香港「若手論客」インタビュー:立法会選挙「本土派」台頭の衝撃と「香港独立」論の未来

すべては北京の香港政策次第なのです。

インタビューに応じた方志恒氏は香港の政治学者で、香港教育大学副教授。香港の独自性や香港人のアイデンティティに着目し、編著『香港革新論』で香港と中国を明確に区別し、香港の主体性の確保にポイントを置いた「内部自決」や「永続自治」を掲げた主張を展開した。

いま香港で最も注目される若手論客の1人で、9月の立法会選挙で本土派とされる「雨傘勢力」が躍進した香港の現状と未来について聞いた。

香港政治の構造的変化

野嶋:9月4日に行われた香港立法会議員の選挙では、「本土派」などと呼ばれている雨傘運動で台頭した新しい勢力が6人も当選しました(2016年9月7日「終わらぬ雨傘:『香港選挙』で中国が憎む『本土勢力』が躍進した理由」参照)。これは中国にとって大きなショックだったはずだと思います。なぜ、このような結果になったのでしょうか。

方志恒:この選挙の特徴は、非常に高い投票率(58%)であったことによって、建制派(親中派)の組織票に打ち勝ち、反対派(民主派や本土派)が重要な法案などの否決権(3分の1)や、議会運営のルール改正(直接選挙の過半数)を維持したことになりました。その意味では、基本的な政治構造はしばらくこう着状態が続くことになります。

しかし一方で、反対派の内部には変化がありました。1980年代や90年代に議会に入って活躍していた人々は多くが落選し、若手に取って代わられました。世代交代が進んだのです。

何よりも大きいのは、過去30年の香港の政治運動のなかで、反対派の主張が、この選挙を通して、「普通選挙の実現」から「前途自決(香港の未来を自ら決定する)」へ根本的に変化したことにあります。この選挙では、香港の将来のあり方を争点にした公民党や青年新政などの政党がいずれもいい結果を収めました。この変化は、すでに香港政治の争点が「民主化」ではなく「中港矛盾(中国と香港の対立)」に移り、自決や自治、建国、独立など本土派が掲げる新しい主張の台頭によって、香港政治のありようが構造的に変化したことを意味します。

北京政府が変えた香港人の心理

野嶋:最近、香港で急速に広がっていることで話題になっている「香港独立」とはどんな考え方なのでしょうか。

方志恒:香港では近年「本土化」(香港本土の利益を最優先する考え方)の傾向が強まっています。北京(中央政府)が香港への干渉を強めたことへの反発が大きな理由です。そのなかで独立思想が育ちつつあります。

1997年に香港の主権が英国から中国に移り、最初の行政長官の董建華氏の時代(1997~2005年)は、董建華氏自身の能力に対して香港で多くの批判が起きました。一方、香港に対する中国の干渉は抑制されたもので「中聯辦(中央人民政府駐香港特区連絡弁公室=中国政府の出先機関)」の態度も慎重でした。北京の指導者も香港についての論じ方もかなり気を使ったものでした。

当時、香港では非常に奇妙な考え方が生まれました。香港人は、董建華氏の香港政府には不満なのに、北京の中央政府に対しては満足していたのです。このことは世論調査から明らかでした。当時の北京は比較的厳密に1国2制度の「高度な自治」という約束を遵守し、当時の香港社会には本土思想もなく、中港矛盾もありませんでした。

しかし、2003年7月1日の大規模デモを境に、北京は次第に香港政策を変えていきました。デモは香港基本法23条(国家分裂への加担などを禁止する条項が含まれる)の立法に反対して民衆50万人が路上に押し寄せたものでしたが、北京は深刻に受け止め、民主派の背後で外国勢力が群衆をあおり、1国2制度を揺さぶろうとしていると判断したのです。香港人からすると、この判断は間違っているのですが、北京は香港返還以降、香港への関与があまりにも少なすぎて、民主派と外国勢力に多くの活動空間を与えてしまったことが失敗だと結論づけたのです。香港の安定を維持するためには香港の統治にもっと力を入れないといけないと考え、2003年以降、香港への北京の介入が増えていきます。

中聯辦も香港返還直後しばらくはそれほど目立たない組織だったのですが、だんだんと香港政府を超えた、香港の政治権力の中心になっていきました。選挙においては、彼らが親中派の各政党の大親分であることは誰でも知っています。北京の香港への関与は、香港の政治改革を抑制し、経済的には中国から香港への観光客を増やして香港を中国経済に依存させ、中国人を育てる国民教育を進めて香港人の思想改造も試みようとしました。

こうした中国の一連の措置は、徐々に香港人の心理を臨界点に追いやりました。北京の干渉は香港社会のあらゆる部分にすきまなく入り込み、人々の心に一種の不安や恐れを形成しました。それは、香港の自治や1国2制度、自治や法治が骨抜きにされる不安です。この不安が、本土思想を生んで北京の関与に抵抗する動きに変わっていったのです。

野嶋:つまり北京の干渉や介入が、香港の本土思想や独立意識を育てたというのですね。

方志恒:はい。私は、中国に抵抗する本土思想の急激な出現は、北京の干渉への心配や不安が転化したものであり、独立思想もこの本土化の潮流のなかで中国に対して深く絶望した若者の感情から生まれたものだと考えています。それがとうとう噴出したのが、人民代表大会が2014年8月31日に、中国が普通選挙を拒否する決定を行ったことによって起きた「雨傘運動」だったのです。

「自治」と「独立」に分かれる「本土派」

野嶋:具体的に本土派は、香港と中国のどこが違うと考えているのでしょうか。

方志恒:本土思想とは、香港の主体性を強調し、文化、制度、価値観などで中国大陸とはかなり違った香港独自のものがあるということを論じています。私たち香港人のアイデンティティは中国人とは違っている。これが香港の本土思想の基本線です。

ただし、本土思想の論述は基本的に2派に分かれます。1つは、中国の香港に対する主権は否定も肯定もしないが、「自治」を守ろうということを核心的な価値観として強調する自治派です。そして、もう1つが「独立派」で、彼らは北京に完全に絶望し、北京を信用せず、独立を追求するのです。

独立派は「中国は信用できない、中国が香港に自治を与えないならば独立しかない」という理論を展開させます。中国の主権の下では、香港人としてのアイデンティティを保つことはできなさそうだ。だから、主権国家を獲得してこそ初めて自主と自治を守る事ができる。そういう風に考えるのです。

北京の香港政策次第

野嶋:自治派にとっては、独立は選択肢ではないということですね。ですが、もし中国共産党が香港に自治を与えないとなったらどうするのでしょうか。最悪のシナリオとしても、香港独立は選択肢に入らないのですか。

方志恒:私の考えでは、本土独立派と本土自治派のどちらが香港における反対運動のメインストリームになるかという問題は、今後の北京の香港政策を見ないと分かりません。もし北京が非常に強硬で、常に香港に干渉し、香港に不合理な普通選挙制度しか認めないなら、本土自治派の希望はすべて壊れてしまうでしょう。本土自治路線がこれ以上の打撃を受ければ、多くの人が民主派を離れて独立論に向かうでしょう。自治に対する絶望を突き詰めると、海外への移住という選択肢以外には、独立しか道を見いだせなくなるからです。つまり、北京が香港をどのように見るかによって変わってくるのです。非常に強圧的に「天朝」的心情で香港問題を処理しようとすれば、自治派はどんどん減り、独立派がどんどん力を持ってくるでしょう。

逆に、もしも北京が香港政策を調整して、人気のない現在の梁振英行政長官を取り替え、普通選挙を認めないとした人民代表大会の決定を改めるなどの妥協を示せば、香港独立の訴えは力を失うかもしれません。すべては北京の香港政策次第なのです。

待てない若者たち

野嶋:いまの本土派のなかで比較的過激な主張をする人たちは、2047年の香港返還50年までに、自分たちが独立をするか1国2制度にとどまるか、その決定を自分たちで決めたいと主張していますね。

方志恒:2047年は遠い未来です。香港基本法と中英声明によって、香港の自治は50年間変わらないとされていますが、それは一種の希望的観測のようなものです。若者にとってはそこまで待つことは難しい。彼らはいま自決や独立を唱えています。青年新政、香港眾志のような雨傘運動関係の若い人々の入った新しい政党は、2019年、2020年には自己決定の機会があるべきだと言っています。彼らは2047年まで待てないのです。

野嶋: 自己決定というのはどういう方法で実現しますか。

方志恒:彼らは、「公投(住民投票)」を掲げています。問われるのは独立です。当然、北京は住民投票にノーといいます。ですが、民間が主催したものだったとしても、実際に多くの人が住民投票に参加した場合、それは政治運動になり、北京に大きなプレッシャーとなります。ですから、自己決定を唱える若者たちは、2047年まで待とうとせず、早急に住民投票を推し進めるでしょう。

「本土思想」はすでに主流の価値観

野嶋:方さんが唱えている「革新論」は、本土自治路線と言っていいのですね。

方志恒:はい、基本的に本土路線であり、主権の問題には触れない、それが我々の原則です。ただ、少し複雑なのは、民主派の仲間は自分たちのことを本土派と呼ばれることを好みません。また、民主派は、1国2制度と中国人アイデンティティを主張の根本に置いています。民主派の特に年齢の高い層の人々は、自分たちが中国人であり、香港人でもある、という点にこだわります。しかし、本土派は香港人という身分は特別なものであり、中国人とは違う、という考えです。ですから、この定義からみれば、民主派は本土派ではありません。ただ、同じ民主派でも、公民党のように比較的本土派に近い思想を持っている政党もあります。公民党も完全には本土派とは言えませんが、民主派より本土派に近い。

野嶋:日本人には分かりにくいのですが、香港における「本土」の定義を改めて明確にしていただけますか。

方志恒:香港人が独特のアイデンティティを強調し、香港には独自の文化、制度、価値観があると考えることです。自治でも自決でも独立でも、本土派のみんなにとって最大の共通点はこの部分となります。

しかし、この独自性をどうやって我々が維持していくのかという点で、方法論が違ってきます。私たちは「永続自治」という概念を訴えています。香港の独自性を保障するために永続的に自治を守っていく考えです。

独立論の人々は独立によって独自性を守ろうと考えるのです。そこに違いがありますが、香港は香港で中国と異なるという考え方については本質的には同じで、香港の若者の間では、本土思想はすでに主流の価値観になっており、その傾向は今後も変わることはないはずです。


野嶋剛

1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2016年10月7日フォーサイトより転載)