体の性である男性を「終わらせ」、女性になって…。 建築家を志す「彼女」の自分らしい生き方とは?

トランスジェンダーのサリー楓(畑島楓)さん。彼女は約1年前、生まれながらの体の性である男性を「終わらせて」女性になった。

人はさまざまなことを「終わらせて」今を生きている。

例えばそれは、やりがいを見出せない仕事に見切りをつけることであったり、恋愛や結婚における別れなどもそのひとつだろう。あるいは、この社会を生きることの困難であったり、それによって何らかの不調を感じていた過去の自分を「終わらせた」経験のある人もいるはずだ。

そうして人は何かを「終わらせる」ことによって、次の段階へと進む。そして、新たな人生の始まりを実感する。終わりと始まり。それを何度も繰り返していくことで人は成熟し、これまで以上にその人らしい存在として輝いていくーー。

これからご紹介する人物もまた、あることを「終わらせて」今を生きている。それは心と体の性の不一致である。

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畑島楓さん(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

トランスジェンダーのサリー楓(畑島楓)さん。彼女は約1年前、生まれながらの体の性である男性を「終わらせて」女性になった。

現在、大学院生。建築家を志し、大学で建築デザインの研究を行うかたわら、自身で立ち上げたブランディング会社を経営する。ファッションモデルとしても活動しながら、トランスジェンダーの当事者としてLGBTQ(※)に関する講演会なども行う彼女は、自身のあり方についてこう語る。

「私にとって『女性』になることは、自分らしくなることです。だからこれはコンディションの問題。私は自分らしく生きながら、建築家として“普通に”仕事をしている姿をこの社会に伝えたいんです」

「自分らしく生きる」という言葉をあらゆる場面で見聞きする時代。私たちは彼女の生き方からどのような「自分らしさ」のヒントを得ることができるのだろうか。彼女の現在地について、話を聞いた。

(※)LGBTQ・・・セクシュアルマイノリティの総称。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(生まれた性と異なる性で生きる人)、ジェンダークィア(性自認や性的指向を定めない人。クエスチョニングの意味でも使われる)の頭文字を取っている。

 

「自分らしく」なった私が目指すもの

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畑島楓さん(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

——まず、楓さんの今について教えてください。

大学院の2年生で建築デザインを研究しています。会社も経営しているのですが、一級建築士の資格を取るために自分の会社をいったん畳んで、今年の4月から設計会社に就職します。一級建築士になるためには企業での就労経験が必要だからです。建築家になることは子どもの頃からの夢なんです。

——建築家を志すきっかけは何だったのでしょうか?

8歳のときに購読していた子ども新聞で、建築家の黒川紀章さんがメタボリズム(※)という建築運動を展開するなかで、70年代に建てた中銀(なかぎん)カプセルタワーの存在を知ったことです。その成り立ちに感銘を受けたことが建築家を志すきっかけになっています。

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黒川紀章が設計したカプセル型の集合住宅。それぞれの部屋(カプセル)が独立していて、技術的には交換可能な設計になっている。1972年竣工。(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

普通マンションは40〜60年くらいで建て替えるのですが中銀カプセルタワーも当時、その建て替え時期に入っていました。でも住民が建て替えないで欲しいと要望を出していて、さらに住民の何人かはあの建物を世界遺産に登録したいと考えていることも知りました。

——未来に向けて残す必要があると。何がそんなに普通のマンションと違うのでしょうか?

一般的なマンションはガラスとコンクリートと鉄で出来ていて、中銀カプセルタワーも例外ではありません。でもそこには普通のマンションにはないメタボリズムという思想があります。建築家がそのような思想を掲げて、材料の組み合わせを変えて構成するだけで、後世に残したいと考える人が現れるようなマンションになる。

私は当時、普通のマンションに住んでいたので、幼いながらにこれってすごいことなんじゃないかって思ったんです。その気持ちは今でも変わりません。

——子どもの頃の思いが現在まで一貫していることに驚きます。

私は小学生のときの文集に建築で大学院まで行って、3年間建築事務所で働いて、建築士の資格を取って、建築家になりたいと書いています。

私は今、その人生をほとんどトレースしています。昨年「女性」になったことでコンディションも整いましたし、このままいけば建築家になるでしょう。夢はほとんど叶ったようなものだと思います。

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楓さんが小学生のときに書いた作文(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

その上で、私は建築家としてやりたいことがあります。それは、建築で人類に貢献するということです。

——人類に貢献。壮大な目標ですね。

はい。でも、これは抽象的な話ではないんです。国連が2015年に発表したSDGsという地球規模の持続可能な開発目標をご存知でしょうか。

ここには貧困問題をはじめ、気候変動や生物多様性、エネルギー問題など、持続可能な社会をつくるために世界が一致して取り組むべきビジョンや課題が示されています。

それ自体はとても意義のある提案だと思うのですが、実は建築はそのSDGsの17目標にコミットしていません。LGBTもジェンダーも同じくです。そこに私は自分のパーソナリティを生かしてコミットしたいと考えていて。

——それは挑みがいのあるミッションですね。

建築家としては、住宅でも商業施設でもその建築が「人類にとって役立っている」と多くの人が感じてくれるようなものをつくりたいんです。

私を建築家の道に導いてくれた中銀カプセルタワーのような、単純に消費されることのない、文化として残す価値があるとみんなが思ってくれるような建築がつくれたらいいですね。

(※)メタボリズム・・・社会や環境の変化に合わせて、建築や都市も有機的に新陳代謝(メタボリズム)することを目指す建築運動。高度経済成長期に黒川紀章らの若手建築家グループによって展開された。

 

「女性」というコンディション

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畑島楓さん(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

——就職活動の現場では、トランスジェンダーであることをはじめから明かしていたのですか?

はい。そのことに難色を示すような会社は信頼できないので、そういう会社はこちらからお断りしました。建築家として仕事をするにあたって、社会的な性は関係ありませんから。

なので、面接でも「男性らしさ」や「女性らしさ」といった概念を持ち出してくる人事の方には「仕事に関係ないですよね。まさかパンツを脱いで仕事をするわけじゃないし」とよく思っていました。そういう「女性らしさ」が大事になるのは、劇団やショーパブのように女性を表現してお金を頂くような職業に限られるんじゃないでしょうか。

私はあくまでも建築家として仕事がしたいんです。「女性」になりたいと思って生きてきたけれど、「女性」という仕事がしたいわけではありません。

——では、建築家を志す楓さんにとって、「女性になる」とはどのようなことだったのでしょうか?

コンディションの調整ですね。それが自分らしく建築家として仕事をしていくために必要なことでした。

私は小学生の頃から建築家を志しています。そして、中学生のときにトランスジェンダーであることを自認しました。それなりに葛藤もありましたし、不安を抱えていた時期もありました。

私はこのまま男性として就職するのかな、もしかしたら死ぬまで男性の名前なのかな、などとずっと思い悩んできたんです。それは物心ついたときからずっとです。だから、このコンディションの不調はいつか整えなきゃいけないと思っていました。

——男性を「終わらせる」ターニングポイントはどのように訪れたのですか?

あるときに、トランスジェンダーの当事者の方とお会いしたんです。それまで当事者の方にお会いしたことはなかったのですが、その方に「化粧をして外に出てみたら?」と言ってもらい、「女性」としての化粧のやり方を教えてもらったんです。

それで、外に出てみたら吹っ切れましたね。次の日、そのままの格好で大学に行ったんです。

——みんな驚かれたのでは?

はい。最初はみんなびっくりして、話題になるのですが、おもしろいもので3分くらいすると誰も何も言わなくなりました。人ってすぐに慣れるんですね。

私が堂々としていたからというのもあるんでしょうけれど、ちゃんと自分らしいと思える姿で、自分らしく生きていることが伝われば、誰もそれをおかしいとは思わないんでしょう。自分の人生が一歩前に進んだ感じがしましたね。

 

“普通”に生きる私を伝える

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取材を受ける畑島楓さんの手元(BAMP掲載写真より)(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子

——とても合理的な考え方で、男性を「終わらせた」んですね。

自分が一番コンフォータブルな状態で建築家としての仕事に当たりたかっただけです。そのためにはコンディションを整えておく必要があったわけです。

私はトランスジェンダーとしてファッションモデルをしていますし、テレビやCMに出たり、講演なども行っていますが、あくまでもやりたいことは建築です。そうである以上、今もこれからも「女性」であることを職業にはしませんし、するつもりもありません。

ただ、トランスジェンダーの私が「女性」として、普通に大学に通って、普通に建築家として仕事をしていこうとしていることは伝えたいです。それを私は「普通をプロパガンダする」と言っています。

——普通をプロパガンダする。どういうことでしょうか?

ほかの誰とも大差のない自分、特別ではない自分をアピールしていくということです。

「女性になること、男性になること」が人生のテーマになっているようなトランスジェンダーの方にもお会いすることがあります。そういった方々の多くは望む性の自分を生きるために、お金や時間などあらゆるものを投じています。

キャバクラやショーパブなど、女性らしさを商品価値にするような夜の仕事に就いている方も多く、考えられている職業の選択肢が実際よりも限定的だったりします。社会がまだそうした方々を受け入れる体制になっていないからでしょう。そこに深刻な葛藤を抱えている方もいるので、私はそうした職業も、そのようなあり方も否定するつもりはありません。

ですが、自己実現のかたちというのは、かならずしもその性を生きることだけである必要はないと思っています。あらゆる人が自分らしさを発揮して、やりたいことができるのがいい社会です。そのためには私のような存在が“普通”にならないといけないと思っていて。

——なるほど。でも、楓さんは天性の魅力があるからそうあれるのだ、と思う人がいるかもしれないことはどう考えますか?

もちろん、私はたまたま自分らしく生きられて、たまたま就職活動もうまくいって、たまたままっすぐに自分の夢も追うことができていると思っています。恵まれています。だけどそうである以上は、そのたまたまをまっとうしなければいけない。存分に自分らしく生きて、私が思う“普通”を伝えていかなければいけないとも思うんです。

私は今「普通をプロパガンダする」ことをテーマに、大がかりな撮影を行っています。トランスジェンダーだけど普通に大学に通っていること。普通に就職をしていること。普通に夢を追っていること。そういう何でもない普通の私を多くの人に伝えたいですね。

 

(取材・執筆:根岸 達朗、編集:BAMP編集部)

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畑島楓さん(BAMP掲載写真より)
写真:飯本貴子