「女性自殺者急増」原因の一つに指摘された「非正規雇い止め」、その実態は

前年同月に比べ、自殺者が大きく増加したというデータが先日発表された。しかも女性の自殺が急激に増えているという。日本社会に何が起きているのか。
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Kittiphan Teerawattanakul / EyeEm via Getty Images

「やはり」というべきか。10月12日に警察庁から悲しいデータが発表された。

8月に自殺者が急増していたのだが、この日発表された9月の集計でも前年同月に比べて8.6%と大きく増えた。しかも女性の自殺が急激に増えている。

8月には40.3%も増加、芸能人の相次ぐ自殺などの影響による一過性のものという見方もあったが、9月も27.5%増の大幅増加となった。どうも一時的な現象ではない。日本社会で何かが起きている。しかも女性に。

コロナ下でも増える「正規雇用」

ここ10年、自殺者は減り続けてきた。リーマンショックが起こった直後の2009年には3万2845人が亡くなっていたが、2012年に3万人を切った後、急速に減少。2019年は2万169人と、2万人割れ目前のところまで来ていた。

新型コロナウイルスの蔓延による景気悪化が失業などの経済困窮に結びつき自殺者が増えるのではないかと懸念されたが、実際には、4月は17.7%減、5月は15.3%減、6月は4.9%減と大幅な減少が続いていた。

社会全体が危機に直面した時には、人はなかなか自ら死を選ばない、という見方や、1人一律10万円の特別定額給付金が生活困窮を一時的に救った、という指摘もある。新型コロナの蔓延で社会活動が停滞し、むしろ自殺者は減っていくのではないか、そんな声も聞かれていた。

ところが、それが7月以降、増加に転じてしまったのである。しかも、これまでは男性に比べて圧倒的に少なかった女性の自殺が目に見えて増えているのだ。

7月の女性の自殺者は651人と15.6%増えたが、男性は1167人と5.1%のマイナス、8月は女性が同じく651人と前年同月より40.3%増加したが、男性は1203人と5.6%の増加だった。9月は男性が1166人で0.4%の増加にとどまったが、女性は639人と27.5%増の高水準が続いた。これはいったいなぜなのか。新型コロナと関係があるのか。

もう1つ興味深いデータがある。総務省が毎月末に発表している「労働力調査」だ。2013年1月以降、対前年同月比でずっとプラスが続いてきた「雇用者数」が4月にマイナスに転じ、8月まで5カ月連続の減少となっているのだ。しかし、内訳を見ると、正規雇用は新型コロナ下でもほぼ増え続けている。

正規雇用が増えているのに、全体で減少しているというのは、それだけ非正規の減少が大きいということを示す。

非正規雇用は3月の1.2%減から、8月まで6カ月マイナスが続いている。その内容を見ると、パートやアルバイトの減少が中心だ。しかも、圧倒的に女性の雇用が減っている。8月でいえば、パートとアルバイトで合計74万人が減少したが、そのうち女性は63万人を占めた。

一気に生活が困窮

新型コロナに伴う経済縮小では、「外食」「宿泊」「小売り」「アパレル」といった業種が大打撃を被っている。新型コロナ関連倒産(廃業含む)もこうした業種が中心だ。

飲食店のホール係やホテルの清掃係、アパレルの店員などはほとんど女性で、パートやアルバイトの待遇で働いている人も多い。こうした人たちが雇い止めにあっているケースが少なくないとみられるのだ。もちろん経営者も雇用を守ろうと必死になっているが、売上高が3割も5割も減っている現状では、パートやアルバイトを気遣う余裕はない。

正規雇用が増えているのは、おそらく政府の政策が効いている。「雇用調整助成金」の支給要件を大幅に緩和したこともあり、企業は従業員に給与を払って休業させた上で、国から助成金をもらうケースが増えた。非正規雇用でも助成金を支給する制度を導入したが、もともとパートなどに雇用保険をかけていないケースも多く、受給のための手続きが煩雑なため、雇い止めしているとみられる。

パートとして働いて独り暮らしをしていた女性が、雇い止めになれば、一気に生活が困窮することになる。世の中全体が新型コロナの影響を受けているため、同じ業界での再就職は絶望的で、慣れない他の職に就こうとしても簡単には見つからない。女性の自殺が増えている背景には、もしかするとこうした経済的な事情で追い詰められている人が増えているという事があるのかもしれない。

総務省の「家計調査」によると、実は4月以降、消費支出(2人以上の世帯)は大幅に減少しているが、勤労者世帯の実収入は逆に大きく増えている。5月は実質9.8%増、6月は15.6%増、7月は9.2%増といった具合である。

これは、10万円の定額給付金の収入が大きかったとみられる。それが8月には1.2%増にまで鈍化。今後、収入は「息切れ」していく可能性が大きい。

すでに大手企業でも冬のボーナスの支給取り止めや大幅な減額を発表するところが相次いでいる。年末に向けて生活が困窮する人がこのままでは増えることになりかねない。 さらに、今後、人員削減などのリストラも本格化しそうな気配だ。そうなると、今後もパートやアルバイト、契約社員といった「弱い立場」の、しかも「女性」に真っ先にしわ寄せがいく。

リーマンショック時とは違う

2010年1月、鳩山由紀夫首相(当時)は施政方針演説でこう述べた。

「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです。生まれくるいのち、そして、育ちゆくいのちを守りたい」

施政方針としては異例の詩的な言葉には賛否両論だったが、当時、日本の自殺者は12年連続で年間3万人を超えていた。当時の民主党内閣は自殺対策担当相を置き、自殺対策を政策の柱の1つとして打ち出した。

リーマンショックが起きた後の2009年の自殺者3万2845人の「原因・動機」は、最も多かったのが「健康問題」で1万5867人と、全体の48.3%を占めていた。健康問題は長年、最多の理由になっている。

一方で、「経済・生活問題」も8377人と25.5%に達していた。2年前の7318人、22.1%から急増したことになる。リーマンショックによる経済的な困窮が自殺の引き金になったとみられた。

その後、「経済・生活問題」での自殺は急速に減少、2019年は3395人と、全体(2万169人)の16.8%にまで減っていた。景気がいくぶん持ち直したこともあるが、雇用者の増加にも大いに関係があるように見える。

前述のように2013年以降、増え続けてきた雇用が、ここへきて一気にマイナスに落ち込んでいる。「経済・生活問題」での自殺者が今後、増えてこないことを祈るばかりだ。

リーマンショックの時と違い、今回の経済悪化は、影響が「現場」に近いところから出ている。リーマンショックの時は金融市場の混乱から始まり、決済用のドル資金の不足など金融機関や大企業から影響を受け始めた。その景気悪化が消費に反映されるにはタイムラグがあった。

ところが、今回は影響が「現場」から真っ先に始まった。人の動きが止まったことで、外食や小売り、宿泊などの売り上げが一気に激減した。つまり、経済社会の中で、最も弱い人たちが生きているところに、大打撃が加わったのだ。

とりあえず10万円の定額給付や、店への持続化給付金などで耐え忍んでいるものの、早晩、限界がやってくる、という声は巷にあふれている。政府はそうした現場の、大打撃を受けている、弱い人たちに、救いの手を差し伸べる必要がある。

全員に一律10万円を配る政策は4月の緊急事態時には致し方なかったとしても、困窮していない多数の人たちにも資金配布されたため、非効率極まりない政策になった。預金が積み上がったのをみても、効果は期待通りではなかったことが窺える。本当に必要としている弱者を支えるのに十分な助成の仕組みはどうやれば実現できるか。

本来ならば国や国会は、この半年間にそれを考え、12月の年の瀬に向けて、本当に必要な人に十分に届く助成策を打ち出すべきだった。

政府は急増する女性自殺者の心の叫びに真剣に耳を傾け、生活弱者を下支えする政策を早急に取るべきだろう。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2020年10月21日フォーサイトより転載)

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