米大統領選「トランプ独走態勢」はどこまで続くか

米国人専門家や研究者の間で驚きや困惑とともに受け止められているのは、今年6月16日に正式出馬表明を行った実業家兼テレビパーソナリティのドナルド・トランプ氏の過去2カ月余りの「独走態勢」である。
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2016年米国大統領選挙の共和党大統領候補指名獲得争いに出馬している候補による第1回テレビ討論会が8月6日夜、中西部オハイオ州のクリーブランドで開催され、各候補による政策議論も本格化してきている。野党共和党は8年ぶりのホワイトハウス奪還を目指していることもあり、17名もの候補が出馬する乱立模様となっている。

そうした中、選挙のプロである共和党系ストラテジストやコンサルタント、あるいは米国政治を長らく見てきた米国人専門家や研究者の間で驚きや困惑とともに受け止められているのは、今年6月16日に正式出馬表明を行った実業家兼テレビパーソナリティのドナルド・トランプ氏の過去2カ月余りの「独走態勢」である。

相次ぐ蔑視発言でも支持率「独走」

筆者が「トランプ氏『メキシコ不法移民批判』がもたらす共和党の『イメージダウン』」(2015年7月14日)の中でも取り上げたように、トランプ氏は出馬表明直後から「舌禍事件」を相次いで起こしている。ニューヨーク市マンハッタンでの出馬表明演説では、米国内に麻薬や犯罪を持ち込んでおり、中には強姦者も含まれていると、メキシコ系の不法移民を公然と蔑視する発言を行い、物議を醸した。だが、同発言は、共和党支持者の間でのトランプ氏に対する支持率が急上昇する契機となった。

これら一連の蔑視発言に対して、2008年の共和党大統領候補で、同党の重鎮であるジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)は苦言を呈した。これに対してトランプ氏は、「(マケイン氏はベトナム戦争で)捕虜になったから戦争の英雄になったが、自分は捕虜にならなかった人間の方が好きだ」と反論。さらに「マケイン氏は、メリーランド州アナポリスの米海軍士官学校在学中はクラスの中でも成績は最下位レベルであった」とも述べ、戦時中に捕虜経験のある元従軍兵士らから侮辱的発言であるとの批判を浴び、謝罪を求められた。しかし、トランプ氏は謝罪を拒否している。

さらには、今回の指名獲得争いに出馬しているリンゼイ・グラハム上院議員(サウスカロライナ州選出)が「盟友」であるマケイン氏を擁護したところ、トランプ氏は公共の場でグラハム氏の携帯電話番号を公表するという信じられない行動に出ている。

加えて、8月6日に行われた米保守系テレビ『フォックス・ニュース』主催の第1回共和党大統領候補テレビ討論会では、司会を務めたメーギン・ケリー氏がトランプ氏の過去の女性蔑視発言に触れ、大統領候補としての資質について質問。すると翌7日の『CNN』に出演したトランプ氏は、ケリー氏が厳しい質問を自分に対して行ったのは生理中であったためだと示唆するような問題発言を行い、各方面から激しい批判を受けた。だが、トランプ氏は間違った発言はしていないとして反論を展開し、謝罪はしなかった。

このように、トランプ氏は不法移民や捕虜経験のある元従軍兵士、女性に対する蔑視発言を繰り返しているにもかかわらず、共和党保守派勢力の間での支持は衰えるどころか、むしろ上昇するという特異な状況が生まれているのである。

ブッシュ氏の2倍の支持率

トランプ氏の出馬表明から3週間余りが経過した7月8月から12日までの5日間、米世論調査大手のギャラップ社は全米50州と首都ワシントンDCの有権者1009人を無作為に抽出し、電話による世論調査を実施している(誤差の範囲は±4ポイント)。【http://www.gallup.com/poll/184115/1999-not-trump-serious-candidate.aspx】

同調査では、有権者4人中3人に相当する74%が、トランプ氏は「有力な大統領候補(serious Presidential candidate)ではない」と回答。逆に、トランプ氏が「有力な大統領候補」との回答は4人中1人のわずか25%にすぎなかった。

ところが、出馬表明から2カ月以上が経過し、様々な蔑視発言が明らかになっているにもかかわらず、各種世論調査ではトランプ氏は他候補を大きく引き離すかたちで共和党支持者の間でさらに支持を広げていることが相次いで明らかになっている。

たとえば、『ロイター通信』と世論調査会社『Ipsos』は、全米の共和党支持者501名を対象にオンライン上で実施した最新世論調査結果を8月21日に公表している(誤差の範囲±5ポイント)。同調査では、共和党を支持する有権者の32%が「トランプ氏を支持する」と回答し、前週行われた前回調査での24%から8ポイントも上昇していることが判明した。ちなみに、トランプ氏に次いで2位となったのは支持率16%のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事である。トランプ、ブッシュ両氏の他に支持率が2桁に達した候補はおらず、3位には8%を獲得した元脳神経外科医であるベン・カーソン氏が入ったが、トランプ氏はブッシュ氏の実に約2倍の支持率を獲得しており、引き続き「独走態勢」を維持しているのだ。

筆者は2カ月前にニューヨーク、ワシントンで大手シンクタンクやコンサルティング企業で米国政治を専門とするシニア・フェローや元政府高官らと意見交換を重ねる機会があった。その際、彼らの共通認識としてあったのは、共和党ではブッシュ氏、スコット・ウォーカー・ウィスコンシン州知事、マルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州選出)の3名が「先頭集団」を形成し、同党の指名獲得争いが展開されていくであろうとの見方であった。実際、トランプ氏が各種世論調査で「独走態勢」にある現在でも、同氏が最終的に共和党の大統領候補指名を獲得する可能性は極めて低いとの見方で米国政治の専門家らはほぼ一致している。

「独走態勢」の背景

ともあれ、トランプ氏の現在の選挙キャンペーンに勢いがあることは明らかである。各種世論調査での「独走態勢」を裏付けるように、8月21日夜にアラバマ州南部のモービル市で行われたトランプ氏の政治集会では、参加者数が事前の予想を大幅に上回ったため、当初予定していた会場から倍以上の4万人収容できるアメリカン・フットボール・スタジアムに会場を変更せざるを得なかった。

では、トランプ氏の「独走状態」を支えている背景とは一体何であろうか。複数の要因が挙げられるが、先ず挙げなければならないのは、メディアによる過熱報道であろう。一連の侮辱的発言をメディアが大々的に取り上げることで、トランプ氏の不法移民に対する取り締まり強化の主張などに共和党の保守派勢力が共鳴するかたちで支持率が上昇するというパターンがある。とりわけ、候補が乱立している今回のような指名獲得争いにおいては、メディアから多くの注目を浴びることで有権者の関心を引き、選挙キャンペーンを有利に展開することができるようになる。

次に指摘しなければならないのは、トランプ氏の「知名度」である。もともとテレビパーソナリティとして全米レベルでの「知名度」があり、候補が乱立する中での「知名度」は、ブッシュ元知事らとともに他候補を圧倒している。世論調査でトップを独走するうえでも大きな役割を果たしていると考えられる。

直前に失速する「独走者」

トランプ氏のように、党内で明確な立場を示している勢力の支持を受け、序盤の各種世論調査で優位を維持していた事例は過去にもある。共和党では、2008年のルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長が挙げられる。

2001年9月に発生した米中枢同時多発テロ事件での対応が評価され、ジュリアーニ氏はとりわけ「対テロ戦争」や「優れた指導力」といった項目で一時期30%台の高支持率で独走していた。それが予備選挙開始直前には低迷し始め、アイオワ州党員集会やニューハンプシャー州予備選挙、サウスカロライナ州予備選挙での本格的キャンペーンを事実上見送り、フロリダ州予備選挙1本に賭けた。だが、ジュリアーニ氏は党員集会、予備選挙で1度も勝利を収めることなく惨敗を喫し、指名獲得争いからの撤退を余儀なくされた。

共和党の保守派有権者は現時点では保守色を鮮明にし、彼らに心地よい発言を繰り返すトランプ氏に強い関心を示している。しかし、予備選挙開始直前に共和党支持者が真剣に検討し始めるのは、自らが支持しようとしている候補の大統領選挙での「当選の可能性(electability)」である。

民主党の場合でも、2004年大統領選挙の党内指名獲得争い序盤戦で圧倒的強さを見せていたのは、イラク反戦を声高に訴えて党内リベラル派の支持を取り付けていたハワード・ディーン元バーモント州知事であった。だが、そのディーン氏も、予備選挙開始直前に急失速した。

共和党指名獲得争いの幕開けとなる2016年2月1日のアイオワ州党員集会まで、まだ5カ月余りもある。ジュリアーニ氏やディーン氏の事例も考慮に入れつつ、現在のトランプ氏の「独走態勢」を注視していく必要があると筆者は考えている。

足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2015年8月24日フォーサイトより転載)