが決まっています。この改訂に関する議論は2012年以前から始まっていたのですが、2013年にジュネーブで開催された依存に関するWHO会議に参加した際、私は改訂の中身について、初めて知らされました。それによると、ICD-10 と同じくICD-11の草稿でも、ネット依存やゲーム依存はまったく含まれていなかったのです。

■2038年まで待てない

久里浜医療センターでは、2011年からネット依存の専門診療を開始しました。ネット依存患者の症状がどれだけ重症であるかを身をもって認識していた私は、ICD-11の草稿内容に大きなショックを受けました。ICD-11に病名が入らなければ、ネット依存やゲーム依存の研究は進まず、治療技術が向上しないからです。

次の改訂は、さらにおよそ20年後です。もし今回のICD-11への改訂で病名が入らなければ、私たちは2038年頃まで待たねばならなくなります。

「ネット依存の診断ガイドラインをICD-11に入れるべきだ」

会議の後、私はWHOの依存担当官であるポズニャック博士に直談判しました。しかし、担当官は「入る可能性はない」と冷淡な態度で応じます。それでも私は食い下がり、「ICD-11にネット依存の診断ガイドラインを入れることは約束できないが、これに関するプロジェクトを始めてみよう」という約束を取りつけました。

そのような担当官の回答は、当然のものでした。そもそも、WHOの内部では、依存に関する担当部署とICD-11作成の担当部署が異なっています。また、ネット依存というまったく新しい現象をどの部署が担当するのかさえ、はっきり決まっていませんでした。

まずは、既存の研究知見を集め、そのような依存が一つの疾患単位として成り立つ根拠があるのかを調べてみよう、ということになりました。

■一つ、また一つ、「障害」乗り越え実現した疾病認定

しかし、ここで別の大きな問題が立ち塞がります。このプロジェクトを進めるための予算が、WHOになかったのです。そこで、当面の予算の一部は久里浜医療センターが拠出することになりました。

会議から戻り、ポズニャック博士とのやり取りを続ける中で、第1回のネット依存に関するWHO会議を東京で行うことが決まりました。会議は2014年8月、国立がん研究センターで、世界15ヵ国から専門家を招く形で開催されました。

その会議では、ネット依存に関する研究エビデンス、各国の状況などが話し合われ、ICD-11にネット依存に関する何らかの病名を入れる必要があることで合意しました。

第2回の会議は翌年8月、ソウルで韓国政府、久里浜医療センター、韓国の依存医学会の共催で行われました。ネット依存には、ゲームだけでなく、SNS依存、ネットポルノ依存などさまざまなパターンがありますが、既存の医学的エビデンスから、現時点ではゲーム依存のみをICD-11に収載する方向で合意し、診断ガイドラインの試案が作成されました。

続く2016年9月に香港で行われた会議では、主に対策に関する話し合いがなされました。いずれの会議でも、私が座長または共同座長を務めさせていただき、2017年10月に発表されたICD-11の草稿に初めて、念願の「ゲーム依存(gaming disorder)」が収載されるに至りました。

今年6月に最終版が公表されたICD-11は、来年5月のWHO総会で正式に採択され、2022年頃から施行される予定です。

■スマホゲームの依存リスクから目をそらさない

WHOに「ゲーム依存」を「病気」と認めることの必要性を訴えてきた医師として、現在の状況は喜ばしいもの言えます。しかしながら、ゲーム依存の最大のきっかけであるスマホゲーム市場の過熱ぶりを見れば、今後さらに患者数が増加していくであろうことは疑いありません。私たち医師は、日々患者さんに向き合い、治療技術を高めていくことが大きな責務となるでしょう。また、医療体制の整備を促していくことも求められていくはずです。

一方で、本稿をお読みのみなさんには、「いつでも、どこでもプレーできるスマホゲームには、大きな依存リスクがある」ということを忘れないでいただきたいのです。

スマホゲームはやれば楽しいものであり、趣味の範囲で楽しめている分には問題はありません。しかし、ひとたびゲーム依存の状態に陥ると、進行のスピードが速いため、「とりあえず様子を見る」という判断が取り返しのつかない状況を招いてしまうケースが多いのです。

日常生活に支障が出るほどスマホゲームに没頭し自力では改善できない、あるいはパートナーやお子さんにスマホゲームのやり過ぎを指摘したところ猛反発を受けてしまった、といった場合には、勇気を出して専門医に相談してもらいたいと思います。