テオ・ヤンセンが語る、3Dプリンタによって進化するビーストの可能性

「10年以上前から3Dプリンタには注目していました」インタビューの初めに告げられて、びっくりした。
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キネティックアートの巨匠、テオ・ヤンセン氏。独特のリンク機構を駆使した風で動く作品「ストランドビースト」(Strandbeest:「砂浜で生きる生命体」)が注目を集めている。2015年のゴールデンウィークは、第2次オープンした商業施設「二子玉川ライズ・ショッピングセンター・テラスマーケット」(東京都世田谷区)のイベントに出現。多くの人が見学に訪れた。Makersの中でも人気が高いテオ・ヤンセン氏は、3Dプリンタなどのデジタル工作機器の普及を背景にしたメイカーズムーブメントをどう見ているのだろうか? (撮影:加藤甫)

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3DプリンタはDNAと同じ

「10年以上前から3Dプリンタには注目していました」

インタビューの初めに告げられて、びっくりした。ヤンセン氏は、幅10m、高さ5mにもおよぶ巨大な作品でさえ、すべて手作りで生み出している。今年で67歳。デジタル工作機器からは遠い存在に思えた。それが、登場の初期から知っていたとは!

「実は1990年代に新聞でコラムの連載をしていたとき、3Dプリンタとその可能性について取り上げたことがあります。ちょうどビーストを作り始めた頃です。自分のアイデアを簡単に具現化できる機械がいつの日かできないだろうかと夢みていたので、大変興味がありました」

ヤンセン氏の作品「ストランドビースト」は生物進化を模している。そこにはDNAや進化の系統樹が存在する。自らをビーストにとっての創造主と位置づけ、独特の哲学に基づいて作品を生み出している。

「3Dプリンタには哲学的な重要性があると思いました。つまりものを複製するということは、生物が新たな生命を生み出すという行為と同じです。3DプリンタはDNAと同じ役割を果たせるわけです。私のビーストも、これによって系統樹におけるひとつの枝分かれを起こしました」

数年前に「ホーリーナンバー(聖なる数字)」と呼ばれる独特の脚の運びを生み出す各リンクの長さの比率をWebで公開すると、それを使って自分のビーストを生み出すMakersが現れた。ヤンセン氏はその現象を、ビーストたちが創造主の手を離れ、自ら進化し始めたと考える。

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部屋という新たな生態系

「ホーリーナンバーの公開と人々がビーストを作り始めたのが、ちょうど3Dプリンタが登場したころだったので、機械を試すには良いタイミングだったようです。こうして3Dプリンタがビースト増殖の流れを加速しました。性能があがるにつれ、より速く、より精巧に作られるようになりました。

こうして生まれたビーストは小さくて砂浜では生き残っていけませんが、部屋の本棚や机の上なら生きていけます。人は部屋の中で3Dプリンタビーストを見つけることができます。それらは実際にテーブルの上を歩くこともできます。彼らは部屋という新たな生態系を獲得しました。進化の新しい段階です」

ヤンセン氏の3Dプリンタビーストとはどんなものなのだろうか?

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機械が大型化すれば、私も使ってみたい

ヤンセン氏自身も3Dプリンタによるビースト作りにも関わっている。ファブリケーションサービスの会社と提携し、3Dプリンタビーストの販売も開始した。

「オランダはデルフト市郊外のイペンブルフの丘にある私のラボ(実験室)には、自動でストランドビーストが作れる3Dプリンタがあります。小さい部品が次々と作られ、買った人はそれを組み立てるだけです。繁殖は私のラボでも始まっていると言えるでしょう。この先、3Dプリンタが大型化して、通常の大きさのビーストが作れるぐらいになれば私も使ってみたい。それはそれで楽しいと思います。ただ、別の種類の作品になりますが」

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自由なものづくりは原初的な行為

プロのアーティストも利用する3Dプリンタは、一方でアマチュアとの境界線をあやふやにしている。ヤンセン氏はこの状況をどうとらえているのだろうか?

「3Dプリンタの登場によって正確なディティールの再現も可能になり、アーティストとMakersの違いがなくなってきたように感じます。もともと私はアートとエンジニアリングを同一の視点で見ていましたので、エンジニアに近いMakersに対しては、より強くそう思うのかもしれません。

メイカーズムーブメントそれ自体は特にアメリカで盛んなようですね。アーティストへも強い影響を与えているようです。アーティストの作品はお金で判断されるわけですが、Makersのそれは違います。純粋に作品としての評価だけです。だからこそ、このムーブメントは重要なのです。

自由にものを作るというのは、原初的な行為です。人々は何かを作ることで石器時代を生き延びてきました。今のメイカーズムーブメントは大昔から行われてきた行為の延長線上にあるように思います。例えば大昔に一つの村があったと仮定します。そこには多様な人々がいます。何パーセントかの犯罪者もいれば娼婦もいる。同じように、アート作品を作るMakersもいたはずです」

3Dプリンタやそこから派生したメイカーズムーブメントを高く評価するヤンセン氏。一方で危惧することもあるという。何だろうか?

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材料が語りかけてくる瞬間

ストランドビーストは、クリーム色のプラスチックチューブを切りだし、折り曲げ、つなぐことでその骨格が作られている。すべては手作り。加工自体は単純作業の繰り返しだ。1日10時間以上をそれに費やすヤンセン氏。だが、そこに豊富なアイデアが生まれる秘密があった。

「3Dプリンタなどのデジタル工作機械を使っての作業も大切ですが、自らの手を使って何かを作ることも依然として重要です。手を動かすことで刺激される創造力があるからです。機械と手、要はバランスの問題なのです。

我々はどんな時代になっても機械でものを作り出すだけでなく、手を使うことを忘れてはいけません。手を使ってものを作るときには、材料と対話することになります。材料自体が語りかけてくることがある。こう作ってほしい、ああ作ってほしいと。

3Dプリンタだけに頼るものづくりはその機会を失うことになりかねない。その点は危惧しています。ものを作る人間にとっては大事なところだと思うので。

他にも3Dプリンタを使うにあたって、問題はいろいろ出てくるでしょう。そのあたりは試行錯誤しながら進んでいけばよいと思います。進化というのはそういうものですから」

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3Dプリンタに見る可能性

問題を乗り越え、その先に見えてくるものがある。3Dプリンタの改良が作品の進化につながる可能性をヤンセン氏は見ている。

「残念ながら、いまのところは、3Dプリンタ作品に大きな変革は見たことがない。もっと潜在能力があるはずですし、それを引き出す努力が我々には必要です。それこそが、新しい世界を作るきっかけになります。

もっといろいろなアイデアを入れていかなければなりません。ものを作ったらそれで終わりではなく、それはさらに新しい、特別な何かを生み出す始まりなのです。結果をフィードバックして新たな進化へとつなげる。私の3Dプリンタビーストたちもそういう進化を遂げると信じています。

自分の頭の中にあるアイデアが比較的短時間で形になるということはすごいことだと思います。大変な驚きです。デジタルデータを自由に扱える時代の象徴的な出来事だと思います。3Dプリンタの普及によって私のビーストを作る人がさらに増え、ビーストたちが新たな進化の段階を迎えることを期待しています」

3Dプリンタが新たなビーストを生み出す状況をヤンセン氏は心から楽しんでいるように見えた。