人は国境を越えて心を通い合わせることができるのです。--ジャン・チンミンさん

日本で活躍する外国人のライフヒストリーを伝えるMy Eyes Tokyo、旧正月に縁の深い人たちのインタビューのラストは、日本LOVEな中国人映画監督、ジャン・チンミンさんです。日中共同制作映画『東京に来たばかり』でメガホンを取りました。
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日本で活躍する外国人のライフヒストリーを伝えるMy Eyes Tokyo、旧正月に縁の深い人たちのインタビューのラストは、日本LOVEな中国人映画監督、ジャン・チンミンさんです。日中共同制作映画『東京に来たばかり』でメガホンを取りました。

この映画は、今年夏にMy Eyes TokyoでインタビューしたPRプロデューサー・小松崎友子さんが企画段階から関わった映画で、劇中には対となる要素をうまく組み合わせて"中国人から見た日本"を見事に描いています。"日本人&中国人""老人&若者""都会&田舎""男&女"・・・それらの真中に静かに佇んでいるのが"囲碁"であり、囲碁が国籍や世代が違う者同士をつないでいます。

「外国人が見た日本」をアメリカ人が映せば、それは『Lost In Translation』(2003)になる。素晴らしい映画ですが、結局は2人のアメリカ人同士の孤独で終わった印象があります。でもこの『東京に来たばかり』には人と人との触れ合いがありました。"異国での孤独"を描くか"異国での人との触れ合い"を描くか - 監督であるジャン・チンミンさんが後者を選んだのは、彼が日本に8年も住み、日本や日本人を愛したからでしょう。

ジャンさんが日本を舞台に映画を製作した背景や、諸問題に揺れる日中関係への思いを、赤裸々に語っていただきました。

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ジャン・チンミン(蒋欽民)

■ 日本への"不安"と"好奇心"

この映画の主人公は、囲碁の達人である中国の若者です。私は囲碁があまり得意ではありませんが(笑)囲碁を映画の中心に据えました。それは、囲碁が中国でも日本でも人気のある東洋文化の典型だからです。また、囲碁の対局は人間関係を表すかのように進んでいきます。棋士同士が攻めたり守ったりする、それはあたかも人生が碁盤の上で進んでいくようなものです。だから私は、人生を碁で映し出したいと思いました。

映画のタイトルである『東京に来たばかり』。このタイトルは、映画のテーマそのものです。日本に突然来ることになった主人公が、日本という大きな舞台にどのように入っていくか、そこを描きたいと思いました。主人公の「吉流(よしりゅう)」は外国人ですから、日本に来てとても不安を抱いたり、いろいろ迷ったりして気持ちが不安定になっているわけですが、そのような「日本に来たばかり」の人物の状況を描こうと思いました。だから吉流が中国を出国するシーンではなく、日本に来たシーンをファーストカットに持ってきたのです。

吉流が東京に来たばかりの時の反応は、まさに私自身の反応でした。つまりこの映画は、その当時の自分の経験をそのまま描いたものです。吉流を演じた俳優のチン・ハオには、彼が吉流役に決まった時、自分のかつての経験をじっくり語りました。ですので彼は、来日した頃の私自身の気持ちや雰囲気をそのまま表現できたと思います。

日本に対する態度や理解においては、吉流は中国人の典型だと思います。中国人が日本と出会ってどう反応するかを、この吉流という人物を使って描きました。何と言っても日本は経済大国であったわけで、吉流もそういう目で日本を見ているわけですね。不安を感じながらも、日本に対して好奇心を持っている。それが中国人なんです。

■ 欧米人とも韓国人とも違う中国人

中国人は、恐らく欧米人や、すぐお隣の韓国の人たちとさえも違った気持ちで日本というものと出会うと思います。中国人にとっては、日本というのは馴染み深くもあるけれども、一方で見知らぬ国でもあります。中国人にとって日本は、電気製品に代表されるような経済大国のイメージがすごく強かった。でもそれは表向きの日本への理解であり、"内なる日本"については、ほとんど分かっていません。なぜなら多くの中国人が日本人と触れ合う機会に恵まれないです。ですので中国人は"馴染み深さ"と"未知"という相反する感覚を持って日本に来ると思います。

中国は今もなお発展途上にある国です。その点が韓国とは少し異なります。韓国は、歴史的な問題は別にして、経済的には日本と肩を並べるくらいになっています。韓国人は頑固な一面はあれど、一方で開放的でもある。だから日本というものをそれほど気にしていないのではないか、と思います。

でも中国人はそうじゃない。そのような中国人の若者が日本に対して抱えるコンプレックスを、吉流が表しているのです。中国という社会主義の国の国から、資本主義の日本に来た。そういう点で言えば、韓国だけでなく台湾などとも違います。中国は経済的には資本主義に近づいているかもしれませんが、教育では社会主義の基本を叩き込まれます。なので私たちの思想や観念は、今も社会主義がベースなのです。

■ "行商"は日本人の代表

この映画をきっかけに、中国国内で倍賞千恵子さんのファンクラブが出来たと聞きました。300人くらいの組織で、会員の大半は若い人だそうです。これには私も驚きました(笑)倍賞千恵子さんが演じた"行商"の老婦人が"すごく魅力的な日本のおばあちゃん"と彼らの目に映ったそうです。

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私は彼女のような行商の方を、日本にいた頃よく電車の中で見かけました。野菜が入った重たい箱を背負う女性たちの姿が、強烈に脳裏に焼き付きました。ですので倍賞さんが演じたこのキャラクターは、日本人の代表でもあるわけです。他の人なら恐らく、このような行商のおばあちゃんに目は向かないでしょう。私が興味を持って見つめ続けてきたのは、彼女のような"普通の日本人"です。私は"普通の人"をもっともっと発見したいのです。

また、若者とお年寄りの両方を1つの映画に登場させることで、現代の日本を描き出そうと思いました。そしてそうすることにより、一昔前の日本人の考えをお年寄りの姿から把握でき、若者の姿からは今の社会の現状を知ることができるのではないでしょうか。お年寄りの方を登場させることにより、かつての日本人の物の考え方や文化的素養を見ることができる。一方で若者の姿から、今の日本社会の現状を知ることができると思います。吉流の親友として登場する五十嵐翔一は、私が日本で出会った若者たちを総体化した人物です。この"担ぎ屋"のおばあちゃんと翔一を映画に登場させることは、私にとって自然の成り行きでした。彼らに、私が日本に対して抱いた思いを託したのです。

私はこの映画を作ることで、今の日本のありのままの姿を中国の人たちに伝えたいと思いました。でもそれ以上に強かったのは、私が日本人をどのように理解しているか、私が日本で何を発見したのかを、この映画を通じて表現したいという思いでした。

■ 日本への尽きない関心

私は1992年から2000年までの8年間、日本にいました。来日当時は、日本をテーマに映画を撮ろうとは思っていませんでした。しかし日本で生活するうちに、映画製作のインスピレーションが湧いてきました。この『東京に来たばかり』の下敷きになっているのは、100%私個人の経験です。もちろん映画ですから、劇的な演出を加えた部分もあります。でも映画の中で起きたことは、全て私の経験や体験の記録がベースになっています。

日本に来た理由のひとつとして、映画演出の勉強がありました。でも監督になるための勉強なら、別に日本でなくても他のどこの国でも出来ます。私が日本に来たのは、日本に対する興味が自分の中に元々あったからに他なりません。特に日本人に対する関心が強く、精神面のみならず生活面でも、日本人を理解することは私に取って"永遠の関心"であり、絶えず好奇心を駆り立てられました。

また、日本そのものも政治的・経済的に特色のある国です。だから日本に来てからいろいろ発見することが多くありました。日本に対する興味と、演出について勉強したいという思いが重なったのです。

私が初来日した'頃と、それから21年経った今を比べて、日本は私の目から見てそれほど変わっていないように思います。一方で中国は、ここ最近劇的な変化を遂げていますよね。それに比べると、もちろん経済的な波乱が日本にはあったわけですが、それでも社会はほとんど変わっていないとさえ思います。

■ "尖閣"を越えて

とても残念なことに、『東京に来たばかり』の中国での封切り後に尖閣諸島の問題が起きました。日中関係はさらに悪くなり、私は非常に心が痛みました。日中国交正常化(1972年)より前の状態にまで戻ってしまったわけです。いろいろな分野での努力が全て無駄になった、その無力感をすごく感じました。日中間に様々な人たちの往来があり、両国関係が良い方向に進んでいたと思いきや、状況が大幅に後退してしまったのです。私自身の力不足も感じました。

でも、そんな状況でも「あきらめない」ことが大事だと思いました。私は日本に対しても中国に対しても、複雑な思いで見つめるしかなくなったのですが、しかし状況改善のために努力しない限り、現状を打開できません。これだけはあきらめたくありません。

この映画には、頑固なおばあちゃんと頑固な孫という家族が登場します。そこに中国人の若者が現れるわけですが、最後には3人の間に家族の"情"のようなものが通い始める。つまり「人は国境を越えて心を通い合わせることができる」ということを伝えたいのです。

これまで日中両国の間には、波はありました。でも関係は相対的に見て良い方向へと向かっていたと思います。そこへ尖閣諸島の問題が起き、改善の兆しを一気に断ち切ってしまった。

それでも、私はこの映画がもっと前に上映されていれば良かったとは思いません。今のように日中関係が緊張した状況だからこそ、この映画の日本での上映はより意味を持つと思っています。

尖閣諸島問題により、日中が互いに理解できなくなってきた。しかも理解しない方向へとマスコミがさらに駆り立てるわけです。でもそのような政治的な問題というのは、普通の庶民の生活にどのくらい深く関わっているのでしょうか?我々が目を向けるべきは、普通の人々の生活であり、また普通の人々の往来です。日中関係がこれからも良い方向に進むように、この関係を大事にして育てていかなければいけないと思います。

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明日(2013年11月9日)ついに日本でも公開されます。日本の人たちにも、もちろんご覧いただきたいと思っています。そして外国人の監督がどのように日本を見たか、何を発見したかを感じ、皆さんの国について再認識していただけたら嬉しいです。日本の皆さんからどのような反応が返ってくるか、楽しみにしています。

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2013年11月9日、上映初日。ご覧のように、超大入り!朝の上映にも関わらず、立ち見ができたほどでした。

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上映後は、ジャン監督と主演の倍賞千恵子さんが舞台挨拶。多くの報道陣が取材に来ていました。

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倍賞さんは言いました。

こんな時だからこそ、この映画をたくさんの方々にご覧いただき、"人間はどこの国に行っても、どんな人でも、何も変わらないんだよ"ということを分かっていただけたらと・・・私はそんな思いをこの映画に込めています。一人でも多くの方に、お友達でもどなたでも構いません。"この映画を見て!"と言っていただければ、たくさんの方に見ていただけることにつながるのではないか、と思っています。

実際にご覧になった方々に、感想を聞いてみました。

●日本人 女性

「この映画はハッピーエンドだったのでしょうか?登場人物のその後が知りたいと思いました」

●日本人 男性

「人間は一人一人通じ合うということが伝わってきました。日本人と中国人は国を隔てて分かれているけど、源流をたどれば同じ民族なのだと感じました」

●日本人 女性

「淡々とした演出でしたが、私はそれが好きでした。主人公の感情を抑えた演技が印象的でした」

●中国人 男性

「何回かすでに見ました。実は私は、ジャン監督と一緒に東京のカプセルホテルでアルバイトしていたのです。だから主人公の吉流が劇中でやっている仕事は全部出来ます。まるで20年前の私のようでした。今、この中日関係が厳しい中で、このような中日友好映画を公開できることに、私は中国人として感動しました。やはり日本は民主的で自由な国だと思いました」

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●日本人 女性

「私はこういう映画が見たかったのです。ジャン監督はちゃんと日本を知っていらっしゃり、日本人の良いところをきちんと描かれている。私はこの映画のDVDを既に拝見していましたが、こういう作品が中国本土で上映されたら、日本人に対するイメージも変わると思いました。同時に日本人にも見てもらいたいと思いました」

●日本人 男性

「田舎の風景をフォーカスしていたのが印象的でした。あと、ラストシーンも素晴らしく、日本人女性の"2つの顔"とそれらのギャップにフォーカスしていたのが良かったです。あのラストシーンを描くために、監督は逆算して映画を撮られたのではないかとさえ思います」

● 中国人 男性

「私は今日で2回目です。1回目は映画そのものに集中していましたが、今日は吉流と自分とを重ね合わせて見ました。私は上海と東京にそれぞれ同じくらいの年数住んでいますが、その間に起こった出来事を思い出し、涙してしまいました。それにこの映画では日本と中国の共通点がうまく描写されていました。結局は日本人とか中国人とかは関係なく、囲碁を通してつながりました。だから日中両国とも、お互いの相違点よりも共通点を探すべきではないかと、改めて思いました」

●中国人 女性

「私の先輩の中国人留学生たちからお聞きした状況と同じだと思いました。今私は大学の寮に住んでいますが、先輩たちはもっと和を感じられる家に住んでいたと聞きます」

●中国人 女性

「留学生として、最初のシーンからこの映画に共感していました。最初から涙がボロボロ出ました。国が違う限り、いろいろな誤解が生まれると思いますが、それらを経てやがて理解に結びつけばいいな、と思います」

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全国主要都市で上映中です。上映劇場・スケジュールはこちらをご覧下さい。

【関連リンク】

東京に来たばかり 公式ホームページ:http://tokyonikitabakari.com/

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(2013年12月7日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)