米原子力「WH問題」で東芝がはまり込んだ底なしの「無間地獄」--大西康之

引くも地獄、進むも地獄。東芝は「勝ち逃げ」どころか、「負け逃げ」すら許されない状況なのだ。

経営破綻の回避に向けギリギリの対応を続ける東芝。

業績悪化の原因となった米原子力子会社「ウエスチングハウス」(WH)が米連邦破産法第11章(チャプター11)の適用を申請したことで、「海外原発事業のリスクは遮断した」(綱川智社長)と同社は主張している。

日本では、現在新聞紙面を賑わしている「半導体メモリ事業の売却」が実現すれば「東芝の危機は去る」と見られているようだが、視点を米国に移すと全く違う景色が見えてくる。

「リスクは遮断」は本当か

東芝は6月10日、最大の懸案である米原子力事業について、「米国原子力発電所建設プロジェクトに係る当社親会社保証に関する米国電力会社との合意について」という発表をした。

ここで言う「米電力会社」とは、東芝の子会社だったWHが新型原子炉「AP1000」2基(ボーグル3号機、4号機)の建設を発注していた「サザン電力」を指す。

東芝はこのプロジェクトでWH の債務に親会社保証を付けており、この契約に沿って「(東芝は)サザン電力に対し3680百万米ドル(4129億円)を2017年10月から2021年1月までの間に分割にて支払っていくことで合意した」という。

ニュースリリースの中で東芝はこう強調している。

「本合意に伴い、当社の保証責任は今回合意した金額(以下、保証上限額)を上限として固定され、親会社保証にかかる追加での費用負担を遮断したこととなります」

東芝がWH向けに積んだ親会社保証引当金および貸倒引当金は約9800億円。

V.C.サマー原発の2号機、3号機を建設している電力会社の「スキャナ」社、「サンティー・クーパー」社のグループとも親会社保証に基づく支払上限額を確定させるべく交渉している。

2つの交渉がまとまれば、「海外原発に関わるリスクは遮断できる」というのが東芝のスタンスだが、果たして本当だろうか。

実は素人同然の「原子力の名門」

経営破綻したWHが新規の原発を建設しようとしていた2カ所の現場で、何が起きていたか。日経ビジネスの篠原匡らが4月に『日経ビジネスオンライン』で現場作業員の声を紹介している。

「最初の2カ月はただ座っているだけで何も仕事がなかった。給料はちゃんともらった。残業代も含めて。安全に関わるルールが変わるたびに作業が止まるので仕事にならなかった。毎週のように安全ルールが変わるんだ。4年間いたけど、実際に仕事をしていたのは半年くらいのような気がする。給料は税引後で月に8000ドル(約90万円)。兄貴は階級が上なので月に2万ドル(220万円)」(V.C.サマーで働いていた元溶接工のフィリップ)

過去4年間のWHによるプロジェクト管理がいかにデタラメだったかがわかる。

V.C.サマーとボーグルは、スリーマイル島事故の後、途絶えていた米国での原発新設を30年ぶりに再開したプロジェクトである。

WHに実際に原発を作った経験のある社員はいない。「原子力の名門」とは言うが、実際には素人同然の状態だった。

ボーグル3号機の工事が始まったのは2013年3月。米エネルギー省(DOE)は2010年2月、同計画に対して合計83億3000万ドルの政府融資保証適用を約束しており、3、4号機はそれぞれ2017年と2018年に完成する予定だった。

一方WHは、ボーグル3号機が2019年、4号機は2020年とし、「約25億ドルの追加経費が必要」と試算している。

しかし、建設開始から4年が経過した現時点で、進捗率は4割弱。2020年までに稼働しないと政府の融資保証は取り消されることになっているが、「あと3年で完成するとは思えない」というのが現場関係者の見方だ。

政府保証が取り消されれば金利が跳ね上がり、資金負担は激増する。追加経費も25億ドルでは収まらなくなり、プロジェクトの前提が大きく狂う。V.C.サマーも置かれた状況はボーグルとほぼ同じだ。

トランプ政権に駆け込みも

現在、スキャナ社は、「サマー2、3号機の両方を進める、どちらか1基のみ完成させる、片方の作業を一時的に中断して残り1基に集中する、2基とも断念して資金回収方策を模索する」などのオプションを検討している。

スキャナ社の経営陣は「関連情報のすべてを徹底的かつ正確に評価して、顧客やステークホルダーの必要性とバランスを取りながら最も保守的な方向性を探る」としている。

WHのグティエレス暫定社長兼CEOも5月24日、ボーグル原子力発電所とV.C.サマー原子力発電所については、「事業者(電力会社)と長期的な解決策を模索しているところだ」と説明している。

どのオプションを選ぶにしても、追加のコスト負担は避けられないが、米国にとって最も困るのは、計画そのものが頓挫してしまうオプションだ。

スキャナ社などの電力会社は、これまでに原発新設にかかった費用の一部を電力料金に転嫁している。今更「作れません」では、地元の利用者に訴訟を起こされても不思議はない。

地元の雇用にも大きな影響が出る。

米原子力エネルギー協会(NEI)理事長のM.コースニック氏は2月、証券アナリスト向けのブリーフィングで、「米国内では現在、ジョージア州のボーグル発電所とサウスカロライナ州のサマー発電所で合計4基の増設工事が道半ばまで進展しており、直接で約3500人、間接で数万人規模を雇用をしており、両州で過去最大のインフラ建設計画だ」と述べた。

「プロジェクトを白紙にしたら、とんでもないことになる」という警告だ。

WH破綻の直後に日本を訪れ、東芝社長の綱川に会ったサザン社CEOのトーマス・ファニングは、「東芝には(WHに対する債務保証以外にも)原子炉建設プロジェクトを完了させる道義的責任がある」と念を押している。

チャプター11の適用でWHは東芝の連結対象ではなくなったが、「4基の原発が完成するまで東芝はプロジェクトにコミットすべきだ」というのがサザン社やスキャナ社のスタンスであり、東芝が逃げ出せばトランプ政権に駆け込み兼ねない。

「負け逃げ」も許されず

「ボロボロのWHを高値で買わされた上に、途方もなく金のかかる原発新設プロジェクトに巻き込まれた」というのが東芝の視点だが、米国から見れば「WHを買うと言ったのは東芝で、米国で原発を作ると決めたのも東芝。政府は認可を与え、金融支援まで実施した。うまくいかなかったからと言って、途中でプロジェクトを放り出すのは無責任」となる。

「海外原子力事業のリスクは遮断した」という綱川の主張は、日本からのワンサイドな見方に過ぎない。

引くも地獄、進むも地獄。東芝は「勝ち逃げ」どころか、「負け逃げ」すら許されない状況なのだ。

WHは夏までに裁判所に再生計画を提出する予定だが、この惨状を見れば、東芝に代わるスポンサーが見つかるとは考え難い。9800億円の親会社保証という「手切れ金」で足抜けしたい東芝だが、米国は「何が何でも完成させろ」と言うだろう。

4基を完成させるのにあといくら必要なのか。40億ドルと言うWHの試算は、あまりあてにならない。80億ドルか100億ドルか。それを負担するのは誰なのか。

「リスクの遮断」など簡単にできるはずがない。東芝が踏み込んだ原子力地獄はまさに底なしである。

大西康之

経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)など、そして最新刊に「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)がある。

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(2017年6月20日フォーサイトより転載)