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鳥取城籠城戦のマスコットキャラクターとして鳥取市教委が公開した「かつ江さん」が、危機に陥っている。批判のメールが寄せられたなどの理由で、急遽公開が中止された由。籠城戦の当時鳥取城にいた吉川経家は毛利家家臣であり、私のご先祖様の敵方にあたるのだが、ゆるキャラ諸氏の行く末に関しては以前から懸念を抱いてきた私としては、この事態を座視するわけにはいかない。
7月2日、南北のベトナムが戦争を経てベトナム社会主義共和国として統一されて、38年を迎えた。ベトナム戦争のアーカイブから、戦地に生きる子どもたちの姿を描いた写真を集めた。
塹壕戦や出征する兵士たちの姿。白黒でしか知らなかった第一次世界大戦がカラーでよみがえる。
その美貌と早い死で、20世紀最大の映画スターの一人に数えられるマリリン・モンロー。実は、彼女は英国のエリザベス女王と同い年だった。
6月23日、第二次世界大戦中の沖縄での戦闘が集結して、69年を迎えた。アメリカ海兵隊のアーカイブに、アメリカから見た沖縄の写真が収められている。
織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」(1582年)の直前、四国の戦国武将・長宗我部元親が光秀の家臣で親戚関係にあった斎藤利三とやりとりした書状が見つかった。林原美術館(岡山市)と岡山県立博物館(同市)が6月23日、発表した。
20世紀になったばかりのロシア帝国の姿が、カラーで蘇る――
第二次大戦の集結から69年。ヨーロッパ戦線で、悲劇として伝えられるのが、ナチスドイツによるユダヤ人の迫害だ。その記憶を伝えるため、ポーランド外務省が、Flickrの公式アカウントで、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所の姿をモノクロ写真で伝えている。
第二次世界大戦中の1944年、アメリカ、イギリスを中心とした連合軍がナチス・ドイツ占領下のフランスに上陸した、いわゆる「ノルマンディー上陸作戦」から、6月6日で70年を迎える。写真と動画で、「史上最大の作戦」と言われた戦いを振り返ってみよう。
悲しみにくれる夫婦、戦艦を見つめる群衆――1914年の開戦から、はや100年。一般市民をも巻き込んだ、人類史上初の総力戦となった第一次大戦の模様を、アメリカ国立公文書館の写真で振り返ろう。
シェークスピアが、リチャード3世を背中が曲がった醜い男と描いたことは、創作だったことがわかった
「すべての人々、特にハワイの移民とその子孫にサービスを提供したい」との強い思いのもと、今からちょうど60年前に創立されたハワイの銀行「セントラル・パシフィック・バンク」の歴史を紹介したいと思います。
同潤会シリーズの中でも「東洋一」と呼ばれた江戸川アパートメントの元居住者に、往時の様子をうかがいました。日本に初めてアパートという概念を持ち込んだ同潤会が、どんなコミュニティを育んできたのか、そこに暮らした人の思い出や写真と共に振り返ってみましょう。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ政権下で迫害を受けていたユダヤ人6000人に、亡命するためのビザを発給した外交官、故・杉原千畝氏。その際に救われたユダヤ人女性が、感謝を込めて日本人に託した自らの顔写真の身元が判明した。
誰もが知っている世界的な風景や歴史的遺物。けれども、実際にその場へ行って見たというよりは、美しい写真で知っているだけ、という人も多いだろう。
江戸時代、東京大学本郷キャンパス(東京都文京区)には、加賀藩やその支藩である富山藩や大聖寺藩など多くの大名屋敷があった。キャンパス内では発掘で、「蘭引」(らんびき)と呼ばれる薬や酒を蒸留するのに用いた器具や、泡盛が入っていたと思われる沖縄の「壺屋焼」のとっくりなど酒にまつわる遺物が出土、江戸の大名屋敷の豊かな暮らしぶりを伝えている。
「河南商報と河南百度が共同で実施した「記憶に関する調査」の結果」を記事にしたものです。それによると、「33歳以下(1980年代以降生まれ)の若者に対する調査の結果、回答者の8割は、「南京大虐殺が発生した時期をはっきりと覚えていない」と答えた」としています。
どんな偉人であっても人間。彼らにも「何者でもない」時代があった。そんな彼らの若き日の肖像がちょっとした話題になっている。
スペイン北部の洞窟で発見された人類の大腿骨から、40万年前の人類のDNAの解読に成功したとの研究論文を、4日のネイチャー誌が掲載した。ドイツやスペインの研究チームが発表したもので、人類のDNAを解読した最古の例となる。これにより、人類の進化で新たなミステリーが加わったとニューヨーク・タイムズ紙は報じた。