中国に冷遇され破たんする「プーチン戦略」:「反日外交」も裏目?

ロシアのプーチン大統領は中国の対日戦勝70周年式典に参列し、中露の盟友ぶりを誇示したが、いずれの案件も中国の消極姿勢が目立った。欧米の制裁で中国が頼りのロシア経済にとって、中国の冷淡な対応は誤算だ。
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ロシアのプーチン大統領は9月3日、中国の対日戦勝70周年式典に参列、習近平国家主席の右隣に立ち、中露の盟友ぶりを誇示した。同大統領の訪中は、2000年の就任以来これが24回目。この間の訪日は4回で、最近の北方領土問題での反日志向と併せ、すっかり中国一辺倒に舵を切った形だ。3日夜の首脳会談では、30近い経済協力文書が両首脳の見守る中で調印された。だが、いずれの案件も中国の消極姿勢が目立ち、ロシアの経済苦境を救う案件はなかった。欧米の制裁で中国が頼りのロシア経済にとって、中国の冷淡な対応は誤算だ。

口先だけのエネルギー協力

最近の中露経済交渉では、ロシアのエネルギー大手トップが中国側と個別交渉し、企業間で中国との近さを競い合っている印象だ。今回、最も目立ったのは国営石油会社ロスネフチで、セチン社長は「ルースキー油田など2つの大型油田開発などに中国が投資し、総投資額は300億ドルに達する」と豪語した。しかし、これは「潜在的な可能性のある数字」(同社長)とされ、一種の努力目標にすぎない。ロシア紙ガゼータ(9月4日)は専門家の話として、「合意の条件はこれから詰める必要がある。原油価格の下落を考えれば、中国側の対応は厳しくなろう」と伝えた。

大統領に近い実業家、ティムチェンコ氏が率いるガス業界2位のノバテクは今回、中国のシルクロード基金との間で、北極海のヤマル液化天然ガス(LNG)計画に中国側が10%出資することを検討する「枠組み協定」に調印した。欧米の金融制裁を受けるノバテクは中国の融資を期待し、同氏は「中国が将来200億ドル出資する」としていた。しかし、今回の協定を含めて検討段階であり、中国側はまだ出資を一切決めていない。

ガス生産量が今年、過去10年で最低となるなど低迷する最大手のガスプロムは今回、中国側とエネルギー協力に関する覚書に調印した。しかし、懸案のガスパイプライン西ルートについて合意に至らず、ミレル社長は「来年春の調印を希望する」と述べるにとどまった。昨年着工した東ルートも、中国側が価格引き下げを要求し、工事が停滞している模様だ。エネルギー以外の合意文書でも、目玉となる案件はなかった。今回、首脳会談後の共同記者会見が行われなかったのは、進展がなかったためだろう。

中国が主導権

既存油田・ガス田の枯渇化が進むロシアにとって、新規油田・ガス田の開発が急務だ。独立新聞(9月4日)によれば、メドベージェフ首相は3日にモスクワで開かれた石油業界の会議で、「新規油田を開発して増産し、ロシアが石油産業のリーダーとしての地位を保持することが極めて重要だ」と強調し、新規開発を指示した。しかし、この会議では原油価格が今後、1バレル=25-30ドルに下落する可能性のあることが報告され、暗いムードが漂ったという。

欧米諸国の対露制裁で、西側企業によるエネルギー産業への技術支援や融資が困難になる中、ロシアにとっては中国の融資が頼りだったが、首脳会談では中国側の冷淡な対応が目立った。ロイター通信(9月3日)は、「原油価格の下落、ルーブルの暴落、中国自身の経済混乱や汚職一掃運動が、ロシアとの一連のプロジェクトを無期延期にする可能性がある」とする業界筋や専門家の話を伝えた。中国政府高官も8月、インタファクス通信に対し、「原油価格下落がガス・プロジェクト交渉を複雑にしている。ルーブルの下落も中露経済協力に大きなリスクをもたらした」と発言した。

英紙フィナンシャル・タイムズ(8月18日)は、「中露のエネルギー協議では中国が主導権を握っている。中国経済の悪化でガス需要は予想以上に落ち込み、中国にとって一連のプロジェクトを急ぐ必要は全くない。ロシアとの交渉で中国は非常に強い立場にある」と書いた。

「脱露入米」へ向かう中国

プーチン大統領は以前、2025年までに石油輸出全体の35%、ガス輸出の25%を中国向けにすると語ったことがある。現在、中国向け石油輸出は全体の14.8%だが、ガス輸出はまだほとんどゼロで、サハリン産LNGを高値で大量購入する日本の方がお得意様だ。中国は東南アジアやアフリカ、中南米など既に大量投資したガス田からの輸入を拡大しており、需要が低迷すれば、リスクを伴うロシアからの新規ガス輸入を急ぐ必要はない。ロシアの評論家、ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏はモスクワ・タイムズ紙(9月2日)で、「中露のエネルギー協力の夢は消え去った。ガスパイプライン計画『シベリアの力』がいつ完成するかは誰にも分からない」と書いた。

中露両国は昨年883億ドルだった2国間貿易を、今年1000億ドルに乗せる目標を掲げたが、ロシアの経済危機や中国経済の混乱で、今年上半期の往復貿易は前年同期比28.7%のマイナスだった。中国の対露投資はまだ少なく、昨年は16億ドルにすぎなかった。イノゼムツォフ氏は「中国はその10倍以上をカザフスタンに投資している」「昨年のロシアからの資本逃避総額1515億ドルは到底挽回できない」とし、両国の経済事情から、「中露の経済的、政治的関係を強化することは、かつてなく難しくなりつつある」と指摘した。

プーチン大統領は「日本軍国主義批判」に同調するなど、中国に政治・外交面で協調して恩を売れば、中国から経済的配当が得られると目論んだようだが、中国は現実的かつしたたかであり、経済が破綻しかけたロシアに魅力を感じていない。中露間では、70周年式典相互参加や公式首脳会談、合同軍事演習など今年の主要な交流はすべて終わり、しばらく関係強化のモメンタムはない。中国外務省関係者は最近、中国外交が今後「脱露入米」に向かう可能性を示唆した。日米を敵に回して中国にすり寄ったプーチン戦略は裏目に出るかもしれない。(名越健郎)

名越健郎

1953年岡山県生れ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社、外信部、バンコク支局、モスクワ支局、ワシントン支局、外信部長を歴任。2011年、同社退社。現在、拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学東アジア調査研究センター特任教授。著書に『クレムリン秘密文書は語る―闇の日ソ関係史』(中公新書)、『独裁者たちへ!!―ひと口レジスタンス459』(講談社)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)、『独裁者プーチン』(文春新書)など。

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(2015年9月10日フォーサイトより転載)