競争社会ですり減る私たちに今、必要な「友だち」の形とは? 紫原明子さんと考える新しいつながりの話

「弱い自分、ダメな自分、パブリックじゃない自分」を肯定してくれる人はいますか?
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物価は高く、生活は苦しい。仕事もしんどい。SNSを開けば心無い言葉に傷つき、生活者の実態がまるで見えていないかのような政治のニュースが飛び込んでくる。蔓延する自己責任論に押し潰されそうになりながら、競争社会の中で心をすり減らす毎日。

余裕がない社会を生きる私たちには、心から安心できる場所や、安心できる関係性が足りていないのではないだろうか?

ヒントを求めて伺ったのが、エッセイストの紫原明子さん。2022年11月、『大人だって、泣いたらいいよ 〜紫原さんのお悩み相談室〜』を刊行した。数々のお悩みに向き合いながら紫原さんが考えてきたことを伺って見えてきたのは、疲れ切った現代人の処方箋になり得る「友だち」の大切さだった。

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紫原明子さん
Yuriko Izutani

 街を歩いて感じた「誰も悩んでいないように見える」怖さ

「緊急事態宣言の時、家でニュースを見ていて『これからどうなるんだろう』とすごく不安だったんですよね。でも街に出ると、コロナ前と何も変わらないみたいにみんな普通に買い物してて、店員さんも普通に接客してる。みんな怖くないのかな、悩んでないのかな、と思ったんですが、はたから見たら私も多分、何にも悩んでない人に見えますよね。それが、すごく不気味だな、と思う時があって」

そう振り返る紫原さんは、これまで、家族、社会、生きづらさをテーマに数多くのコラム、エッセイを手がけ、共感を呼んできた。新刊の『大人だって、泣いたらいいよ』はクロワッサンONLINEで約2年間連載されたお悩み相談をまとめたもの。計90ほどにものぼるお悩みを、32個に絞り込んだ。

不倫した夫との別居のやめ時がわからない。優しい性格で足元を見られ面倒な仕事を押し付けられてきた。友人がいない──そのお悩みの種類は多岐にわたる。

本書で紫原さんはこんなふうに書いている──「私の書いたことが誰かの人生に影響するかもしれないと思うと、それはすごく怖い。お悩みに答える私が悩みに悩んでる」「だけど最近気がついたんだけど、お悩み相談の原稿を書いている間は寂しくないんだよね。一人でパソコンの前に座ってるのに、いつも誰かと一緒にいる気がする」

一人なのに、寂しくないと感じたのはなぜだろうか?

「やっぱり、相手が素顔を見せてくれているからですよね。街を歩いていた時に感じていた『誰も悩んでいないように見える』という怖さがない。誰かと生きているって感じがするし、誰だって悩んでいるという当たり前のことが見えてくる。この本は、相談者さんの『お悩み』自体に読んでいただく価値があると思っています」

友だち同士の集まりでも気を遣ってしまう人々

お悩み相談以外にも、紫原さんはオンラインサロン「もぐら会」で多くの生活者の声に触れるお話会を開催してきた。

お話会において、話す人は、言葉にしたいことを自由に好きなだけ話す。聞いている人は、口を挟まず、否定もせず、励ましもせず、ただ受け入れるだけ、というルールがある。

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紫原明子さん
Yuriko Izutani

元々は、忙しい日々の中でおざなりになりがちな「自分自身のことを知る」ということを目的にスタートした「もぐら会」。しかし、誰かの深い言葉を受け止めることで、副次的に友だちが作れる、という効果もあった。

「自分の話をするだけで、涙がポロポロ出てくる人もけっこういるんですよ。これは本当に、日本の深刻な問題だと感じます。友だち同士の集まりであっても、『テンポのいい会話をしなければならない』『楽しく場を維持しなければならない』と気を遣ってしまって、真面目な人ほど自分の話ができていないんだと思います。私のことばっかり喋ってしまってごめんなさい、と気にする人もいます」

お話会を開催する中で、紫原さんは何度も参加者の変化を目撃してきた。

「漬物石が取れる、と私は呼んでいるんですが、その人が勇気を持って話したことで、心の重しになっているものがポーンと取れる瞬間があるんです。それは誰が見てもわかるんですよ。すると次回以降、その人の表情がけっこう変わっていたりするんです」

「参加者がよく言ってくれるのは、例えば、昔は満員電車で人にぶつかると『チッ』と思っていたけれど、もぐら会に入ってからは『この人にはこの人の人生があるんだろうな』と思いを馳せられるようになった、と」

紫原さん自身も、自分の中に大きな変化を感じるという。

「昔よりも、人のことを好きになりやすくなりました(笑)。例えば大きな都市、東京は特にそうですが、満員電車に代表されるように、人を嫌いになってしまう構造的な理由がすごくたくさんあると思うんですよ。他者がすぐに自分を脅かす『有害』な存在になってしまう。Twitterもきっとそうです。でも、お話会を経験すると、周囲の人たちはただの肉の塊ではなく、自分と同じ人生を持っている人間だとわかる。はたから見ればカッコよくバリバリ働いているように見える人が、今どうしても言いたいことがあると、泣きながら『子どもの頃いじめられていたことが、本当に嫌だった』と打ち明けてくれたりするんです。それをずっと、誰にも知られずに抱えてきたんだと思うと、なんだかもう胸がいっぱいになるじゃないですか」

パブリックじゃない自分が肯定される場所

日々の暮らしに精一杯の私たちには今、お話会のような場や、つながりが、圧倒的に足りていないのかもしれない。それが、漠然とした孤独感や、閉塞感、社会へのあきらめ、疲れにつながっていないだろうか。

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『大人だって、泣いたらいいよ』(朝日出版社)
Yuriko Izutani

友だちと話して気分転換をしているつもりが、気遣いばかりで、それもまた心の重しになってしまっているとしたら……?

「『傷つきたくない』『傷つけたくない』と、コミュニケーションを洗練させていたはずが、難しさからか、そもそもコミュニケーションの総量自体が減っていく、という方向に進んじゃっている気がします。でも、関係を深めて、本当の意味での安心を得ていくためには、時にはチクッとすることも必要なんだと思うんです。多少傷ついても、互いにちょっとずつ踏み込んで、近づいていかないと、ホッとする場所は作れない」

SNSの影響もあってか、私たちは人との親密さの度合いや、オンとオフの境目を見失い、気づけば「オン」の中にずっと身を置き続けてしまっているのかもしれない。

「例えば、パブリックな場で、目の前の人の性自認やセクシュアリティがわからない時に、『彼女・彼氏いるの?』ではなく『恋人いるの?』と聞くといった気遣いはあって然るべきだと思います。でも一方で、『閉じた関係性』の中で許される本音って、あっていいはずじゃないですか。誰かを攻撃したり、傷つけたりするのはダメですけど、何かを『考えていること』自体は悪じゃないし、気心知れた仲だからシェアできる情報もある」

「弱い自分、ダメな自分、パブリックじゃない自分が肯定される場所が、多分、安心感につながるんです。セックスしまくりたいとか、夜は歯を磨かないで寝るとか(笑)、そういう話を受け止めてもらえるクローズドな環境が必要なんだと思います。会社で業績を出しているから必要とされる、ではなく、あなたがあなただからいいんだ、と肯定される場所が」

本のタイトル『大人だって、泣いたらいいよ』という言葉を借りるなら、泣いた姿を見せられる気心の知れた友だちが、きっと私たちの生活には必要なのだ。

その存在はきっと、身を削るような競争社会や、行きすぎた自己責任論に疲れる私たちにとって、一つの希望になるのかもしれない。

 

紫原明子さんプロフィール
1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)がある。話して・聞いて・書いて自分を掘り出すコミュニティ「もぐら会」を主宰。「『WEラブ赤ちゃん』プロジェクト・泣いてもいいよ」ステッカー発起人。

(文:清藤千秋 編集:泉谷由梨子)