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日テレ系ドラマ「明日、ママがいない」の放映について、ドラマ内容の適切性が社会的な話題となっています。各種ブログ系メディアで「明日、ママがいない」の話題が先々週から持ち切りです。「明日、パパが家にいる」よりマシだろ、という訳の分からない愚痴をこぼす年頃の女の子もいるとは思いますがそれは、それで。
児童養護施設の団体である「全国児童養護施設協議会」が記者会見で配布した資料を読んで驚いた。第2話の放送を見た後で、「自傷行為」に及んで、病院で治療を受けた、という。かなり重大な問題なのに、マスコミの報道、新聞の報道もこの点を強調して報道していない。あえて自傷行為には触れていない。意識的に避けているかのようだ。
日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」(水曜日午後10時)。昨今、これほど賛否をめぐって議論を呼んでいるドラマは珍しいのではないでしょうか。慈恵病院(熊本市)は、「赤ちゃんポスト」に預けられた子を「ポスト」というあだ名で呼ぶなどといったドラマ設定に対し、人権侵害にあたると放送中止を申し入れました。
俳優の城田優が出演中のドラマ『明日、ママがいない』(水曜 後10:00)に出演中の城田は、内容や描写が波紋を呼んでいる同作について「いろいろご意見、感想はあると思うが、エンターテインメントの中で、いかにドラマで描けるか…。(描きたいことは)1、2話ではまだ出てきてないので、ストーリー全て見ていただいて改めてご判断していただければ」と呼びかけた。
日本テレビの「明日、ママがいない」の番組ホームページでは、こうした、番組を支持する声のオンパレードだ。一方で、里親や児童養護施設の関係者からは、番組ホームページに「放送してほしくない」「子どもたちを傷つけるので止めてほしい」と投稿したが、載らなかったとする声が相次いでいる。
「赤ちゃんポスト」で救われた一人の子どもに、「ポスト」というあだ名をつける。児童養護養護施設を「ペットショップ」にたとえる。そこで暮らす子どもたちは「ペットショップの犬」と同じだという比喩が使われ、養子縁組で養育する養親を「飼い主」と呼ぶ。その言葉が、そこにいる子どもたちや関係者を傷つけるかを想像もせず。
別に、ネット右翼の団体や暴力団が抗議しているというわけではないのだ。抗議の声を上げているのは、事情があって実の親と一緒に暮らすことができない様々な境遇の子どもたちや母親たちの問題と日々、向き合い、考え、悩んでいる医師、施設関係者、里親などの「専門家」たちなのだ。
テレビ番組の元制作者として自戒を込めて振り返るならば、テレビの制作者は自分が制作する番組を「良かれ」と考えて視聴者に届けている。「タメになる」「感動を与える」「笑いを届ける」「知られてこなかった社会問題に光を与える」など、社会にとって何らかのプラスになると信じて番組を制作している。
「赤ちゃんポスト」に捨てられた過去を持つために「ポスト」と呼ばれる女の子が主人公になっている日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」。日本でただ一つ「赤ちゃんポスト」を運営する熊本市の慈恵病院は1月20日にもテレビ局やその他の機関などに「放送中止」を申し入れるという。
一般的に、テレビ局においてはドラマやバラエティなどの番組で、専門的なテーマの記者の与り知らぬところで、比較的いい加減なリサーチのまま、自覚のないままに偏見・誤解を助長するような番組制作が行われるケースはしばしば発生してしまう。