「厚岸と別寒辺牛川流域」で考えた/生態系の社会経済的な価値

人々の包括的な福利(幸福)を維持し、向上させるためにどのように自然資本を管理していくべきか。

森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を発信しています。11月号の「時評」では、生態系の社会経済的な価値を考える研究プロジェクトに参加する松下和夫・京都大学名誉教授から、その意味あいについて説明していただきました。

私が参加している研究プロジェクトの一つに「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」(環境省環境研究総合推進費S-15)がある。私たちのグループはその中で「科学と政策のインターフェイスの強化」というテーマを担当している。この研究プロジェクトでは日本国内にいくつかの事例研究のフィールドを持っている。美しいサンゴ礁で有名な沖縄県の石西(せきせい)礁湖、トキとの共生を目指す新潟県佐渡島、そして今般訪れた北海道東部の「厚岸(あっけし)と別寒辺牛(べかんべうし)川流域」などである。

厚岸町は、北海道の東部、釧路市と根室市のほぼ中間に位置し、東北海道では最も早く開け、天然の良港と牡蠣を代表とする海の幸、屯田兵の入植から開拓された酪農郷などが相まって発展してきた。1993年には厚岸湖・別寒辺牛湿原がラムサール条約に登録されるなど、豊かな自然環境にも恵まれている。

去る8月にこの厚岸でプロジェクトの研究総会とアドバイザリー会合が開かれた。ホスト役を務めてくれたのは北海道大学の臨海実験所(正確には北海道大学北方生物圏フィールド科学センター水圏ステーション厚岸臨海実験所)である。この実験所は総面積約40万平方mを占め、海産生物のみならず、鳥獣その他、自然生物全般の研究の場として活用されている。所長は海洋生態学、とりわけアマモ場の生態学を専門とする仲岡雅裕教授である。

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●別寒辺牛湿原を案内してくれた仲岡教授
松下和夫

実験所が位置する道東の海域は、日本で最も水温が低いところだ。これは年間を通して牡蠣の生産ができる要因でもある。ここには、森林、河川、湿地、沿岸域がつながった美しい自然が残されている。私たちもたくさんのエゾシカに遭遇し、水辺で餌を探しているタンチョウの姿を見ることもできた。

しかし、地球温暖化に代表される人間活動は、このような自然生態系にもさまざまな悪影響を与えている。現在、仲岡教授らは、厚岸周辺をモデル海域として、環境変動に対する生物たちの反応を詳しく調べることにより、今後の生物多様性や生態系の変化を予測・解明することを目的とした研究に取り組んでいる。

私たちの研究では社会や経済が急速に変化し、気候変動なども進行する状況を考慮に入れつつ、陸と海の生態系の連環、そして自然や生態系サービスの社会経済的価値の評価や予測を行うこととしている。そして人々の包括的な福利(幸福)を維持し、向上させるためにどのように自然資本を管理していくべきか(より良いガバナンス)をも対象として統合モデルを構築し、望ましい政策の選択肢を提供することを目的としている。

研究総会の後には仲岡教授の案内で、湿原の中をゆったりと流れる別寒辺牛川を、2時間半にわたって終着地点の「水鳥観察館」までカナディアンカヌーで川下りするという貴重な体験ができた。