新党ブームで経済が停滞したという安倍さんの嘘

景気の腰が折れ、経済が悪化したから、新党ブームが巻き起こったのです。

民進党が融解し、希望の党に吸収される思わぬ事態に、解散を決めたときの思惑とは想像外の状況になったせいか、最初は同じ改憲勢力として笑顔で希望の党について語っていた安倍さんが、希望の党への戦闘モードに一変しました。

そして、よほど焦ったのか、渋谷の街頭演説で、新党ブームが日本の経済を長期に渡って停滞させてしまったと演説されていましたが、これはあきらかにイエローカードです。焦ってつい出てしまった嘘だったのでしょうか。若い世代の方は実感はないと思いますが、経済の変化、時代の変化の激流に振り回されてきた世代からすると、なにを冗談をおっしゃっているのかと思ってしまいます。

実際は、その逆です。景気の腰が折れ、経済が悪化したから、新党ブームが巻き起こったのです。新党ブームが起こったのはバブルの崩壊がきっかけでした。宮沢内閣の総量規制という政策の失敗で、バブル崩壊をハードランディングさせてしまいます。その結果、日本の経済は危機的な打撃をこうむります。

そんな宮沢内閣への内閣不信任案に小沢さんを筆頭に自民党内部からも賛成票を投じる人がでて、その結果生まれてきたのが日本新党であり、細川内閣です。

その後、1994年に羽田内閣が誕生しますが、自民党が社会党と組むという禁じ手で、不信任案が通り、羽田内閣は在職期間が64日と極めて短命に終わりました。それで誕生したのが村山内閣です。そして1996年に橋本内閣となります。

その後は、2008年の鳩山内閣誕生までは、小渕内閣、森内閣、小泉内閣、安倍内閣、福田内閣、麻生内閣と自民党政権が続きますが、その自民党内閣時代に、日本はバブル崩壊の影響から抜け出すことに遅れ、さらに村山内閣で決定し、橋本内閣で実施した消費税の5%アップによる消費低迷も加わり、1997年から日本は長い景気低迷の時代に入っていきます。

橋本内閣時代の1997年度の経済成長率は-0.7%、小渕内閣に変わった1998年度は-1.9%と2年連続マイナス成長を記録しています。そしてさらに麻生内閣をリーマン・ショックが襲い、日本は再び2年連続のマイナス成長に陥り、民主党に政権を譲ることになります。

新党ブームが日本の経済を長期に渡って停滞させてしまったのではなく、むしろ逆で、経済が悪化すれば政権基盤が揺らぐのと、経済の停滞は、自民党政権で進行してきたのです。

日本の経済の低迷は、情報通信革命が引き起こした産業や社会の変化に乗り遅れ、国際競争力が低下してしまったことや、人口減、少子高齢化などのもっと大きな時代の潮流の影響です。当然やってくるのがわかっていた少子高齢化を放置してきたのも自民党政権でした。結局は安倍さんのおっしゃる安定志向が、変革を遅らせ、日本をゆでガエルのしてしまったのです。

そして日本の経済に立ちはだかったそんな壁を、民主党も、歴代の自民党内閣も、また安倍内閣も突破できていないのですから、希望の党の悪口を並べれば並べるのほどいかがわしさが増してきます。

文春が、「あなたが落選させたい議員は誰ですか?」の緊急アンケートを実施した結果、豊田議員・山尾議員を抜いて、見事トップを飾ったのは安倍さんでしたが、もちろん嫌いなタレント投票と同じで、それだけ存在感があるということかもしれませんが、もう安倍さんの時代は終わったという感が深まってきます。

ここは戦闘モードから切り替え、誹謗中傷や嘘ではなく、堂々と将来をどう切り開くのかを主張され、希望の党や他の野党と、どれだけ共感を呼ぶ政策をだせるのかを競うコンペとして、選挙に望んでいたきたいものです。ぜひ党首討論を重ね、国民が深く考えるための材料の提供をお願いします。

(2017年9月29日「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載)