“絶対王者ポケトーク”に挑む。アメリカ制裁リスト入りの中国企業「iFLYTEK」が日本で描くシナリオ

「販売金額シェア96%」を誇る翻訳機の絶対的王者・ポケトーク。牙城に挑む中国のテック企業。両社を取材したら見えたこと。

「えっと、あの。なんだか、やりにくいですね」

「ちゃんと文字になっていますか?」

「はい、なってはいるんですけど」

記者の質問も、相手の答えも、全てその場で文字になる。聞き取り性能のデモを兼ねているのだが、音声認識を手掛ける企業への取材は異質というか、やりづらい。

これらの企業は、言葉を正しく聞き取り、AIを通じて外国語に翻訳する機器などを提供する。国内では絶対的なシェアを誇る「ポケトーク」シリーズと、それに挑む会社たちという構図だ。なかには、アメリカの制裁リストに加えられた異質な挑戦者も存在する。

■「国民的翻訳機に」

『11月の販売金額シェア 96.0%を獲得』

AI通訳機「ポケトーク」シリーズを手掛けるソースネクストの報道発表だ。2017年に初代を発売し、2018年9月から明石家さんまさんを起用したテレビCMが放映されるなどすると知名度が向上。これまでにシリーズ累計で80万台以上を出荷し、国内シェアは36カ月連続でトップに君臨する。

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ポケトークを手に持つ男性 (Photo by Tobias SCHWARZ / AFP)
TOBIAS SCHWARZ via Getty Images

「(明石家さんまさんは)国民的なお笑い芸人だと思いますが、ポケトークも国民的翻訳機というイメージ。競合他社が翻訳機を発売しても“○○社がポケトークを出した”と言われるくらい、積極的なプロモーションをかけました」

ソースネクストの小嶋智彰・専務執行役員はPR戦略をそう振り返る。発売当時は市場規模が不透明だったという翻訳機だが、思い切って宣伝費用を投下する戦略が奏功した。

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AIボイス筆談機を持つ 小嶋智彰・専務取締役
Fumiya Takahashi

2020年は新型コロナの影響で海外との往来がストップし、翻訳機を買い求める人は激減した。それでも「外国語学習に使ってもらうとか、あるいは病院や学校、市役所などで、日本に住む外国出身の方とのコミュニケーションにも活用いただいています」と新たな販売ルートに注力している。

2月に横浜港に停泊した豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」で新型コロナウイルスの集団感染が発生した際には、政府にポケトーク13台を提供。外国人の乗客との会話に役立てられたという。

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下船したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客を乗せたとみられるバス=2月19日、横浜・大黒ふ頭
時事通信社

58言語に対応可能で、翻訳エンジンは他社が開発したものを組み合わせる。「GoogleやDeepL(ドイツ)、それにNICT(日本)といったエンジンを言葉ごとに常に組み替えています」と小嶋さん。翻訳技術の自社開発については「していません。GAFAと(AI開発で)戦ったら勝てない。そこは競争せず、一緒に製品を作っていく」という考えだ。

■既存ユーザーがアイデアをくれる

音声認識技術を翻訳機以外の分野にも積極的に展開している。12月には加齢性難聴の人などがいる家庭や施設をターゲットに、AIボイス筆談機「タブレットmimi」をリリースした。

立てかけておくだけで自動で周りの声を聞き取り、大きな文字にして表示してくれるというもので、大声を出さなくてもスムーズに会話ができるようになる。「ポケトークに比べると市場は小さいが、必要な人にはその分すごく刺さる製品」と小嶋さんは自信を持つ。

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AIボイス筆談機「タブレットmimi」
Fumiya Takahashi

こうした新商品のアイデアをくれるのが、ポケトークで獲得した豊富な既存ユーザーたちだ。筆談機を思いついたきっかけも、ユーザー調査で約1.5%が『日本語から日本語』という、本来不要な翻訳機能を使っていたことがわかったことにある。

「ポケトークを筆談機として使っていたんです。とても意外でした。そこから煮詰めていって、文字を大きくできるとか、立てかけられるとか便利にしていきました」と小嶋さん。「ユーザーからフィードバックをもらい、そこから(新商品の)ヒントを、というのはある。まだ言えないが新しい製品もある。期待してほしい」と音声認識分野でさらにリードを広げる構えだ。 

■中国・音声認識の雄

「今日はぜひ、うちの技術を知ってもらいたい」

指定された場所を訪れると、すでに準備は完了していた。日本市場の絶対的な王者に挑もうと今年1月に日本支社を設けたのは、中国「アイフライテック(iFLYTEK/科大訊飛)」。日本法人の馮躍(ふぉん・ゆん)社長が話す言葉は全てその場で文字に変換され、スクリーンに映し出される。

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会話は全て文字化される(日本語の会議システムは開発中)
Fumiya Takahashi

この音声認識技術は、アイフライテックが全て自社で開発したものだ。外部のエンジンを組み合わせるソースネクストとは真逆で、「ソースネクストはマーケティングの会社、うちは技術の会社」と対抗心を燃やす。

アイフライテックは中国の安徽省合肥市に本社を置く。AIを活用した音声認識機能に強みを持ち、翻訳機などの製品を打ち出す。中国政府が国策と位置付ける「次世代AIオープンイノベーションプラットフォーム」に選ばれるなど、音声認識技術では国を代表する存在だ。

日本に進出したのは1月。59言語に対応する翻訳機を発売したが、新型コロナの影響をもろに受けてしまう。東京オリンピック・パラリンピックは延期となり、外国人観光客も途絶えた。年間1万台の販売目標に届かず「今年は需要がなかった」と馮社長は頭をかく。

2021年こそ『ポケトーク一強』に挑む。最大の差別化要素は、AIからハードウェアまで全て自社で開発する技術力にある。音声を聞き取る「マイクアレイモジュール」は雑音に強く、「高輪ゲートウェイ駅で実証実験を行ったが、電車がそばを通っても問題なく聞き取れました」と自信を持つ。

翻訳精度についても、日本で使われれば使われるほどAIが学習し、自社で強化できる。全くのオフラインでも、多少精度などは落ちるが翻訳できるという特徴もある。

識別率は得意の中国語が98.5%なのに対し、日本語はまだ90%に及ばない。しかし「今でもポケトークには負けないし、精度がどんどんアップする自信もある。コア技術を全て自社で持つ会社として性能では負けません」と強気だ。

来年度も販売1万台が目標。「市場を少しは奪いたい」と馮社長は意気込む。

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自社製品の強みを力説するアイフライテック日本法人の馮躍社長
Fumiya Takahashi

翻訳機以外の分野でも新商品を出す。来年はAIボイスレコーダーや「スマート会議システム」といった、文字起こし機能を前面に押し出した商品で勝負をかける。いずれも会議などで使用すれば、自動で文字起こしをし、その場で議事録が完成するというものだ。日本での売上目標は非公開としたが、こちらは「市場のトップをとりたい」と野心をのぞかせる。

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アイフライテックのAIボイスレコーダー
Fumiya Takahashi

中国版の製品では、声紋など声の特徴を判別し、誰が発言したかを認識・画面に表示する機能がある。日本版でも「声で個人を識別する技術は言語とは関係ないが、データと実証がまだ足りていない。同じ機能を搭載できるようにできれば間に合わせたい」とする。

■「弾圧に関与、事実ですか?」

中国が国ぐるみで進めるAI開発。音声認識分野では、アイフライテックは「申し子」と言って良い。しかし、中国企業ならではの障壁があることは見逃せない。

アイフライテックは2019年10月、アメリカで「中国政府によるウイグル自治区の少数民族への弾圧に関与している」などとして、ファーウェイなどとともに事実上の禁輸措置対象となる「エンティティリスト」に加えられたのだ。

アイフライテックの音声認識技術は、中国では電話を通じた詐欺事件などの捜査に一部で使われていると説明される

また、音声から個人を特定する技術も確立されていて、対応言語にはウイグル語も含まれる。制裁リスト入りの理由が事実ならば、日本での躍進を望むのは難しい。「少数民族の弾圧に関与している事実はありますか」馮社長に聞いた。

「新疆ウイグル自治区の人は、標準的な中国語を話せない場合も多い。またネットワークに接続できない場所もあり、オフラインで翻訳機が必要になるケースもありました。そのため現地の大学と共同で研究を行なっていて、そこには政府の補助金も入っていました。あとはアメリカ政府の判断としか言いようがありません」

アメリカ企業からの部品調達などは事実上不可能となった。影響について、馮社長は「ないとは言えません。一部の部品が最先端のものではなくなりました。しかし業績や生産体制に問題はありません」と話す。

懸念事項はさらにある。アイフライテックは国営通信社・中国移動が筆頭株主。録音データや声の情報が中国へ漏れ出ないか、という心配も残る。

「その心配を持つ方もいると思う。翻訳機については、サーバーをシンガポールやEUに置いています。中国に漏れることはありません」と馮社長。スマート会議システムについては「機密情報を扱うなど、心配な場合は完全オフラインでも使用可能です」という。

翻訳機では「ソースネクスト」一強に、複数の会社が挑む構図が続く。アイフライテックは高い自社技術を武器に変化を起こしたいが、国際情勢が枷となる状況はしばらく変わりそうにない。

「私たちはビジネスマン。政治の問題が絡むと我々のレベルではどうしようもない。ただ日本の法律に基づいて、日本の協力先と一緒に適正な商品を提供したい。その気持ちしかありません」取材の終わりに、馮社長は絞り出すように訴えた。