「強迫性障害」とはどんな病気? コロナ禍で発症する人が増加中

「ウイルスが怖くて手洗いが止められず、ハンドソープを1日1本使い切ってしまう」…。コロナ禍で発症率が急増しているとみられる「強迫性障害(強迫症)」。一体、どんな病気なのか? 強迫性障害の治療の第一人者である兵庫医科大学、松永寿人主任教授に聞きました。
DrAfter123 via Getty Images

「吊り革に触ると新型コロナに感染するかもしれない」

「ウイルスが怖くて手洗いが止められず、ハンドソープを1日1本使い切ってしまう」…。

新型コロナウイルスの流行により、発症率が急増しているとみられる「強迫性障害(強迫症)」。不合理な「ある特定の考えやイメージ」が頭から離れなくなり、それを打ち消すための行動を儀式的に何度も繰り返してしまう特徴を持ちます。

「なぜコロナ禍で発症する人が増えた?」「具体的な症状は?」「どうすれば治る?」

兵庫医科大学で精神科神経科学主任教授を務める、松永寿人さんに聞きました。

未知のウイルスに対する不安や危機意識が引き金に

━━コロナ禍の影響で強迫性障害を発症する人が増えているのはなぜでしょう。

「未知のウイルスによって生命や健康を脅かされている」という危機意識や一部のセンセーショナルな報道などが強い不安を煽り、強迫性障害を引き起こすきっかけになっていると思われます。

典型的な症状としては、ウイルスを過度に恐れてハンドソープを1日1本使い切ってしまうほど手洗いをしたり、消毒液を何十回も散布したりするといったものがあります。

ただし、強迫性障害は、それが不合理で過剰だと認識されない場合も少なくなく、また通常発症してから病院を受診するまでに平均7、8年ほどかかる病気のため、現時点ではご自身が病気だと気付いている人は少ないと思いますね。

━━強迫性障害とはどのような病気なのでしょう。

「吊り革に触ると新型コロナに感染するかもしれない」「カギをかけ忘れて家に泥棒が入るかもしれない」などの考え(強迫観念)にとらわれることで強烈な不安に駆られ、「何時間も手を洗う」「カギがかかっているか何十回も確認する」などの行動(強迫行為)を、それがばかばかしく過剰であるとわかりながら制御できずに繰り返してしまう病気です。

強迫性障害は、ある日突然発症するような病気ではありません。健康な状態から少しずつ病的な状態へと移行していきます。すなわち「手の内」にある思考や行動が、いつの間にか「手に持て余す」ものへと変貌していくのです。

例えば、コロナを恐れて手を洗うこと自体は誰にでもありますよね。しかし、何度手を洗っても安心できない、さらには繰り返すほどに不安が強くなる状態に陥り、頭にこびりついた思考やそれを解消するための行為が制御できなくて、生活全般に支障をきたすレベルになれば病的と言えます。

強迫性障害を発症している人は、人口の約1、2%程度いると推定されています。その傾向があるグレーゾーンの人を含めると、さらに多いと思いますね。

症状は「確認系」「汚染/洗浄系」「ピッタリ系」の3タイプ

━━典型的な症状には、どのようなものがあるのでしょうか。

主な症状は、「確認系」「汚染/洗浄系」「ピッタリ系」の3タイプに分けられます。

確認系の症状がある人は、先ほどの戸締りの確認や、「すれ違いざま、あるいは運転中などに人を傷つけていないか」といったように、不安なことを何度も確認することで安心を得ようとします。

汚染/洗浄系の人は、ウイルスや排泄物などで病気になるのではと不安になる、あるいは自分の体や持ち物が汚れたと感じ、徹底的に綺麗にしようと長時間の手洗いや入浴、洗浄を繰り返します。コロナ禍の影響で増えているのはこのタイプですね。

ピッタリ系の人は、自分が納得する「まさにピッタリ感」を求めて、儀式的に繰り返してしまう強迫行為に及びます。人によってこだわりはさまざまですが、持ち物を決めた位置に正確に配置する、食器を片付ける時に絵柄を揃える、本棚の本を背の高さ順に並べ直す、ノートの字が“完璧に”書けるまで何度でも書き直すといった症状がよく見られます。

━━発症のメカニズムも気になります。

幼い頃に溶連菌に感染し合併症としてリウマチ熱を発症した経験や、自閉症スペクトラム・ADHDといった発達障害との関連性が指摘されていますが、発症の背景は非常に多様で、メカニズムはよくわかっていません。

発症しやすい人の性格傾向としては、几帳面、責任感が強い、完璧主義などが挙げられます。他人に迷惑をかけていないか、自分の行動が誰かを害していないかを過度に気にするような他者配慮性が強い人が、なんらかのきっかけで不安やそれを解消するための行動をエスカレートさせると発症につながることがあります。

━━ネットで「強迫性障害」と検索すると、「親」「母親」といった関連語が上がってきますが…。親との関係が発症の原因になることはあるのでしょうか。

確かに、なかには幼い頃の虐待体験が発症に関わっていると考えられるケースもあります。しかし、一般には親の関わり方や育て方よりも、その人の生まれ持った個性や何らかのストレスが影響していることの方が多いと思います。

お子さんが強迫性障害を発症したとしても、親御さんはあまり責任を感じず、理解を深めることや、治療への協力を心がけていただきたいですね。

習慣化している「強迫行為」を断ち切ることがカギ

━━強迫性障害の治療法について教えてください。

実は、強迫性障害は強迫行為を止めることで治せるシンプルな病気です。

手洗いや確認などの行動は一時的に不安を解消してくれますが、やればやるほど「これをしなければ安全でない」といった錯覚が生じ条件付けされ、いっそう不安を増大させてしまうんです。

逆に、強迫行為を断ち切って「やらなくても大丈夫だった」と経験的に思えるようになり、それを維持できれば、不安は徐々に消えていきます。

とはいえ、自力で強迫行為をやめるのは並大抵のことではありません。そこで有効なのが、主治医の指導のもと患者さん自身が取り組む「認知行動療法」という治療法です。

強迫性障害によく見られる安全を求めるための強迫的行動に対して、「逃げない・繰り返さない・(周囲の人を)巻き込まない+ググらない(検索しない)」、そして行動は「二回まで」を鉄則に、強迫症状に立ち向かいます。

ただし、治療をスタートする段階での患者さんは、長い間圧倒的で極度の不安にさらされ、緊張状態が連続し、また行動にも駆り立てられ続けているわけですから、心身とも疲労困憊の状態です。そのため、まずは抗うつ薬などの薬物療法を行い、不安を抑えながら休養をとり、ある程度心身が回復したら認知行動療法をスタートさせます。

認知行動療法でうまく行動を修正できれば、最終的には薬を減らしたり、やめたりしても、強迫症状を自制しながら生活できるようになります。

しかし、ふと不安になったときに強迫行為に頼ってしまえば、再び強迫観念に悩まされます。再発予防には、認知行動療法で身につけた習慣を徹底すること、そして仕事や勉強など生産的活動を心がけ、強迫に時間や空間、エネルギーを与えないようにしていくことが重要です。

━━発症すると、治療しない限り治る見込みはないのでしょうか。

強迫性障害は、自由な時間や空間、そしてお金があればあるほど、それらを食いつぶすように進行していく病気です。通常はよほどの意志で止めようとしない限り、自然に治ることは難しく、あまり期待しない方がいいでしょう。放っておけば、悪化する方向に加速し長期間にわたって不安に苛まれ、行動に駆り立てられ続け、生活全体に大きな制約を受け、QOL(「Quality of Life」の略で「生活の質」のこと)や自由、そして心身の健康を犠牲にすることになります。

一方、早期に適切な治療につながれば、回復がスムーズになる可能性も高まります。少しでも早くこの病気に気づき、適切な治療をできるだけ早く受けてほしいですね。

━━自分や家族などの身近な人に強迫性障害の疑いがあるときは、どうするべきですか。

強迫性障害の治療を専門とする医師がいる精神科を受診していただきたいですが、患者さん自身が病気を自覚するのは難しいかもしれません。周囲から行動が病的だと指摘されても、例えばコロナウイルスに対する過度の手洗い行為のように、本人は「家族のために一生懸命やっているのに何がおかしいのか」と感じるからです。

本人が受診を拒否する場合は、まずご家族だけで先に受診してみてください。病気について正しく理解したり、医師と相談しながら本人の受診のきっかけを探ったり、「巻き込み」への対応を理解したりするだけでも前進はできます。

家族に対して何度も手洗いを強制する「巻き込み」

━━「巻き込み」とはなんでしょう。

コロナを恐れて手を洗いすぎる人が家族にも同じことを強制するなど、身近な人に強迫行為を無理強いしたり、「大丈夫か」と何度も保証を求めたり、寝る前の鍵の確認のように自分の代わりに行為をさせたりして、家族を強迫症状に“巻き込んで”しまうことです。

この巻き込みは厄介で、周囲が協力すればするほど要求が細かくなってきりがなくなり、本人の不安が増大し、病気を悪化させてしまうという性質を持っています。そして、家族はいずれ要求に応えきれなくなり、疲労困憊してしまいます。

巻き込みを防ぐにはコツがあります。例えば、患者さんが「これで大丈夫?」と家族に何度も確認するなら、「大丈夫」と答えるのは一度きりと約束する。主治医が間を取り持ち、患者さんには「一回で我慢しましょう」、家族には「一回はきちんと答え、それ以上は拒否してください」などと取り決めてもらうのがベストですね。

強迫性障害はどうしても本人のわがままと捉えられがちな病気ですが、患者さんは常に強烈な不安に駆られて無意味な行動を止められず、身も心も疲弊しきっています。ご家族はどうかそのことをわかってあげてください。そのような理解を深めることは、治療を進める上で大切な一歩です。

とはいえ、本人だけでなくご家族も相当苦労されていると思います。病気について正しく理解したうえで、一緒に治療を進めていくことが非常に大事ですね。

受け取る情報の量のコントロールも大切

━━コロナ禍の影響で、近年は特に不安にとらわれやすくなっている人が増えている印象です。強迫性障害の発症を予防するための心構えを教えてください。

もっとも重要なのはやはり睡眠です。脳が疲れた状態だと、どうしても不安を引き込みやすくなり、解消が難しくなるので。十分な睡眠で脳の健康度を高く保てていると、不安に対する抵抗力が強まり、少々不安になっても冷静に対応できます。

体を動かす習慣を持つことも大切ですね。強迫性障害のような“不安の病気”は頭で考えすぎることで起こるので、体を動かして心身のバランスをとるようにしてください。強迫は家にこもる状態、すなわち空間が狭くなるほど悪くなりやすい特性があります。そのためにも散歩などを習慣にすることがお勧めです。

また、ニュースやWeb検索、SNSなどでの情報収集にのめり込むのはやめましょう。不安を煽るようなニュースを避ける、インターネットやSNSの中に安全安心を求めない、閲覧する時間を制限して受け取る情報量をコントロールするなどの工夫が必要です。先に認知行動療法として「ググらない」ことを勧めましたが、安心を求めて検索を続けることは、結局は安心できず、さらに不安を高めるという点で危険なので避けるべきです。

━━それでも気分が乱れたときには、どのように対処すればいいでしょうか。

患者さんにはマインドフルネス呼吸法をおすすめしています。「大きく息を吸って、止めて、時間をかけてゆっくり細く吐き出す」ことを意識しながら行う呼吸法を、1日10〜20回ほど日々練習し習得しておけば、急に不安に駆られたときも、落ち着きを取り戻しやすくなるはずです。

今の社会では、コロナ禍や災害、不穏なニュースなどによって、多くの人がストレス状態にあり、心のバランスを崩しやすくなっています。脳の健康を保つ生活習慣や、不安への正しい対処法をぜひ身に着けてほしいですね。その中で、もし不安がどんどん増大し、それを解消するための行動に歯止めが利かなくなった場合は、できるだけ早く精神科を受診するようにしてください。

兵庫医科大学精神科神経科学の松永寿人主任教授
兵庫医科大学精神科神経科学の松永寿人主任教授

【プロフィール】松永寿人(まつなが・ひさと)

兵庫医科大学精神科神経科学主任教授。大阪市立大学医学部卒業。専門分野は精神神経科全般、神経症性障害、うつ病。強迫症や不安症の研究・治療の第一人者。著書に『強迫症を治す 不安とこだわりからの解放』(亀井士郎氏との共著、幻冬舎新書)など。WHOのICD-11改訂にも関わるなど国際的にも活躍中。

(取材・文:小晴 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)