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1回だけのごくわずかな採血で血液中のマイクロRNAをすぐ検出して、乳がんや大腸がんなど13種類のがんと認知症を早期発見する次世代診断システムの大規模な開発プロジェクトが始動した。
認知症による徘徊(はいかい)で行方不明となる高齢者が数多くいる問題で、厚生労働省は6日、保護された人の身元を全国的に素早く照会できる仕組みを、警察庁などと連携して検討していく方針を明らかにした。
「認知症になっても地域で暮らし続けられる社会」の実現に向けて今後の認知症施策の方向性が示される中、介護関係者や家族介護者等から、2007年12月、愛知県大府市の認知症の男性(当時91歳)が電車にはねられ死亡した事故で、高齢の妻に重い監督責任が認められた控訴審判決(2014年4月24日)は「時代に逆行した」との批判の声も高い。たしかに、数分間のうたた寝で「家族は注意義務を怠った」とされてしまうのは辛い話だ。
群馬県館林市で保護されたものの身元のわからないまま介護施設で暮らし続けていた女性が5月12日、NHKの番組をきっかけで、夫と面会し、東京都台東区の67歳の女性であると確認された。奇しくもこの日は、夫婦の41回目の結婚記念日だったという
イギリスの人類学者、ロビン・ダンバー教授が提唱する「ダンバー数」によると、私たち人間にとって、安定した関係を築くことができる人の数は150人が限界だそう。この「安定した関係」がどういうものか簡単に説明すると、お互いの間に信頼・尊敬の関係があったり、例えばカフェで偶然遭遇した時に、居心地の悪さを感じることなく一緒にお茶できる関係のこと。
復興は遠く、被災地の苦難は続いている。新しい考えが求められている。地域の問題を、地元の人々の愛郷心と努力に過剰に頼って解決しようとするばかりでは、あまりにも当事者となった人々の負担が大きい。
愛知県大府市で2007年12月、徘徊症状がある認知症の男性(当時91歳)が電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が男性の遺族に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が4月24日、名古屋高裁であった。長門栄吉裁判長は、妻(91)のみに約360万円の支払いを命じ、長男には見守る義務はなかったとして、JR東海の請求を棄却した。
「子育て」とは、子どもの潜在能力を伸ばすための"ケア"であり、「介護」とは、高齢者に残された能力を活かすための"ケア"であると捉えると、「子育て」と「介護」には重要な共通点があるようだ。
人間は歳をとる。まったく、残念ながら歳をとる。若いひとには想像できまいが、55歳になる、「熟年」というレッテルを貼られる歳になるとは、こういうことだ・・・
1966年の「袴田事件」で死刑が確定し、再審開始決定で釈放された袴田巌さん(78)が4月14日、釈放後、初めて公の場に姿を見せた。日本弁護士連合会が東京都内で開いた報告集会に出席した。