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激戦地ラバウルの最前線「バイエン」に送られた水木さん。13人の部隊は水木さんを残して全滅。ジャングルを駆け抜け、命からがら生還した彼を待っていたのは冷たい言葉だった。
「平和と自由を愛する国民政党」「平和国家」がなくなり、文字数は2019年と並んで最短に。過去10年でどう変わった?
「怒りと悔しさ、そして切なさが、後押ししてくれたのだと思います」。俳優の渡辺美佐子さんに、原爆の朗読劇を34年間続ける原動力を与えたのは、広島で犠牲になった同級生の存在だった。
光文社新書『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』から、終戦前後の様子を伝える10枚を紹介する。
8月9日は長崎原爆の日。7万人以上の尊い命が奪われました。写真や記録から、その日を振り返ります。
「日本が対話と協力の道を選ぶなら、私たちは喜んで手を取り合うだろう」
戦後生まれの天皇陛下が述べられた「おことば」は、どんな内容だったのか。
宮内庁が復元して公開した当時の音声を、現代語訳とともに紹介する。
戦中戦後の一時期、紙のランドセルが出回った。背負った人の記憶から戦争と平和について考える。8月15日は「終戦の日」。