「性暴力を受けた側が、仕事を辞めるのはおかしい」働きながら、民事訴訟を闘う女性の思い

弁護士は「働きながら訴訟を起こした人は、数えるほどしか聞いたことがない」と話します。被告の男性は「原告は嫌がる素振りを全く見せずに、部屋についてきた」などと主張し、性暴行を否定。2020年11月から3年以上前の案件については「時効」を主張しています。
性暴力やハラスメントを受けたとして、民事訴訟を起こしている木村倫さん
性暴力やハラスメントを受けたとして、民事訴訟を起こしている木村倫さん
Takeru Sato / HuffpostJapan

「性被害を受けた側が、職場を辞めないといけないなんておかしいと感じます」。原告の女性はそう話す。

障害者の文化芸術活動支援などを行う滋賀県の社会福祉法人「グロー」の前理事長で東京都の社会福祉法人「愛成会」の北岡賢剛・元理事に、性暴力やハラスメントを受けたとして、愛成会の幹部職員・木村倫さん(42)とグローの元職員鈴木朝子さん(34)=ともに仮名=が2020年11月、前理事長とグローに計約4250万円の損害賠償を求め、民事訴訟を起こした。

2021年1月に、第1回口頭弁論が東京地裁(三木素子裁判長)で始まり、現在係争中だ。北岡元理事側は原告らの主張に反論し、不法行為を否定している。

職場での性暴力被害の訴えをめぐっては、ほとんどの人が泣き寝入りし、裁判を起こすわずかな人も、多くが退職してから訴訟を起こすといわれる。
原告の木村さんは現在、愛成会の幹部職員として働きながら、裁判を進めている。
「被害者はかわいそうで、働けないもの」といったステレオタイプへのもどかしさなど、裁判を闘う上で感じる思いを聞いた。

(※記事中には被害の描写が含まれています。フラッシュバックなどの心配がある方は注意してご覧ください)

「アートから、多様性社会に」仕事への熱意

民事訴訟の準備書面を握る木村さん
民事訴訟の準備書面を握る木村さん
Takeru Sato / HuffpostJapan

木村さんは現在、愛成会で幹部職員を務めながら、障害者らの作品を集めた展覧会を企画・運営する仕事をしている。

幼い頃から世界中の芸術作品を観るのが好きだった。その中で、1番面白いと感じたのが障害者の作品だったことが、この仕事を選んだきっかけという。

特に、絵を描く時、紙やキャンバスからはみ出して、机ごと作品にしている作者との出会いは衝撃だった。「こうしなければ」という枠にはまらない発想に感銘を受けた。

作品は、ひとりひとりの生き方、ひいては人の多様性を感じさせてくれる。

「人間はみんな、多様な側面を持っている。自分が感銘を受けたように、芸術文化を通して、いろんな生の形やさまざまな可能性があることを感じとってもらいたい」と思い、仕事に没頭してきた。

ハラスメントや性暴力を訴える

木村さんは仕事にやりがいを感じる一方、職場ではハラスメントや性暴力に悩んできたと話す。

訴状などによると、2012年から19年にかけて、タクシーで移動する際、「やめてください」と拒否しても、元理事から尻を触られたという。

また、2012年9月に出張先のホテルであった懇親会後に、わいせつ行為を受けたと主張。訴状などによると、木村さんは元理事からお酒を頻繁に勧められ、ひどく酔ったという。目が覚めると、木村さんは元理事が泊まる部屋のベッドにいて、上半身裸の状態だったなどと主張している。

木村さんは不眠がちになり、睡眠導入剤を飲むようになった。当時の悔しさや恐怖を思い出すと涙が溢れ、悪夢を頻繁に見るようになったという。

性被害がない社会にしたい

性暴力の民事訴訟を闘い1年となる木村さん(右)と鈴木朝子さん
性暴力の民事訴訟を闘い1年となる木村さん(右)と鈴木朝子さん
Takeru Sato / HuffpostJapan

木村さんは2015年に愛成会の幹部職員になるまで、非常勤職員でフリーランスという弱い立場にあった。

そのため、「自分が被害を訴えたとしても、大好きな仕事を失うという結果しか残らない。何かを言えるような立場にない」と考えるようになったという。

また当時は「#MeToo」の動きもなく、自分が我慢しなければならないと思っていた。

そんな中、もう1人の原告の鈴木朝子さんが「長年、北岡氏からの性暴力やハラスメントに苦しんできました。裁判を起こそうと思っています」と打ち明けた。

2015年以降は愛成会の幹部職員になった木村さん。

「自分より若い人たちにも、性被害が連鎖している」と感じ、「ハラスメントや性暴力が次世代に再生産されない環境を作りたい」と思ったという。

40代を目前にして、社会環境も徐々に変わってきた。「自分が安心して働く権利を、なぜ奪われ続けなければならなかったのか」という問いが、自分の中にずっとあった。「性暴力やハラスメントをなかったことにしたくない」という思いで、行動に移すことを決意したという。

「嫌がる素振りを全く見せずに部屋についてきた」北岡元理事側は性暴行を否定

裁判の資料を読み返し、被害当時の記憶を語る木村さん
裁判の資料を読み返し、被害当時の記憶を語る木村さん
Takeru Sato / HuffpostJapan

木村さんが提示した不法行為について、北岡元理事は多くを否認し、事実を認めていても解釈を争っているものが多い。

2012年の懇親会後の出来事については、「社交上の振舞いを超えるような頻繁な(酒の)勧め方はしていない」「木村さんは嫌がるそぶりを全く見せずに、北岡元理事の部屋についてきた」と主張。原告が「服を脱ぎ始めた」などと反論している。

メールについては、「送信したことは認めるが、それが不法行為に該当するとの評価は争い、そのほかは否認する」と訴えており、タクシーで尻を触ったことについては「複数回触ったことは認め、そのほかは否認する」とした。

また、懇親会後の出来事など、提訴した2020年11月から3年以上前の案件については「時効」を主張するようになった。

なお、「愛成会」は、被害の訴えを受けて 2020年4月から8月にかけて内部調査を実施。同8月には「愛成会からハラスメントをなくす会」が立ち上がり、内部調査報告を理事長や評議員に報告したという。同会の声明によると、ハラスメント事案について評議員会は「法人運営に関わる重大な事案」であると受け止め、理事解任のための審議を行うことを元理事に求めたという。

その後、ジェンダーや法学、社会福祉の専門家など第三者の意見書を取りまとめ、同年11月に評議員会を開催。理事の解任が決議された。同会は、「理事会と評議員会との間で牽制機能が働いたことで、法人内部に自浄作用が働きました」と報告している。

北岡理事は2020年9月に理事を辞職した。

「『職場を追われた人』という被害者へのステレオタイプはおかしい」

木村さんは、今も同じ職場で働いている。

提訴後は、「今も働いているから、被害はなかったんじゃないか」「元気で働いているじゃん。精神的苦痛は大きくないんじゃない?」といった誹謗中傷を職場外の人から受け、傷つくことも多いという。

弁護士に相談すると、「性暴力やセクハラの被害者と長年向き合う中で、同じ職場で働きながら闘う人は数えるほどしか聞いたことがない」と、性被害訴訟の実態を教えてくれた。

木村さんは「ステレオタイプの被害者のイメージは、『かわいそうで弱々しい』『職場を追われた人』といったもので、自分と世間のイメージが違うんだ」と気づいたという。

「私が稀有な事例として認識されたり、性被害を受けた側が職場を辞めないといけなかったりするのは、おかしいと思います。退職を強いられるということは、経済や仕事のやりがいも奪われることです。全部失うのは理不尽だと感じます。

本来ならば退職することなく、現職で救済され、その人が安心して働ける環境を守ることが、人の尊厳や人権に寄り添う倫理観なのではと思います。私は働きながら裁判を進めていますが、決して強いわけではありません」

誰もが安心して働ける社会に

一方で、幹部職員という立場にいるため辞めずに済み、闘う方法を選べたとも感じているという。裁判を続けるだけではなく、誰もが安心して働ける環境にするため、愛成会での職場環境の改善にも取り組んでいる。

愛成会の理事会や評議員会には、北岡元理事らのハラスメント行為に関する対応を求めた。2021年1月には執行部が改革され、理事会の構成員が刷新。女性の理事が増えたという。

ハラスメントや性暴力は個人の問題に矮小化されがちだが、組織や社会の中にある構造的な問題だーー。木村さんはそう指摘する。

福祉業界の働き手は女性の方が多い中で、管理職は男性が多く、木村さんはジェンダーバランスの不均衡さと、それに伴うハラスメントの構造が業界全体にはびこっていると感じてきた。そのため、今回の理事会の刷新は良い変化だと考えているという。

「社会には、当たり前とされている不条理がたくさんあると思います。

私たちの裁判を通し、ハラスメントや性暴力が人の尊厳を傷つけ貶める行為だということが多くの人に認識され、未来の世代がより安心して働ける社会になってほしいなと願っています」

◇ ◇
裁判は次回、3月3日に東京地裁で口頭弁論があり、原告2人の意見陳述が行われる。

グローの担当者は、ハフポスト日本版の取材に対し、「係争中のため、全面的に回答を差し控えます。当方の主張を的確に行い、適切かつ真摯に対応していく方針です」としている。

【UPDATE 2021/1/19 20:45】原告、被告の主張に関する記述などについて、記事をアップデートしました。

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