〈暮らしやすさ〉の都市戦略、ポートランドの魅力を読み解く

力を合わせて都市をつくり変えていくリアルな手応えを感じた街、それがポートランドだった。
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@ Didier Marti via Getty Images

2015年11月、私は初めてアメリカのオレゴン州ポートランドに出かけました。

ポートランドは、豊かな自然環境に恵まれた「暮らしやすい環境都市」として高い評価を得ていました。荒廃した無人地帯となっていた中心市街地の歴史的建造物に巧みに手を入れてリノベーションを施し、地上階にはショップやレストラン、その上にオフィスや住宅を配置したミックスユーズで賑わいを実現した手法とプロセスにも興味がありました。そして、ポートランドがスポーツやアート、食文化やライフスタイルの情報発信源として魅力を放っている背景も知りたいと考えました。

この時の滞在期間は短かったのですが、街づくりの現場を見て歩いて受けた感慨は、深いものがありました。撮影した写真と手元のメモとつきあわせて、備忘録のつもりでブログに書いたのが、『ポートランドという魅力、「暮らしやすさ」の都市戦略』(2015年12月21日) です。この記事は、私の予想をはるかに超える反響が広がり読まれたようです。その後、ポートランドに年に一度の訪問を重ねて調査や取材を続けました。そして、世田谷でポートランドを語るシンポジウムやフォーラムを連続して開催し、たくさんの人々が参加しました。

〈暮らしやすさ〉の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ』(保坂展人著・岩波書店・2018年8月8日刊)にこの3年間、ポートランドを歩き、語り、また東京・世田谷の街づくりとあわせて考えてきたことを8カ月かけて書き下ろしてまとめました。もともとはハフポストに書いてきたブログが土台となっています。

2016年2月、ポートランドの魅力を読み解いて語り合おうというシンポジウムを企画したところ、ネット上の告知だけで、次々と参加申込みが届いて、大入り満員となりました。何度か自主的な研究会を重ねて、2017年に入って世田谷とポートランドをつなぐ交流組織を創れないかという議論になり、この年の春に完成した「ポートランド日本庭園」のリニューアル記念に、スティーブ・ブルーム氏(ポートランド日本庭園CEO)と、建物群を設計した隈研吾氏(建築家)のふたりが基調講演する交流組織の準備会を立ち上げるキックオフイベントを開催しました。

それから1年後の2018年6月30日に、二子玉川の東京都市大学「夢キャンパス」に2百人を超える人々が集まり、「世田谷ポートランド都市文化交流協会Portland - Setagaya Association of Cultural Exchange・PSACE (涌井史郎代表)が正式に発足しました。スタートにあたってのマニフェストには、「持続可能で職・住・遊等のバランスが取れた、クオリティ・オブ・ライフ(QoL)の高いまちづくりを、ポートランドと世田谷の双方の都市文化交流を通じて、学び合い、その質を相互に高め合っていく活動を目指していきます」としています。

また、黒崎輝男さんの尽力により、ポートランド現地でPSACEの発足にあたって撮影された「ビデオメッセージ」(撮影・アーサー・ヒッチコック氏:写真家/クリエイティブディレクター)が会場に流れました。昨年の準備会シンポジウムで基調公園を行ったスティーブ・ブルームさん(ポートランド日本庭園CEO)はこんなメッセージをしました(動画の1分28秒頃)。

「ポートランド日本庭園での私たちの関係は、作庭を世田谷の東京農業大学の戸野琢磨先生が 昨年は、世田谷とポートランドとの現在の関係のキックオフとして素晴らしいシンポジウムに隈研吾さんと共に参加させていただきました。私たちは、ポートランドでこの取り組みをサポートします」(スティーブ・ブルーム氏)

他に、30年以上ポートランドに在住する黒崎美生(よしお)さん、「国民の天皇」などの日本に関わる著書も多数。 ケン・ルオフ教授(ポートランド州立大学日本研究センター所長)。世田谷に10年間住んでいたジェフ・ハマリーさん(ポートランド観光協会国際観光部長) 。ポートランド発酵フェスティバル共同創始者で食情報を発信する著書もある リズ・クラインさんがメッセージを寄せています。

「〈暮らしやすさ〉の都市戦略」をポートランドの街づくりにヒントを得て考えてきました。6月30日に行われたシンポジウムでは、涌井史郎PSACE 代表が力説したのは、「グリーンインフラ」でした。気候変動によって豪雨対策が日本でも深刻な課題と急なっているが、これからの時代は雨水をコンクリートの排水口や下水等の人工インフラで対応することが不可能となりつつあり、自然の植物の根や土壌等で水を受け止めてたくわえるグリーンインフラが不可欠で、この点でもポートランドは優れた先進事例を持っているとのことです。ちょうど、世田谷区でも民有地に「小さなみどり」を創っていく区民の取り組みを支援しようとしているので、豪雨対策=グリーンインフラを強化するためにも、土木や建築設計、造園等の総合的な技術交流の接点が生まれます。

『〈暮らしやすさ〉の都市戦略 ポートランドと世田谷をつなぐ』(岩波書店)の一部を紹介します。「世田谷か らポートランドを語る」立ち読み

ポートランドの街には自然が近くに迫っている。いや、街が自然に包まれていると言ったほうがいい。街なかに公園の森が広がり、市街地のすぐ外側にも広大な農地が広がる。そして、住民自治が地域運営のために欠かせないシステムとして、毛細血管のごとく地域に根を降ろし、力を持っている。

産業優先の「自然破壊」を転換し、人間とともに生態系が尊重される「環境都市」として再生しようという強い意志が、この街を変えてきた。ヒッピーが社会性を獲得し、ミーイズム=自己中心主義から脱却して、既存の社会システムの歯車をまわしながら、漸進的に変革していく粘り強さを持ち、なおかつ現実に妥協しないで理想の旗を掲げて進めていく「行政権」を握ったらどんな社会になるのか。その回答のひとつが、ポートランドではないかと感じて、もっと深くこの街を知りたいと思うようになった。

日本では、「政治」や「自治」という言葉自体がリアリティを失い、深い煙霧に隠れてくっきり見えてこない。二〇〇九年の民主党による政権交代に大きな期待がかけられた分だけ反動も強く、「誰がやっても変わらない」「もう政治には期待しない」という醒めた言葉さえもさほど聞かれないほど、多くの人々が「政治や自治が、社会を変えられるわけがない」と思い込んでしまい、日常生活から離れた「政治」や「自治」を忌避する傾向を強めてきたと言っていい。

オレゴン州ポートランドに何度か通い、私自身は「地域や社会は、必ず変えられる」というポジティブなメッセージを心に刻んでいくようになっていった。都市を変えるためには、「今、ここにある現実」を固定化せずに、「都市の未来像」を強く明確に描く構想が必要だ。アーティストの創作活動にも似たビジョンを打ち込んだ構想づくりと、夢と実務とを組み合わせた丹念な工程表を作成し、利害関係者を調整し、長期にわたる時間と労力、また膨大なコストを費やしても粘り強く街をつくりあげていく努力も必要となる。

(中略)

現実の社会を変えるためには、地図と工程表が必要だ。破壊ではなく、今ある社会の骨格を残した上で、老朽化してしまった故障の多いパーツを新しいシステムに交換し、人々の暮らしが改善され、表情が明るくなる街へ向かって変容させていく。政治や行政にたずさわる者は、必ず結果を実らせる職人でありたいと思うのだ。人々の希望を組織し、ひとつひとつ階段を登るように、社会をつくり変える「創造集団」が、未来のビジョンと設計図を描く。そして、観客席から立ち上がってプレイヤーとなった市民が、力を合わせて都市をつくり変えていくリアルな手応えを感じた街、それがポートランドだった。

数年に一度、国政選挙に一票を投じるだけではなく、地域コミュニティの運営や未来ビジョンを創造する自治主体、主権者としての市民は、日本でも十分に育っている。そんな視点で、東京・世田谷での現状を挟みながら、ポートランドで起きていることから、私たちが都市をつくり変えていく希望とパッションを汲み取ってみたい。

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