欧州メディアのニュース編集室づくり デジタル・ファーストからオーディエンス開拓へ

「統合化は楽ではない。成功しているという人がいたら疑ってかかることだ」。
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Tablet computer with Online streaming news
John Lamb via Getty Images

(日本新聞協会が発行する月刊誌「新聞研究」8月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

デジタルでニュースを読む習慣が一般化する中、紙媒体の発行から得られる収入でジャーナリズムを支えてきた欧州新聞界は経営戦略やニュース編集の現場を変えることで次世代への生き残りを図る努力を続けている。

本稿では変わり続ける欧州メディアの実践例を紹介したい。

統合編集室で車内を刷新

ネットでニュースを読む人が増えたことを背景に、欧州で2006年ごろから採用されるようになったのが「統合編集室」(integrated newsroom)だ。それまで別々だった紙媒体と電子版の編集を統合させた。

米新聞社の統合編集室の事例を基にして一つの典型となったのが中心に丸い輪(ハブ)があり、そこから自転車の車輪のようにスポークが外側に広がる形のレイアウトだ。中央のハブの部分に紙版および電子版のデスク陣が集まって編集会議が開かれる場所になったり、コンテンツを集約する場所になったりする。それぞれのスポークが政治部、社会部、経済部、文化部などになる。ワン・フロアに広がる編集室にはマルチメディアのコンテンツを作るためのミニ・スタジオが設けられていることも多い。

「電子版=主」となったヴェルト紙

統合編集室からさらに一歩先を行ったドイツの高級紙ヴェルトの例を見てみたい。同紙が特筆に値するのは「デジタル・ファースト」を率先し、編集室のレイアウトを「電子版=主、紙版=従」に大きく変更した点だ。

ヴェルトでは統合編集室の中央のハブ部分を「アイ」と呼ぶ。

ここにコンテンツを集約させ、どの記事や画像を電子版のどこに入れるかを決定する。スポークは政治、経済、文化、スポーツ、写真、動画、インフォグラフィックスなどの部門になる。編集室の右端にある「アリーナ」と呼ばれる場所で編集会議が開かれる。その隣にあるのが日刊(平日)の紙版制作班だ。

その後ろが日曜版の制作班。日刊紙の制作班には全編集スタッフ約120人の中で12人が充てられている(細かいレイアウトは2014年当時のもの。現在までに若干の配置を変えている)。編集部のレイアウト的にもまた人数的にも日刊紙の制作は「全体のほんの一部」となっている。

興味深いのは日刊紙制作班は原則、オリジナルのコンテンツを発注できないという仕組みだ。例えばインフォグラフィックスが必要であれば、デジタルメディアのチームが電子版用に作ったものの中から選ぶようになっているという。「オンライン用に作ったものをプリントに出す」という方針が徹底している。

ヴェルトは2006年から統合編集室を導入したが、紙版を主と考える編集スタッフの意識を変えることは難しかった。ヤンエリック・ピータース編集長(当時)は「考え方を変えるにはワークフローを変える必要がある」として、2012年、電子版=主のレイアウトに変えた。「デジタル化を本格的にやるなら、ストーリーは最初からデジタル用に制作されるべきだ」(ピータース氏)。

編集室が生み出すコンテンツはウェブサイト、紙版のヴェルト平日版、その簡易版ヴェルト・コンパクト、週末版(土曜日)、日曜日版として出力される。

スイスでも統合編集室

スイスの地方紙「24時間新聞」は生き残りのために統合編集室を取り入れた。過去10年で収入が45%下落し、部数は2009年の9万5000部から約6万部に落ち込んだという。収入の90%以上を紙版から得ているにも関わらず、電子版の制作を中心に1日の編集作業を進めている。

ティエリー・マイヤー編集長によると、電子版に力を入れることで以前よりも読者の意見を取り入れるようにしているという(2015年10月、ハンブルクで開催された「出版エキスポ」のセッションでの発言)。どんなトピックが好まれているかを調べるチームを立ち上げ、読者との意見交換会も設ける。フェイスブックも読者の声を拾うスペースの一つだ。マイヤー氏は「電子版の読者は紙版の読者よりも20歳は若い。この層にリーチするよう、力を入れている」という。

意識を変えるのに一苦労

統合編集室への移行は必ずしもスムーズには運ばない。同じセッションの中で、ドイツのミュンヘンを本拠地とする大手紙「南ドイツ新聞」は統合化を行っているが、紙を重視する思考をどう変えるかが大きな課題の一つになっているという。

同紙はリベラルな気風を持つ新聞だが「デスクは保守的」という現実に直面しながら、一人一人のスタッフにどんな業務が期待されているかを説明し、紙版と電子版のスタッフの席を隣同士にするなど、常時情報交換ができるようにした。

記者は紙版および電子版に原稿を書くばかりではなく、動画を制作し、ソーシャルメディアでも情報を発信する必要に迫られる。「仕事量が増えることを懸念するスタッフや、デジタルに慣れない記者を切る人員削減につながると心配するスタッフもいる」(ウォルフガング・クラチ編集長)。「統合化は楽ではない。成功しているという人がいたら疑ってかかることだ」。

今年4月、南ドイツ新聞はパナマにある法律事務所から流出した文書を元に「パナマ文書報道」を主導した。ウェブサイト上ではドイツ語版と英語版を作り、データを駆使した報道を行った。現在も統合過程の悩みは続いているのかもしれないが、デジタルによる情報発信の衝撃度が社内でも改めて実感できた事例となったのではないだろうか。

紙版と電子版を別々にする新聞社も

紙版と電子版の制作をあえて別々にする方針を取る新聞社も少なくない。英国では大衆紙デイリー・メールとその日曜版メール・オン・サンデーを発行するDMGT社が両紙の電子版「メール・オンライン」と紙版の制作を別にしている。電子版は米バズフィードのような口コミで広がりやすい話題とともにスターのゴシップ記事、保守右派の政治姿勢を明確にした編集方針に基づいた記事を掲載し、人気を博している。

オーストリア西部の地方紙出版大手ラスメディアも紙版と電子版の制作を別々にしている。ただし、ラスメディアはこの二つを「有料サービス」と「無料サービス」として区分けしている。

無料紙が人気のオーストリアでは公共放送ORFがウェブサイト上でニュースを無料で出していることもあって、新聞社はウェブサイト上のニュースを無料化せざるを得ない状態にある。地方紙のウェブサイトの場合、「有料化はさらに難しい」(ラスメディア社のデジタル幹部)という。

そこで、有料サービスでは同社の主力紙「VRナヒリヒティン」の紙版および電子版(ウェブサイト、タブレット、スマートフォン、電子ペーパー版)を有料購読してもらう形をとる。ウェブサイトでは紙版のレイアウトで出るようになっており、非購読者は1面のみが閲読できる。

無料版は別のアドレスになり、地方ニュースに特化したウェブサイトだ。その日に発生するニュースを中心に内容が刻々と更新される。読者から寄せられた動画や写真、通常新聞には掲載されない特定の地域のスポーツイベントなどもカバーしている。

閲読の分析に力を入れる

電子空間での存在感が問われるようになり、デジタル・ニュースのパフォーマンスをリアルタイムで計測し、分析するツールを使い、状況を映し出す画面を編集内に設置する新聞メディアが増えている。

英ロイタージャーナリズム研究所のレポート「編集分析―ニュースメディアはいかにオーディエンスのデータと測定を開発し、活用しているか」によると、オーディエンス分析が最も進んでいるのは米英のメディアだという。

その一つが英ガーディアン紙だ。2012年から使用しているのが、社内で開発された「オーファン」(Orphan)というツール。ブラウザーに組み込まれ、ガーディアンに勤務する人が自分のメールアドレスとパスワードを入力するとパソコンとモバイル機器から簡単にアクセスできる。

オーファンを使うと記事ごとのページビューに加え、ソーシャルメディアのシェア状況、閲読時間、どのサイトからたどり着きその後どこに行ったのか、どのデバイスでどのブラウザーでどこの国からアクセスしているのかまで分かる。

オーファンを担当するクリス・モラン氏によると、編集室に「データの文化を持ち込む」ことに苦心したという。閲読者の行動を理解し、一人一人の記者及び編集者がどの記事をどのように書くかあるいは出すかの意思決定を助けるようにした。具体的には、チーム担当者が見出しをつけるサブエディターに表現のアドバイスをするなど。担当者とサブエディターの会話はメッセージ・アプリを用いるため瞬時に情報交換ができる。

日々の作業においては見出し、写真、記事の配置、ソーシャルメディアでどのように拡散するか、いつ出版するかなどを常時相談し合う。最も重要なアドバイスは読者が起きている時に出せ、だった。「馬鹿げているように聞こえるかもしれないが、紙版の制作では真夜中の締め切りに向けて作り、出す形だった」(モラン氏)。

オーファンのチームが編集部の制作過程の中に組み込まれていること、「データの文化」が編集室に染み込むことが重要だったという。

日本経済新聞社の傘下に入ったフィナンシャル・タイムズ(FT)紙は昨年、大手広告代理店ハバス・ワールドワイドのコンテンツ統括者だったルネ・キャプラン氏をチームリーダーとする「オーディエンス・エンゲージメント」チームを設置した。

オーディエンス・ファースト

FTは「デジタル・ファースト」を実践してきたが、「オーディンエンス・ファースト」に舵をきっている。

エンゲージメントチームはソーシャルメディア担当者、編集者、エンゲージメント担当者、データ分析家、マーケティング担当者から構成され、編集部の中央部に陣取っている。オーディエンス重視、データ重視の精神が「編集部の他のスタッフを『感染させる』ことを狙っている」(ライオネル・バーバー編集長、昨年11月のロンドン・スクール・オブ・エコノミックスでの講演で)。

キャプラン氏の指導の下に社内で開発したのが「ランタン」と呼ばれるダッシュボード・ツールだ。記者が簡単に画面上に出して、オーディエンスの滞在時間、どれぐらい読まれたか、コメント数などの確認ができる。

ヴェルトは記事毎に点数が出る仕組みを開発している。記事のパフォーマンスの計測にはさまざまなやり方があり、記者や編集者レベルでは十分に査定で来ない。これを解決するために作られたもので、ページ・インプレション、滞在時間、動画視聴、ソーシャルでの拡散率などを下に0点から30点までのスコアを出す。毎朝、編集長が記事の点数が入ったメールを編集スタッフに送る。点数とその内容を見てスタッフはどのように改良できるかを考えるという。

読者を捕まえ、サイトへのアクセスを増やし、有料購読者を増やすためにはどうするかと知恵をしぼる新聞界。

読者獲得のための戦いは記者や編集者一人一人のデバイス上で繰り広げられるようになってきた。

(2016年9月16日「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載)