実は私も隠れトランプ

トランプ氏の「それは記者が知りたいことであって、パブリックは気にしない」の言葉がずしりとくる。
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私は、トランプ政権の誕生で、「良くなることもあるんじゃないか」とひそかに期待している「隠れトランプ」だ。

1月11日のトランプ氏の記者会見。記者の「納税申告書は公開するつもりですか?」という質問に対し、トランプ氏は「それは記者の皆さんが知りたい情報であって、パブリックは気にしない」と言い放ち、記者を取り囲む聴衆から拍手喝采を受けた。毎日新聞で記者をしていた頃から、記者と読者の関心に大きな乖離がある気がしていた私も思わず手を叩きたくなった。

先日の鳥越俊太郎氏への公開質問状で、記者は特定の大学を卒業した特権階級ということを書いたが、トランプ氏が、大手メディアを「エスタブリッシュメント」(支配階級層)の一角と位置づけ、一般大衆の心を掴む光景は爽快感があった。

日本の大手メディアの記事には、曖昧な匿名のコメントが多用され、読者を扇動しようとするものが多い。一例として、「統合型リゾート(IR)整備推進法」(カジノ法)に関する1月10日の毎日新聞朝刊の記事を見てみよう。

しかし、現場の風当たりは厳しい。若手衆院議員は地元回りの際に、支援者から「何でこんな法律を通したのか」と詰め寄られたという。地方議員らの協力を受けてパンフレットを配っているが、「ギャンブルに対する反発が強く、聞く耳を持ってくれない」と嘆く。

官邸幹部も「民意が付いてきていない。政権に一定のリスクがある案件だ」と神経をとがらせている。

政府はギャンブル依存症対策の「関係閣僚会議」を昨年末に新設するなど対策に躍起だが、有権者の理解を得るのは簡単ではなさそうだ。【大久保渉】

各世論調査では、法案に反対する人が全体の4-5割で賛成が2-3割なのだが、この記事では、まるでほとんどが反対しているかの様に読める。「若手衆院議員」とか「官邸幹部」などの曖昧な主語を使うことで、記事はいくらでも操作できる。法案に賛成する「若手衆院議員B」と「官邸幹部B」を使えば、「パンフレットはとても評判がよかった」とか「これで国民の理解がさらに進むだろう」というコメントを使い、180度異なる視点の記事を書くこともできるのだ。

さらに深刻な問題がある。官邸幹部の「政権に一定のリスクがある案件だ」のコメント。全国民が賛成する案件なんてありえないから、すべての案件が一定のリスクを抱えている。では、この案件は、特に「リスクが高い」案件なのだろうか?私が新聞を見る限り、この法案が可決された以降も内閣の支持率は下がるどころか、上がっており、答えは「ノー」である。この「官邸幹部」さんは新聞を読まれていないのだろかと疑いたくなる。いや、もっと疑いたくなるのは、社説で散々この法案の強行採決を批判してきた毎日新聞社が「政権に一定のリスクがあってほしい」と願っているのではないか?ということだ。

ここで、トランプ氏の「それは記者が知りたいことであって、パブリックは気にしない」の言葉がずしりとくる。大手メディアは連日、法案が強行採決されることを大々的に取り上げるが、内閣支持率にはほとんど影響していない。つまり、国民の関心はもっと別の所にある。すでにこれだけパチンコや競馬がある国で、もう一つ賭博が増えるか否かということに、そこまでの関心を抱くことができないのは仕方ないことだし、ましてや、それが内閣を支持するか否かの重要な要素になるとは思えない。

関心を抱くことができない読者に匿名のコメントで新聞社の主張を押し付けようとする行為は、読者を軽視していると思われても仕方ない。私は、匿名コメントを一切使うなと言いたいのではない。他の国のメディアも使っているが、使う場合はなぜ匿名にするのか理由を書くことが多く、それなりのスクープ記事の場合が多い。少なくとも、自民党のパンフレットが有権者に不評だったことを報じるために、使うような代物ではないと思う。

確かにトランプ氏の言動には危うさはある。しかし、なぜ彼の言葉がパブリックの心を掴むのか。大手メディアの記者を含め、特権階級側にいる人たちは真摯に受け止めるべきだろう。日本版トランプショックが起きる前に。