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アサリが干潟から消えた――その原因は? 誤解が生み出した意外な成果

鹿児島県は桜島の近くに位置する重富海岸は、53ヘクタールの干潟に多様な生き物が住む。今でこそ、生物多様性のある環境や景観の美しさが広がるが、少し前までは様子が違った。
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鹿児島のシンボル、桜島を包み込むように広がる豊かな海・錦江湾。桜島を望む姶良市の重富海岸に拠点を置くNPO法人・くすの木自然館の専門研究員を務める浜本麦さん(32)が、この海岸で干潟を守る活動を始めてから、今年で10年になる。

重富海岸は53ヘクタールの干潟に多様な生き物が住む。生物多様性のある環境や、景観の美しさから、2012年3月、霧島錦江湾国立公園に指定された。だがこの場所も、少し前まではゴミが散乱する、お世辞にもきれいとは言えない海岸だった。現在の姿は、浜本さんや干潟の価値を再認識した地元住民らによる地道な取り組みのたまものだ。

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重富海岸に立つ浜本さん。「この場所のファンを一人でも増やすのが務め」と笑う。

浜本さんは、大学の水産学部を卒業した祖父の影響で、子どものころから海が遊び場だった。海の生き物に興味を持ち、鹿児島大学理学部に進学、生物学を専攻した。

卒論のテーマは、この干潟に流れ込む思川河口に生息する「ゴカイの生殖」。その生態を調べるために、干潟に通い始めた。訪れるたび、周辺の環境の変化が気になっていた。15年ほど前から、干潟にヘドロのような堆積物が増え、アサリが採れなくなっていたのだ。住民らは「海が汚れてアサリが生息できなくなった」と思い込んだ。

ひとたび「汚い海」とのレッテルが貼られると、訪れる人々のマナーは一転して悪くなった。弁当の空容器やペットボトル、花火の燃えかす――海岸は一時期、ごみだらけの無残な姿に変わり、住民の気持ちも離れた。

浜本さんは、海岸近くに住むおばあちゃんが「自分が生きている間には、もうきれいな海は戻ることはないだろうね」と話すのを耳にした。以前は、県外からも観光客が訪れる浜だった。僕らの手でなんとかならないか。2004年4月、浜本さんは、仲間とともに海岸の清掃を始めた。

「見える所をきれいにすれば、みんなも興味を持ってくれるはず」。だが、人の手だけが頼り。自分たちだけで毎日続けるのは、気の遠くなる作業だった。それでも、ごみがない海岸に戻れば人の気持ちも戻ると信じ、利用者が増える時間を狙ってビーチクリーンを実施。マナーを訴え続けた。

活動を始めて2年が経ったころ、地元の人達も興味を示し始めた。まず、地元の小学生が手伝ってくれるようになった。続いて親たち、そして周辺の自治会。「清掃の輪」はゆっくりと少しずつ、だが確実に広がっていった。

今では、くすの木自然館が把握するだけでも約200人が清掃奉仕活動に参加する。また、近くの自治会は、定期的に海岸パトロールを続けている。

「美しい海岸を取り戻せたのは、地元の方々のお陰です。私たちはそのきっかけをつくっただけ。感謝しています」と浜本さんは言う。調査・研究の結果、海岸の堆積物はヘドロではなく、単に泥がたまったものだと分かった。底質がアサリの好む砂利から砂に変わっていたのだ。この原因は、自然の作用による経年変化や、思川の流域に砂防ダムが増設され砂利がせき止められたこと、気象の影響などが考えられるという。アサリは減ったが、代わりに砂を好むハマグリやマテガイは増えていた。

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浜本さんのトレードマークは笑顔。いつも元気いっぱいに、干潟を訪れた人たちに干潟の魅力を伝える

6月のある日、くすの木自然館を訪れると、浜本さんは地元の小学生を前に、環境授業の真っ最中だった。「もし干潟がなくなったら、イルカもおいしいアジもサバも、みんないなくなるんだよ」。海の生き物を描いたバケツをピラミッドのように積み重ねて、海の生物のつながりを説明する授業に、子どもたちは目を輝かせ、興味津々の様子だ。

もともと、研究員や教職員になろうと思っていた時期もあったが、干潟の大切さを直接伝えたいという思いからNPOに携わる道を選んだ。研究室から飛び出し、学校という枠にも収まらないアプローチで海を守る。これが浜本さんのやり方だ。

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楽しく、無理しない活動が浜本さんのモットー。干潟の砂を掘り起こすゲームも、立派な干潟の保全活動だ。

これからの鹿児島を、そして日本を支えるのは子どもたち。その一人ひとりに、多くの生き物が育ち「海のゆりかご」の役目を果たす干潟の大切さを知ってほしい。もし故郷を離れることがあっても、この海岸が「また帰ってきたい」と思える場所になっていてほしい。

「重富海岸のファンを少しずつ増やしていくこと。それが私の務めです」。潮の満ち始めた干潟を見つめながら、浜本さんは結んだ。

(取材・執筆:南日本新聞社 今村 仁)