「有馬記念」を前に考える、有馬頼寧の画期的なアイディアと行動力。 (本田康博 証券アナリスト・馬主)

毎年、JRA中央競馬の締めくくりを飾るのは、千葉県船橋市にある中山競馬場で開催される「有馬記念」、日本最高の売上を誇るグランプリレースです。
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毎年、JRA中央競馬の締めくくりを飾るのは、千葉県船橋市にある中山競馬場で開催される「有馬記念」、日本最高の売上を誇るグランプリレースです。

■有馬記念がグランプリ(最高賞)と呼ばれる理由

競馬ファンの間でグランプリレースと呼ばれる有馬記念ですが、なぜグランプリと呼ばれるかは、競馬好きでも意外に知らない方は多いでしょう。グランプリは、フランス語のGrand Prix(大きな賞、最高賞)由来の外来語で、様々な分野の最高位とされる賞や、それを選出するコンクールや競技会を意味します。

有馬記念がグランプリと呼ばれる理由の一つは、このレースがファン投票で選出される最高の馬たちのためのものであり、その中の最優秀を選ぶレースだからです。ファン投票の上位馬が最優先で出走資格を得られるレースというのは、有馬記念以外では初夏の宝塚記念しかありません。

まさにその年の総決算で、最高の馬が勝つのが有馬記念なのです。近年の優勝馬を見ても、ディープインパクトやオルフェーヴル等、歴史に名を残すような名馬が名を連ねています。

そして、グランプリと呼ばれるもう一つの理由が、有馬記念が当初「中山グランプリ」としてスタートしたということです。当時の日本中央競馬会(JRA)理事長だった有馬頼寧(ありまよりやす)の発案によって開催されたこのレースは、その第一回レースのわずか17日後に急逝した有馬頼寧の功績を称え「有馬記念」に改称されました。

有馬記念ならではのファン投票の仕組みも、戦前に東京セネタースのオーナーだった有馬頼寧が野球のオールスターゲームから着想を得たものと言われています。

ちなみに、東京セネタースは、現在の北海道日本ハムファイターズです。

■競馬の健全経営のために有馬がとった荒業

一般にも良く知られている通り、競馬の売上の一部は国庫に納付され、農林水産業を中心に様々な分野に有効活用されています。この納付金について定めているのは、競馬の存立について規定している「競馬法」ではなく、JRA設立のために制定された「日本中央競馬会法」の第27条です。売上から当たり馬券への返戻を控除した金額のうち、売上の十分の一に加え、決算後の剰余金の半分を国庫に納めることが規定されています。

いまでこそ財務状況にまったく問題のないJRAですが、実は有馬頼寧が理事長だった戦後間もない頃は、老朽化した施設のメンテナンスもままならないようなカツカツの状態でした。国庫への納付後の残額だけでは競馬を健全に運営するのは難しく、そのまま放置すればさらに客足が遠のき経営困難に陥る可能性もあります。そうなれば国庫への貢献も十分にできず、ジリ貧です。

そうした状況の中、有馬頼寧の打った手が秀逸でした。

彼は、政府関係者に働きかけ、通称「有馬特例法」と呼ばれる「日本中央競馬会の国庫納付金等の臨時特例に関する法律」を制定させたのです。この特例法により、期間限定で、(1)老朽化し保安上問題のある建築物等の復旧・改築の資金を調達するために競馬法で定める以外の臨時開催を可能とし、さらに(2)その売上に係る本来国庫納付金として支払うべき金額の全部または一部を納付しなくても良いということになりました。

そうして行われた臨時開催による収益で、中山競馬場大スタンドの建設等のインフラ整備が進んだことが、その後の日本競馬界の発展に大きく貢献したのだと思います。

■ダブルバインドの呪縛から逃れるには

矛盾した二つ以上のミッションを抱えて困って途方に暮れてしまうような状態をダブルバインドと言いますが、 (1)法令に定められた多額の国庫納付と、(2)荒れ果てた施設の復旧・改築のための喫緊の資金ニーズは、当時のJRAと有馬頼寧が直面した財務面でのダブルバインドでした。

彼はこれを「法令の方を一時的に引っくり返す」という荒業で乗り越えたわけですが、彼のこのやり方は我々も大いに参考にすべきでしょう。

もちろん、彼のように法令を引っくり返すなんてことはできませんが、我々にでもちゃぶ台くらいなら引っくり返せることもあるでしょう。

見習うべきは、ダブルバインドだと思っている制約や指示が、本当に絶対覆らないものなのかとチャレンジする姿勢や視点です。ダブルバインドで精神的にまいってしまう人は、制約や指示に対して真面目で従順すぎるのだと思います。

大きな分厚い壁に見えているものが実はぺらぺらのベニヤ板だったというのは、意外に良くあることです。ダブルバインドで困ったときは、バインド(呪縛)しているものに思い切ってぶつかってみるのが、呪縛を解く一番簡単で有効な方法のような気がします。

経営的視点からの競馬論や発想の転換に関しては、以下の記事も参考にしてください。

■まとめ

・有馬記念は、ファン投票で最高の馬を選ぶグランプリレースです。

・有馬記念は、有馬頼寧のユニークな発想が作った日本で最も人気のあるレースです。

・有馬記念は、法令を法令で引っくり返す荒業で日本競馬発展の礎を作った有馬頼寧を称えるレースです。

・ダブルバインドで困ったときは、ちゃぶ台返しで道が開ける場合が多いです。

本田康博 証券アナリスト・馬主・個人投資家