SHINJI - SMILE 岡崎慎司の"笑顔"が呼び込む勝利

サッカーで、レスター・シティのプレミア優勝が決まった。誰も予想だにしなかったこの事態を国外ではとかく誤解されがちな『日本人の笑顔』をキーワードにひも解いてみた。
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レスター・シティのプレミア優勝が決まった。誰も予想だにしなかったこの"喜ばしい事態"を国外ではとかく誤解されがちな『日本人の笑顔』をキーワードにひも解いてみた。そして、岡崎慎司の立ち位置を今一度確認し、喜びを噛みしめたい。

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●世界の舞台で輝く岡崎の『笑顔』

まずはじめに、我々は認識しておく必要がある。"岡崎選手はちゃんと仕事をしている"ということをだ。契約金に見合った(いや、おそらくそれ以上の)働きをしているのである。その上での、あの『笑顔』だ。笑顔以前のところで何も出来ていなければ、ただ「へらへらしている」と捉えられても文句は言えない。

プロフェッショナルの世界では、あっという間に評価は変わる。世界最高峰ともいえるリーグならば、なおさらのことだ。今現在、岡崎慎司は"笑顔も"賞賛されているのだ。

岡崎が籍を置くのは、イングランド・プレミアリーグの中堅クラブ、レスター・シティFCである。豊富な運動量と献身的なプレー、泥臭いが"ここぞ"という時のゴールの臭覚には、指揮官のクラウディオ・ラニエリ監督も信頼を寄せている。シーズンの中盤こそ途中出場が多かったが、与えられた時間のなかで結果を出し、いまやツートップの一角として前線のポジションを確固たるものにしつつある。

目の肥えたプレミアファンは、直接ゴールに結びつかないプレーでも、効果的なポジション取りやチームメイトとの連携に評価の目を向ける。レスターファンも例外ではない。彼らにとって岡崎は、実に"良い"プレーヤーなのだ。

チームは、今シーズンかつてない程に調子がいい。フォワード陣が爆発しているのと、イタリア人監督ならではの安定した守備が上手い具合にはまった結果であろう。そして、ファンの中では "勝利を呼び込む"日本人の存在が注目されている。

レスターの本拠地は、イングランド中部レスターシャー・レスター。創設は1884年で、歴史からいえば、アーセナルやチェルシー、リバプールなどよりも古い。かつてはカップ戦の覇者になったこともあるが、決して強豪と呼ばれるクラブではない。

2010年からは、タイ人の富豪ヴィチャイ・スリバッダナプラバ氏がオーナーになり、強化予算は以前よりもぐっと良くなった。だからといって、マンUやマンC、チェルシーといった、いわゆるビッグクラブと同じように、スター選手を補強できるわけではない。

チームのナンバーワン・フォワードは、なんといってもジェイミー・バーディーだ。背番号「9」を背負う29歳のイングランド代表選手は、岡崎と同様よく走り、ゴールを量産する。世界中のビッグクラブが狙っている逸材である。岡崎との相性は抜群で、互いの信頼関係は"言語の壁"を越えている。

二人の間がこれほどまでにしっくりいっているのには、ちょっとしたきっかけがあった。あまりいいきっかけではないのだが、結果オーライである。

●差別発言問題

岡崎の対応をファンが賞賛

その事件は、岡崎慎司がレスターに移籍して間もなくのことであった。ある晩、バーディーはチームメイトを含む数人の友人たちと市内のカジノにいた。そこで、近くにいた東アジア系の男性と問題を起こしたのである。翌日になると、「レスターのバーディーが差別的発言」という大見出しのニュースが一斉に報じられた。

ここ数年、FIFA(国際サッカー連盟)を筆頭に各サッカー連盟(協会)は、様々な『差別撤廃』に向けてのキャンペーンを打ち出していた。たびたび起こるスタジアムでの悪質なチャント(応援歌)や、行き過ぎた揶揄や主張を書き込んだ横断幕、国によっては暴力事件も起きていた。

そういった行為には、各連盟が厳しい措置で臨んでいた。『人種、性別、種族的出身、宗教、性的指向、もしくはその他のいかなる理由による差別も認めない』。サッカー界においては、いかなる差別もタブーという姿勢を貫いている。そんな中でのプロ選手による事件であった。

バーディーの件が公になったのは、カジノでの一部始終がネット上に動画として流れたからである。出所は発表されていない。酒に酔った本人が暴言を繰り返し、男性につかみかかろうとするのを、仲間がこれまた放送禁止用語をふんだんに使って止めに入っている、というものであった。

「ジャップ!この野郎、あっちへ行け、ジャップ!」

それは数分間続いていた。後でわかったことなのだが、どうやらアジア系男性客が、ポーカーをしているバーディーの背後から手持ちのカードの中身をのぞき込んでいたらしい。それに怒った末での暴言だったようだ。

バーディーの用いた言葉が、日本人に対する蔑称だったのが事をややこしくしたのだ。「ジャップ」は「Japanese」の短縮語だが、第2次世界大戦中は日本人に対する蔑称として使われていたことは、よく知られている。

クラブ側は直ちに事実確認に動き、バーディーはマスコミの前で謝罪会見を開いた。そして罰金が科され、「多様性認識トレーニングのプログラム」も受けることになった。多様性認識トレーニングのプログラムとは、ひらたく言えば"道徳の授業"である。もちろん、同僚の日本人である岡崎にも謝ったという。

そして迎えたリーグ戦。岡崎はプレミアリーグ初ゴールをあげ、近くにいたバーディーと笑顔で喜びを分かち合ったのだ。その直後から、岡崎株は急激に上がったのである。

「他の選手だったら、目も合わせないだろう」「ありえない。あんなことを言われたのに」「奴は人格者だ」「あの岡崎の笑顔を見たか!」

ネット上には驚きの声が上がっていた。バーディーもまた、ばつが悪そうに笑顔を見せていた。彼に悪気があったわけではないのは、誰もが理解している。褒められたものではないが、バーディーの口の悪さは、育ちと習慣によるところが大きい。

イギリスという国は、日本では想像がつかないほどに階級社会が徹底している。バーディーは底辺の生活から苦労して現在の地位を確立したのだ。あまり深く考えずに差別用語を口にしたのは明白である。

岡崎は試合後にこうコメントしている。

「ジェイミー(バーディー)は心から反省していて罰も受けている。だから、この一件はこれで終わりにしてフットボールに集中したい。個人的には、彼といい関係を築けていると思っている。冗談を言い合うし、いい奴だよ。ピッチでも息が合っている。2点目につながったプレーは、ジェイミーと自分の相性の良さを示している」。

岡崎は屈託のない笑顔でインタビューに応じた。現在、ふたりの関係はプレー以上に良好だ。岡崎の笑顔がもたらした奇跡のひとつである。

●日本人の笑顔論

少し、「日本人の笑顔」について考えてみよう。一般的にだが、日本人の笑顔は海外で理解されにくい。おもな理由は2つある。ひとつは、「あまり笑わない。笑っても(口元を)隠す」というものだ。もうひとつは、「いつもうっすら笑っていて気味が悪い」というものである。一見両極端にも思えるが、根源的には同じことを指摘されている。『何を考えているのかわからない』ということだ。

これについては、様々な文化人類学的な論説がある。歴史的に、異民族・異文化との接触や交流が多かった地域、あるいは、それらの集合体で国を形成している地域は、意思や感情をはっきりさせる必要がある。両者に誤解を生じさせることは、意見が違うことよりもずっと問題が大きくなるからだ。

逆に、四方を海や山で囲われ、民族的にも性質的にもあまり差がない地域の場合は、ことを荒立てないことが、ともに暮らす上での条件になる。日本はこちら側に属する。

いずれの場合も、人が他者と快適に暮らす上での「知恵」と言っていい。あまり感情を見せないという点において、日本人が笑顔を隠すのも、笑顔を作り続けるのも、同じなのだ。

英語のLaugh(ラフ)は、声を出して笑うことをいう。一方、smile(スマイル)は、友好をあらわす礼儀に基づいた笑顔だ。日本人が海外で不評を買うのは、このあたりの表現の幅がないからであろう。下手もすると、Smirk(スマーク)=気取った笑いや、Grin(グリン)=ニヤニヤした軽蔑の笑いと思われることもある。

●笑顔の失敗と、笑顔の成功

岡崎は自著の中でこう書いている。

『笑うことは自分の生き方とイコールで結ばれている』

岡崎は、サッカー人生の中での"成功した笑い"と"失敗した笑い"の両方について語っている。失敗のほうから言うと、2010年2月の「東アジア選手権」でのことだ。ホームの日本代表は、最終戦で最大のライバルである韓国に3-1で敗れてしまう。そこまではよくある話だ。問題はその試合直後だった。

スタジアムの客席も、おそらくテレビの前のファンも、がっくりと肩を落としていたに違いない。そこに岡崎の満面の笑みが写し出されたのである。これに対して、視聴者からは「けしからん」という抗議の声が上がったのである。偶然のワンカットとはいえ、タイミングが悪過ぎた。ワールドカップの壮行試合であったことも災いした。

後日談だが、岡崎には岡崎なりの考えがあっての笑顔だったことが伝えられた。「韓国に弱みを見せたくない」「この敗戦は日本代表にダメージを与えていない」。そんな強気の姿勢が、あの表情を作っていたのである。ただし、本人もこの時の笑顔はミスチョイスだったと反省している。

次は "成功した笑顔"のほうだ。岡崎の笑いには、怒りの鎮静作用もあるらしい。本の中では、ドイツでのエピソードが綴られている。当時、ブンデスリーガでともに戦うチームメイトは、みな感情をそのまま顔や行動に表す、血の気の多い選手たちばかりだった。

上手くいっている時はいい。ただし、負けが混んだり、コンビネーションが崩れ失点するようになると、とたんに雰囲気が悪くなる。そんな時、岡崎の笑顔は見方を落ち着かせるのに一役買うのである。ある種のトランキライザーといえる。敵に対してもそうだ。わざと煽ってくる相手選手に "不敵な笑み"を意識的に発するのだという。

こうしてみると、岡崎の「笑顔」は"作られたもの"のように思えてくる。天然であり、幼少期から変わらないものだというのは、我々の勝手な思い込みなのかもしれない。もちろん、ゴールの後の太陽のような笑顔、あれは正真正銘の本物だと思うのだが。

●上を向いて歩こう

岡崎慎司は、1986年兵庫県宝塚市に生まれた。2歳年上の兄がいて、サッカーをはじめたのも兄の影響だという。兄弟は喧嘩という喧嘩をしたことがないらしい。普通、年の近い男兄弟ならば、年に数回は取っ組み合いになりそうなものだが、岡崎家にはそれがなかったのである。

どうも、弟のほうが意識的に喧嘩を避けていたふしがある。元来争いごとが嫌いなのであろう。なるべくならば揉めずに笑顔で過ごしたい...。それは前述した「日本人の笑顔論」に重なるところがある。

サッカープレーヤーとして、彼は決して恵まれた体を持っているわけではない。テクニックもないし、「足が遅い」というのは有名だ。チームプレーであるサッカーは、ひとりのミスが全体の勝敗に直結する。岡崎は、自分の弱点を自覚した上で努力し、ひとつひとつ解決してきたのである。そこに加えての『笑顔』なのだ。

「笑うかどには福来る」この日本のことわざと同じ意味を持つ英語がある。Laugh and grow fat. 直訳するならば、「笑いなさい。そして太りなさい」となる。"たとえ苦しい時にでも、前向きな明るい態度をしていれば、やがて幸せを呼び込む"という教えだ。岡崎の笑顔には、マイナス面をプラスに転ずる魔法がある。笑顔が勝利を引き込み、日本人プレーヤーの評価を上げ、それはすなわち、日本全体の印象をもアップしている。決して過言ではない。周囲もそれを認めている。

岡崎は自分をシャイな人間だという。傍から見ていて、まったくといっていいほど、そうは思えないのだが...。こんなエピソードがある。レスター・シティでは、新加入選手の"恒例の儀式"がある。なんていうことはない、「みんなの前で立って歌う」というものだ。岡崎たちの"儀式"の模様を、チームメイトのひとりが動画サイトに投稿している。

はじめに歌ったのは、ユースからトップチームに昇格した10代のディフェンダーだった。大きな体に緊張と恥ずかしさを滲ませながら、蚊の鳴くような小さな声で歌っていた。バックから漏れ伝わる音を聞くと、"儀式"は食事会の途中に余興のようにやらされているようだ。あまりにぼそぼそ歌っているせいか、食器が当たる音や、話し声が聞える。

さて、岡崎の番である。ここで選曲したのは、日本が誇る世界的な歌手、故坂本九の「上を向いて歩こう」だ。かつてアメリカのビルボード誌で4週連続1位のヒットとなった、英題『SKIYAKI』である。全英チャートでも10位を記録している。ちょっと古過ぎやしないかとも思うが、この際なんでもいい。誰もが知っているであろう日本の曲をチョイスしたところで、勝負は半分勝ったも同然だ。

「♪上を向~いて、歩~る--こ~おぅおぅぉ~。涙が~こぼれ~ないよ~おぅに...」

岡崎がこぶしをきかせて、これ以上ない笑顔で熱唱をはじめると、チームメイトからは歓声と拍手、そして笑い声があがった。

ファンにはこの"歌う岡崎"も好評のようで、「是非、岡崎の歌をフルコーラスで聞きたい!」「慎司は最高」などといった感想が一斉に書き込まれた。動画は瞬く間に広まり、これまた岡崎の株を上げたのである。

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Profileいとうやまね......ライターユニット主な著書に『フットボールde国歌大合唱!』『サッカー誰かに話したいちょっといい話』(東邦出版)、『トッティ王子のちょっぴしおバカな笑い話』(沖山ナオミとの共著・ベースボールマガジン社)、『蹴りたい言葉~サッカーがしたくなる101人の名言』などがある。

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