「夢か就職か」の時代は終わった。ダンサーの会社員はこうして「踊る広報」になった。

週3で広報、それ以外はプロダンサー
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柴田菜々子さん
柴田さん提供

好きなことを仕事にしたいけど、ハードルが高いし、実現できたとしてもちゃんと生活できるか心配が残る。

夢を追いながらアルバイト生活か、あきらめて会社に就職し、好きなことは趣味として続けるか−−。そんな選択を迫られた経験がある人もいるだろう。

でもこれからは、「夢」と「現実」を両立する時代が来るかもしれない。

柴田菜々子さんは、企業広報をしながら、大好きなダンスもプロとして活動する「踊る広報」だ。「今の時代は、欲張って生きてもいい」と語る彼女は、どちらも両立する生活をどうやって実現したのだろうか。

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柴田菜々子さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

週3で企業広報、それ以外はプロダンサー

柴田さんは、週3日は人材派遣・採用支援会社「ビースタイル」で広報として勤務し、それ以外の時間は公演やコンテストなどに参加するプロダンサー生活を送っている。

もちろん、初めから両立できたわけではない。ダンサーとして生きるかどうか悩み、さまざまな変遷を経て今の形にたどり着いたのだ。

柴田さんがダンスを始めたのは小学校2年。地元の新体操クラブに入ったのをきっかけに、中学3年まで10年ほどのめり込んだ。個人・団体ともに県優勝を飾り、中学校では個人で全国大会に出場するほどの実力の持ち主だった。

その後はコンテンポラリーダンスに転向し、本格的にダンスや演劇を学ぶため、専門学部がある東京の大学に進学した。

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柴田さん提供

「ダンスしか知らなくて、これからもやり続けるんだろうと思って入学しました。ダンスでどう生きるかまでは考えていませんでしたが、コンテンポラリーダンスをもっとやりたい、知りたいという気持ちでした」

ダンサー志望者が多く集まる学部で、卒業後にプロになった先輩もいる。ところが彼女は一転、会社員として就職することになる。その背景には、バイト先でのこんな経験があった。

「バイト先のバーは色々なお客さんが来るところで、経営者や偉い人と話す機会がありました。私は『サラリーマンは夢のない人たち』という偏見があって、なりたくないと思っていました。でも、その方達が仕事に対する熱意や世の中を解決したいと話している姿を見て、私が知っている社会人と違うと印象が変わりました」

ちょうど大学3年の終わりに差し掛かり、このままダンスの道に進むのかどうか、決断を迫られていた。大学の先輩らと立ち上げたダンスチーム「TABATHA(タバサ)」は、有数の振り付けコンテストでメンバーが最終選考に残るなど活動が軌道に乗り始めていたが、柴田さんはダンサーとして一生やっていけるのか迷いもあった。

そんな時に崩された「社会人」像は、好奇心に変わった。

「私は好奇心や欲が強いので、気になってしょうがないんですよ。社会人って何なんだろう。社会人として社会を知ってみてもいいかもしれないと思いました」

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取材に応じる柴田菜々子さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

ダンスと仕事の両立は...

そこから3カ月ほど説明会に通いつめ、数ある企業の中からビースタイルに決めた。

「自分が働いてて楽しそうなイメージが明るいカラーで見えました。みんな会社の内情を赤裸々に話してくれて、好きで働いていると感じたので、いいなと決めました」

入社当初、ダンスと仕事を両立できると考えていたが、実際は思うようにはいかなかった。仕事の疲れから、週末のダンスの稽古にも徐々に参加できなくなった。「TABATHA」はメンバーが4人の少人数チームで、1人でも抜けると活動がままならず、休止状態に追い込まれた。

「3年間は絶対に社会人をやり続ける」と決めていたが、ダンスができないフラストレーションや、チームに迷惑をかけているという後ろめたさに悩む日々だった。

そして入社から2年経ったころ、会社をやめる決断をした。

「1年散々悩んだ挙句、どちらかに振り切ろうと思いました。二兎追うものは一兎も得ずと言うように、どちらも追いかけちゃダメで会社を辞めようと思いました」

ダンスに専念したいと社長に辞意を告げたのだが、返ってきたのは意外にも「10年後のビジョンを語ってみろ」という言葉だった。

柴田さんはダンサーとして5年先のビジョンは描いていたが、その先のことまでは考えていなかった。

「『ビジョンがない奴は失敗する』と断言されました。いろいろと話す中で、ダンスとプライベートと仕事を『or』で切り分けるんじゃなくて、全てを『and実現』できる方法はないのかと言われました」

ダンスを続けられるよう、働き方を変えてみてはどうかと提案されたのだ。

「心の中ではダンスも仕事も続けられたらいいなと思っていましたけど、新卒2年目になったばかりの新人が、まさかそんな贅沢な選択肢を考えていいとは思っていませんでした。えっ、いいんですか。辞めるのを考え直してきますという感じでした」

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TABATHAのパフォーマンス
柴田さん提供

どうやって実現した?

今のままのフルタイム勤務では、ダンスのための余力や時間を充分に確保することができない。一方、会社を辞めて本格的にダンサーを目指すとなると、しばらくはアルバイトで生計を立てることになる。

その覚悟があるのか、本当にやりたいことは何なのか。ダンスに合わせた働き方という「第3の選択肢」を示された柴田さんは、自分自身に問い直し、次のような結論を出した。

・ダンスは続けるが、ダンサーがゴールではない

・将来的にダンス業界そのものに関わり、インパクトのあることをやりたい

・仕事・キャリアも続けることが、将来的にプラスになる

次に、どうすればこの3点を並立できるのか、具体的なスケジュールに落とし込んだ。その結果が、「週3」勤務だった。

「一旦、向こう1年の行動を洗い出しました。参加したいコンテストや作りたい作品から、どれぐらいの稽古時間が必要なのかを逆算したら、週3であれば働けることが分かりました。その表を持って行ったら、(社長が)じゃあやってみろと言ってくれました」

こうして、ダンサーと広報を両立する「踊る広報」が誕生したのだ。

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柴田さんの名刺にはダンスの写真が使われている。
Rio Hamada / Huffpost Japan

「週3で週5の成果を出す」

柴田さんは、月火木の週3日で勤務し、それ以外の日はダンスやプライベートの時間を充てる生活を始めた。会社には時短正社員制度はあっても短日数制度がなかったため、契約社員という形で、給与も勤務日数に応じて5分の3にした。

働く時間が短くなる分、自分の役割を明確化し、それまでの業務に優先順位をつけた。広報という窓口対応で社外とのやりとりも多いが、勤務日以外に連絡がきた場合は、上司へ取り継ぐなどして対応している。

柴田さんは、自分へのプレッシャーとして「週3で週5の成果を出す」という目標を課している。

「会社の理解で多様な働き方ができていますが、基本的に週5勤務の会社なので、居場所がなくなってしまうのではと恐怖がありました。週3勤務で週3の成果しか出さないのであれば、他の人を雇って週5の成果を出してもらった方がいいじゃないですか」

一方ダンスでも、始めの1年はコンテストを中心に参加し、成果をだすことにこだわった。

「本気で取り組んでいても趣味のダンスと思われてしまうので、なるべく成果を残す努力をしました。チームの活動が盛んになり、(公演など)色んな所に呼ばれる流れができました」

多い年には、海外も含めて月1回以上の頻度で公演に出ることもあった。「2足のわらじ」生活にも慣れてくると、ダンスのスケジュールに合わせて、さらにフレキシブルな働き方に移った。

公演を間近に控えた時期は、週5で午前勤務し、午後はダンスの稽古に充てたり、逆にダンス稽古が忙しくない時期には、正社員と同じように週5のフルタイムで働くこともある。

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柴田菜々子さん
柴田さん提供

「なんでもありの時代、欲張っていい」

ダンスのように高い技術が必要で、プロになる敷居が高い専門職は、アルバイトをしながら目指すか、あきらめて就職するかどちらかを選ばなければいけない。柴田さんも当初はそう考えていたが、会社の後押しもあり、ダンサーと会社員を両立するという第3の道にたどり着いた。

「以前はどちらかを選ばなければいけない風潮があったと思うのですが、今の時代はなんでもありみたいな気がします。欲張っていいし、兼業・副業でいろんなことをやってもいい」

「私みたいな人はボリュームゾーンとしてすごく多いと思います。ダンスでもサッカーでも、昔から取り組んでいることを大人になっても趣味で続ける人の中に、私ぐらい熱量を入れてやりたいという人も絶対いるはずです。自分が好きなことで生きるのはすごい豊かになるので、所属する会社にとってもいいはずなんですよね」

自身の経験を通じて、好きなことをあきらめないためには、周囲とのコミュニケーションや相談することが大切だと実感したという。

「もともと、週3勤務になる前から「ダンスをしている」と公言していたら、本当に『踊る広報』になりました。ダンスチームや会社との信頼関係もいきなり得られるものではないので、それぞれにコミットする時間は必要だと思います」

「どちらかを選ぶのではなく、第3の道もあることを知ってもらいたいです。今の時代は自分がどう生きるかという価値観が高まってきているので、ひとりひとりにとってベストな選択肢が広がればいいなと思います」

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一つの会社に勤め続ける従来の働き方に変化の兆しがあり、会社に個人が合わせるのではなく、個人のライフスタイルに合わせた働き方を受け入れる会社も出てきている。夢も現実もあきらめなくていい時代なら、もっと好きなことに貪欲になってもいいのかもしれない。