海外移住は「希望」か。結婚するためにイギリスへ渡ったKanさんが見た現実

LGBTQ当事者にとって、結婚の平等が認められている国に「移住」するという選択は、希望になりうるのか──。海外移住して2年半がたったKanさんが感じる、日本とイギリスの違い。
Kanさん
Kanさん
Photo by Naoko Kawamura

Netflixで配信された『クィア・アイ in Japan!』(2019年)に出演したKanさんは2021年、イギリス人の同性パートナーTomさんと結婚したいという思いから、ロンドンに移住しました。

本当はTomさんと一緒に日本でも暮らしたかった。過去のインタビューでは、海外移住という選択は「楽しみでありつつ、寂しいものでもあった」と語っています

移住から約2年半。日本ではパートナーシップ制度の人口カバー率が8割を超え、結婚の平等訴訟では4か所の地裁で違憲判決が出ました。ですが国は依然として、法整備に向けた議論すらしていません。

Kanさんのように、日本の差別的な実情を受け、結婚の平等などが認められている国に移住するLGBTQ当事者は後を絶ちません。

性的マイノリティにとって、「海外移住」という選択は、希望になりうるのか──。Kanさんに、移住して感じたイギリスと日本の違いなど、率直な思いを聞きました。

◆居場所を探している感覚だった

Kanさんは、移住という結論に辿り着いた背景について、自身のセクシュアリティを社会が受け入れてくれるような感覚がなく、幼いときからずっと「自分の居場所を探していた」ことが大きいと振り返ります。

子どもの頃からテレビなどで、ゲイがエンターテインメントとして消費され、笑われるのを見てきました。だからこそ本当の自分をさらけ出せないという苦しさが芽生え、自分の居場所を探す準備をしておかなければという思いがずっとあったといいます。

地元はとても息苦しくて上京を決意。ですが、東京でも生きにくかった。もしかしたら日本では暮らすのは難しいのかもしれないと思い、海外に留学しました。その時に出会ったのがパートナーのTomさんだといいます。

一度日本に戻り遠距離恋愛になりますが、Tomさんと一緒にいたいという思いが募りました。日本では法律婚ができないため、もしもの時に医療機関で手術の同意書のサインや面会を断られるなど、同性カップルは様々な不利益を受けています。互いの身に何かがあった時のリスクなどを考え、移住を選ばざるを得なかった感覚があるとKanさんは振り返ります。

◆イギリスでは、「同性愛者だとリマインドされない」

イギリスに移住して、日本にいる時と変わったのは、同性パートナーのTomさんと結婚ができること。そして、「ロンドンという都市に住んでいることも大きいと思いますが、日常生活の中で『自分が同性愛者だ』とリマインドされることがほぼないんですよね」と続けます。

日本では化粧品を店で見ていると「プレゼントですか」と声をかけられたり、パートナーと買い物に行くと「友達ですか?」と聞かれたりすることがとても多かったといいます。

「日本では自分のジェンダーやセクシュアリティを相手に定義されてしまうのが日常的だったんですよね。だけれどイギリスでは、僕とTomとの関係性について、勝手に定義されたことが1度もないんですよ」

自身のセクシュアリティという点では、生きにくさを感じることはほぼないというKanさん。その背景として、イギリスでは2001年から同性カップルを公的に認める制度が導入され、2014年には結婚ができるようになった、という20年以上の積み重ねが大きいと感じているといいます。

「法律があることはやっぱり、人権上の意義も大きい。結婚ができることだけでなく、同性カップルへの理解が進むという意味でも、希望になると思います」

◆「人種差別では」と感じる経験が増えた

Kanさん
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Photo by Naoko Kawamura

一方でトランスジェンダーの人らに対する差別を感じることはあり、胸を痛めることもあるといいます。

またKanさん自身にも、日本では抱えることがなかった苦しみが生まれるようになりました。その1つが、容姿を馬鹿にされるなど「人種差別を受けているのでは」と感じる経験が増えたことです。

たとえばTomさんと一緒にバスに乗っている時。バスの運転手がTomさんには笑顔で挨拶をするけど、Kanさんには無表情だったり、挨拶しなかったりするということがあるといいます。

「意識的にTomだけに挨拶をしたのか、僕の人種で判断しているのか。たまたまだったのか、差別だったのか、分からないですよね。でももしかしたら、自分の属性に対する反応なんじゃないかって、モヤっとしてしまうことは間違いなく増えました」

『クィア・アイ in Japan!』に出演した際も、留学時にイギリスのゲイコミュニティで「アジア人は好きじゃない」と言われたり、ゲイアプリで「アジア系お断り」と書かれているプロフィールを見たりして、「自分の築いてきたものが一瞬で崩れてしまう」感覚を何度も味わった過去の痛みを、涙を流しながら吐露しました。助けを求めて日本人のコミュニティに行くと、今度は(ゲイを侮蔑する)「おかま」というワードが出てきて、どうしたら良いんだろうと苦しんだといいます。

「マイノリティであることで苦しい思いをする」という点は、仮に国が変わったとしても、変わらない部分もあるということを実感しているといいます。

◆海外移住は、改善ではあっても解決ではない

Kanさん
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Photo by Naoko Kawamura

それでも海外に移住するLGBTQ当事者は後を断ちません。Kanさんは「やっぱり日本は生きにくいんだと思います」と話します。

パートナーと安心して暮らしていきたいと考えた時に、日本では希望を思い描けなかったといい、何度も「法律を変えてくれれば、そのまま住めるのに」と思ったといいます。

LGBTQ当事者にとって、海外移住という選択は希望になりうるのでしょうか。

Kanさんは「僕は今、 パートナーと結婚できて幸せを感じているのですが、だからと言って、『みんなも移住したらいいよ』とは、絶対に言わないです。人によって状況が違うし、日本とは違う苦しみもある。移住イコール幸せになれるということではないと思います」と強調します。

長く住んだ日本は好きで愛着もあり、大切な家族や友人と、本当は離れたくないという思いもありました。

「移住は、今自分が置かれている現状の改善はもしかしたらできるかもしれない。だけれど、解決ではないんですよね」

LGBTQ当事者らが人権回復に向けた声を上げることで、ネット上では「日本から出ていけ」といった暴言が浴びせられることもあります。

こうした反応に対し、Kanさんは「どこで生きるかを選ぶ権利は、その人自身にあります」と強調します。

「日本で結婚の平等制度が将来できたとしても、その頃にはもう『マイノリティの人権が守られない』日本から多くの人が出ていき、戻って来たいとは思わないかもしれない。本当にそれで良いのでしょうか、と問いかけたいです」

「僕の場合は、日本でも住みたかった。ですがそれができなくてイギリスを選びました。本当は国が法的な枠組みを作って解決すべき責任を、 個人に押し付けない社会になることを強く願っています」

<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>

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