アートとカルチャー
2021年10月29日 07時55分 JST

9.11の首謀者として14年間グアンタナモに不当拘禁されたスラヒ氏に聞く「テロとの戦争」とは?

9.11の首謀者の1人として拘束された、ある男性の手記をもとにした映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』。アメリカ政府の検閲によって多くの部分が黒塗りにされたその手記の著者であり、映画のモデルとなったモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏に話を聞くことができた。

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

2021年、アフガニスタンでタリバン政権が復活したことが、国際社会の大きな関心ごとになっている。

米軍の撤退にともない、急速に勢力を復調させたタリバンは瞬く間に首都カブールを制圧し、新政権を樹立した。この20年のアメリカによる統治戦略、ひいては2001年のアメリカ同時多発テロ(9.11)から始まった「テロとの戦争」の正当性を揺るがす結果になったと言えるだろう。

10月29日から公開される映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、「テロとの戦争」を改めて考える上で重要な作品だ。

本作は、9.11における最重要犯の嫌疑をかけられたモーリタニアの青年、モハメドゥ・ウルド・スラヒ氏がグアンタナモ米軍基地収容中に書いた手記『モーリタニアン 黒塗りの記録』(河出文庫)がもとになっている。彼は、9.11にまったく関わっていないにもかかわらず、14年もの間、不当に拘禁され、数々の拷問を受けたことを手記に綴った。 

手記はアメリカ政府の検閲により、多くの部分を黒塗りにされた。だが、その黒塗り部分をそのままにして出版。明らかになった部分だけでも、その内容は衝撃的で、全米でたちまちベストセラーとなった。

映画はスラヒ氏の手記を元に、彼の弁護を務めたナンシー・ホランダーを主人公とし、アメリカ軍の行った不当な尋問や拷問の実態を暴いていく。

今回、その原作の手記を書いたモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏に取材する機会を得た。グアンタナモでの日々について、映画について、そして20年にわたる「テロ戦争」の不当な被害者として今何を想うか、聞いた。

手記『モーリタニアン 黒塗りの記録』の著者、モハメドゥ・ウルド・スラヒ氏

拷問されている時、自分の肌にメモを書き続けた

グアンタナモ収容所は、アメリカがキューバより租借地として借り受けている土地に9.11以降に設置された。キューバ領でありながら、キューバ法で運営されず、かといってアメリカの国土ではないため米国法にも制限されない「飛び地」となっている。そのため、容疑者を司法手続きなしで拘禁でき、過酷な尋問・拷問も行われている。2009年、オバマ政権時に閉鎖が表明されたが、いまだ実現にいたっておらず、今も収容されている人がいる。

スラヒ氏の手記には、想像を絶する人権侵害の数々が記されている。大音量の音楽をかけて長期にわたって睡眠を奪う、水責め、性的虐待など多岐にわたる。

しかしながら、この本は努めて冷静な調子でグアンタナモ基地の米軍関係者とのやり取りを記述し、怒りの告発というよりも、より深く人間性を観察し、記録するようなタッチで綴られている。過酷な環境の中で、どのようにスラヒ氏は冷静さを保つことができたのか、そして、この手記を書く原動力となった動機はどこにあったのだろうか。

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

「手記を書いた一番の動機は、自分の物語を多くの人に伝えたいというものでした。

人はだれしも自分の物語を持っていて、どんな人物なのかを話したいと思っているものですよね。それに、突然、理由もなく拘束されて不当な嫌疑をかけられれば、誰しも自分を弁護したくなるはずです。

当時、アメリカ政府は、私が9.11のテロリストたちをリクルートして、多くの人命を奪った邪悪な人間であるというストーリーをマスコミに書かせようとやっきになっていたんです。

拷問されている時には、自分の肌にメモを書き続けていました。拷問官は私がなにをやっているのかわかっていなかったようです。私は、人を観察するのが好きなのですが、それが幸いしたのかもしれません。

グアンタナモ基地は、ある意味で人間の本性を知ることができる場所です。グアンタナモでの日々は、仮面を着けていない生の人間を観察できるユニークな体験でもありました」

彼は手記にも「自分で経験したこと、目撃したこと、じかに知ったことだけを書いてきた。その際には、過大に言ったり過小に言ったりするのを避けた。アメリカ政府にも、同胞たちや自分自身にも、できるだけ公平な目を向けるようにした」を書いているが、まさにその通りの筆致である。

映画はその手記を元に、アメリカ人弁護士を主人公とした物語に仕立てているが、映画の脚色について、当事者である彼は、「非常に正確な描写だ」と語る。

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

「映画化の話を聞いた時は圧倒されるような気持ちになりました。何しろ、その時私はまだグアンタナモ基地に拘留されていましたから。

私は、基本的にその分野のプロを尊重しますから、映画についてもプロの方たちに任せようと思っていました。できる限りの協力をしましたが、結果的に映画は事実に正確なものになったので、とても満足しています」

 

最大の復讐は「許す」こと

14年間に及ぶスラヒ氏の拘留はあまりにも理不尽だ。しかし、彼は著書に「誰一人恨んでいない、いつか一緒にテーブルを囲んでお茶を飲みたい」という伝言を編集者に伝えている。

これだけの理不尽な目に遭わされ、なぜ彼はそのように言えるのだろうか。

「私も最初は復讐を考えました」と、スラヒ氏は言う。しかし、最大の復讐は許すことだと気が付いたのだという。

「私が味わった苦痛を相手にも味わわせてやりたい、睡眠を奪う、殺す、あるいは家族を痛めつけてやりたいと考える日々が随分続きました。

しかし、ふと自分は、恨みの感情に支配され、復讐にとらわれていることに気が付いたんです。それで、一番効果的な復讐は彼らを許すことだと思いました。なぜなら、私自身が恨みの感情から解放されるからです」

スラヒ氏が相手を許すのは、相手のためではなく自分のためだと言う。

「私を拷問した人々が、許されるに値するから許すのではありません。私が相手を許すことができる人間でありたいから許すことにしたんです」

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

「テロとの戦争」という概念に疑問

スラヒ氏の不当な拘留は、9.11から始まった「テロとの戦争」がきっかけだ。米軍は9.11を実行したアルカイダを支援するタリバン政権を打倒するためにアフガニスタンに侵攻し、政権を転覆させた。

しかし、アメリカによる民主化計画は失敗に終わり、2021年タリバン政権が復活することになったが、テロ戦争の被害者とも言えるスラヒ氏は、この顛末をどのように受け止めているだろうか。

「タリバンについては、人権という観点から判断したいと思います。彼らが以前のような非道な行為をするなら、それは非難されるべきですが、同時にアフガニスタンの人々を尊重する気持ちを忘れないようにしたいです。

この20年については、そもそも『テロに対する戦争』という概念自体が良くなかったのではないでしょうか。テロリズムという言葉は明確に定義するのが難しく、曖昧な意味で使われすぎではないかと思います。もし殺人などの犯罪が起きたのなら、それはその国の法律で裁くべきで、戦争の大義へと拡張すべきではない。戦争が起きれば関係のない子どもや弱者が真っ先に犠牲になるのですから」

『モーリタニアン 黒塗りの記録』

スラヒ氏は、弁護士のナンシー・ホランダー氏らの助力を得て、2010年にアメリカ連邦裁判にて釈放命令を勝ち取った。しかし、その後もグアンタナモ基地に勾留され続け、釈放が実現したのは2016年となった。

釈放後、モーリタニアに帰国できたが、政治的圧力によって渡航ビザが発給されないなど、いまだに不自由を強いられている。

映画の中に「アラビア語では自由と許しは同じ単語だ」という印象的な台詞がある。スラヒ氏は、いまだ身体の移動の自由は制限されているが、許すことで精神的な自由を勝ち得た。そんな、スラヒ氏の姿勢は、憎み合う分断よりも許し合う自由が平和への本当の道だと教えてくれる。 

(取材・文:杉本穂高 編集:毛谷村真木/ハフポスト)