バルスはテレビとネットの壁を壊す呪文かもしれない

次回の"バルス祭"がいつかはわからないが、日本テレビはほぼ二年ごとに『ラピュタ』を放送してきている。もしそうなら、これからの二年間でテレビとネットの融合は、また新たな局面を迎えるのかもしれない。今回で視聴率にも影響したなら、かなり具体的なビジネスにつながる動きが出てくる可能性がある。
|

2013年8月2日の夜、ネットを何度目かのバルスの波が襲った。

このブログの読者の皆さんなら説明は不要だと思いつつ、簡単にふれておこう。"バルス"とは、宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』のクライマックスで主人公2人が唱える呪文だ。そしてこの"バルス"という言葉は放送中に唱えられる瞬間にネット上で視聴者によって一斉に発信され、過去には2ちゃんねるのサーバーをダウンさせたこともある。

前回、2011年12月の『ラピュタ』放送時にはTwitterでの"秒間ツイート数"つまりバルスの瞬間の1秒間のツイート数が25,088で世界記録となった。今回の放送ではこの記録を塗り替えどこまで伸びるかが注目されていた。

結果は当日深夜、TwitterJapanの公式アカウントで発表された。その数なんと、143,199TPS(Tweets Per Secondsだと思う)に達したそうだ。前回の数字を大幅に超えて途方もない記録が成立した。

Open Image Modal

その瞬間のTwitterの盛り上りをWizTVで表示

ということはつまり、Twitterのユーザーがこの2年間でそれだけ増えたということだろうし、"バルス"現象の認知度も格段に高まったということでもあるだろう。実際、著名人や企業のTwitterアカウントも参加したらしく、それらをまとめたサイトを見るとプレイステーションやアマゾンのアカウントまで"バルス"とつぶやいていて笑える。

また、Yahoo!Japanのサイトには「バルス」と書かれた謎めいたバナーが置かれていて、押してみるとサイト全体が"崩壊"してしまうという、手の込んだジョークが仕込まれていた。それくらい、今回の『ラピュタ』放送はネット中で開催される"バルス祭"ともなっていたのだ。なんとも素敵で楽しいことか。

前回の『ラピュタ』放送時にはTwitterで盛り上がったわりには視聴率が大きく上がらなかった。だが今回はおそらく視聴率にも影響が出たのではないだろうか。(追記:今回の平均視聴率は18.5%で2011年放送時の15.9%を大きく上回ったそうだ)

それにしてもこれは面白い現象だと思う。なぜ『ラピュタ』でこういう祭が起こるのかについては、2011年の時に書いた「バルス!それはまた起こりえるか?」という記事を読んでもらうといいのだけど、ようするにこの映画はいまのアラサー世代に特別な愛された方をしたのだ。

ぼくは2011年の『ラピュタ』放送当日まで、"バルス"なんて実は知らなかった。しかもぼくは、学生時代にこの映画を劇場で観てかなり興奮した記憶さえある。でも最後の呪文が何だったかなんて憶えてなかった。この呪文をはじめ、「見ろ!人がゴミのようだ!」などのセリフひとつひとつをアラサー世代が子供の頃の遊びに組み込んでいたのだ。彼らが成長しネットユーザーの中心世代となった時、"バルス"が子供の頃の延長線上でネットの遊びになったのだった。

この"バルス"はラピュタを崩壊させる呪文でありムスカ大佐の野望を打ち砕くために放たれたが、ぼくたちのメディア社会にも大変な影響を与えたと思う。

2011年はテレビとネットの関係の中で特別な年だった。それまでテレビ局(詳しく言えばその上層部)はネットを敵視し忌み嫌ってきた。現場がネットを活用しようとすると待ったをかけ、敵に塩を送るとは何事かとおさえつけた。ネットは、テレビから視聴率を奪う敵だと信じられていたのだ。

それが2011年になると各局それぞれ、でも一気にネット活用が進んだ。「ソーシャルメディアなんか何書き込まれるかわかったもんじゃない」という反応だったのが「なぜうちの局はFacebookやってないんだ」と言い出した。YouTubeに各局が専門チャンネルを持ち、番組のTwitterアカウントも次々にスタートした。どうやら、Twitterで番組についてつぶやきが増えると視聴率にプラスに働くというアメリカでのデータが伝わったせいのようだった。

そして極めつけが12月の"バルス"現象だった。番組の視聴率を大きく動かしたとは言えないようだが、テレビ番組へのネットの反響が、大きな影響力を持つらしいことは感じとれた。どういうメリットが得られるかはまだはっきりしないが、テレビ局にとってソーシャルメディアは活用すべき対象だと多くの人びとが認識したようだ。

翌年2012年からはNHKでTwitterの書き込みを画面に表示する「NEWS WEB24」がはじまったり、日本テレビがJoinTVというソーシャル活用のシステムを発表したり、各局次々に取り組みがはじまった。まるで"バルス"の呪文がテレビとネットの間にあった壁を崩壊させたかのようだ。

そして実際に今回の"バルス祭"は前回を大きく上回り、記録も残したのだから、この1年と8カ月の間にテレビとネットの融合はぐいぐい進んだと言っていいだろう。

次回の"バルス祭"がいつかはわからないが、日本テレビはほぼ2年ごとに『ラピュタ』を放送してきている。もしそうなら、これからの2年間でテレビとネットの融合は、また新たな局面を迎えるのかもしれない。今回で視聴率にも影響したなら、かなり具体的なビジネスにつながる動きが出てくる可能性がある。"バルス"がもたらす次の流れに期待したい。

コミュニケーションディレクター/コピーライター/メディア戦略家

境 治

sakaiosamu62@gmail.com