危機を打開する外交戦略

自らの信ずるところをそのまま毅然と発信することのみを持ってよしとするのは、外交の危機を悪化させる結果を招くのみである。
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KAZUHIRO NOGI via Getty Images

国民に伝わらない外交危機

日本はいま、大切な近隣国である中国と韓国との間に歴史認識問題と領土問題を巡って困難をかかえている。この問題に対する現政権下における外交は、中国と韓国との間のみならず、米国とヨーロッパ諸国の対日不信を産み出している。そういう意味で、日本はいま世界の情報戦においていくつかの重大な敗北を喫しつつある。日本のマスコミはその実像を国内に伝え得ていない。

中国と韓国の日本に対する対応に、到底日本が受け入れられないものがあり、それには十分な根拠がある。そうであればこそ、国際世論の全面的な支持が日本に集まらないことの中に、日本外交の危機を見なければいけない。

そのような問題意識のもとで、7月10日に『危機の外交 首相談話、歴史認識、領土問題』を上梓した。

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2002年に退官するまで外交官として主に北方領土問題にかかわってきた筆者は、2006年の夏より日本語で自分の意見を発信しはじめてきた。本書は、その後の約10年の間、自分なりの問題意識をもって書きつづけてきたものの中から、今一定の区切りをつけたいと考えたものを選びぬいたもので、トピックとしては「70周年談話」「靖国問題」「尖閣問題」「慰安婦問題と徴用工問題(含む竹島問題)」「北方領土問題」の5つである。

歴史問題と領土問題の「非政治化」

選んでみると、取り上げた問題が、歴史認識問題と領土問題に集中していること、相手国が、中国・韓国・ロシア、かつ、すべての問題の背景にアメリカがいることに、今さらながら気付かされる。

歴史認識問題と領土問題を考えてきた筆者の問題意識は、一貫したものだったと考えている。現下の日本が世界に置かれている位置、これまで日本が歩んできた途、今後の日本の国益を考えあわせ、筆者は、ここでとりあげた問題が、それなりの政治的な解決を見て、日本外交が世界に向かってその最良の力を発揮する障害にならない形にすることが、本当に重要だと考えてきた。そういう意味で本書は、領土問題と歴史認識問題の「非政治化」を目的として書いたものであるといってもよい。

とりあげた問題についてそれぞれに「日本の国益」というべき日本の立場があることは言うまでもない。また、その立場、主張をはっきりと表明し、相手側の議論で賛成できないことを表明すべきであることも当然である。それは相手側との外交交渉でもそうだし、外交問題について叙述する、この論考においてもそうである。

けれども、およそ相手国との関係をしきる最終的な外交の要諦は、ギリギリの局面までこちらの立場を主張してみて、こちらがどうしても確保しなくてはいけない国益は何かを再吟味し、相手にとってのどうしても譲れない一線がどこにあるかを探り、その結果の「妥協点」を見出すことにある。

祖父であり、太平洋戦争時に外務大臣だった東郷茂徳は、外交官の最終的な務めは「相手に51を譲り、こちらは49で治める策を国内に向かって最終的に献策することにある」と言った。そういう意味で本書は、日本の国民として「取り上げた問題について相手に51を譲るとはどういうことか」を考えていただきたいという願いをこめて書いたものでもある。

「非政治化」のための3つの公理

さて、領土問題と歴史認識問題の「非政治化」という視点に立って、本書で取り上げた五つの問題をもう一度整理してみたい。とりあげた問題はいずれも非常に難しい問題である。日本の外交を推進していく妨げにならないような地点まで解決をすすめるといっても、問題は多義にわたり一辺に解決できるはずもいない。これらの諸問題を解決に導く戦略、ロードマップ、見取り図が必要である。

そのロードマップを造るにあたって、三つの公理を提出したい。

第一に、取り上げているのは領土問題と歴史認識問題であり、この二つは本来的にはかなり性質のちがった問題である。けれども、ここでは一体として考えねばならない。なぜなら、現在の時点で、ここで取り上げている3つの領土問題(北方領土、竹島、尖閣)は、すぐれて、歴史問題としての性格を具備するに至っているからである。

第二に、にもかかわらず、歴史認識問題と、歴史問題化した領土問題との間には大きな差異がある。問題の解決は、歴史問題化した領土問題の方がはるかに難しいのである。どのような解決を見るにしても、領度問題の解決は、実務である。具体的な島の処理について、その中身に入って解決しなくてはならない。生きた人間の処遇と物理的な対応を含めて考えなくてはいけない。

他方、歴史認識問題は、その本質において、「ものの見方」の問題である。そうであればこそ、入り組んでしまった人間心理を解きほぐすことはかえって難しいと言う議論ができないわけではない。しかし筆者はそのような議論は、頭でっかちの議論だと考える。実態的な解決を必要とする領土問題が、ものの見方によって本質的な転換をなしうる歴史認識問題よりもはるかに多くの課題を抱えるということは、冷静になって考えるならほぼ自明のように見える。

第三に、領土・歴史認識いずれも、日本が攻める側、つまり現状変更を求める側にいる場合と、日本が守る側、つまり相手が現状変更を求めている場合とに分かれる。古今の戦略論の結論は、守る方が攻める方よりも難しいということである。攻める方は特定の戦略目標をさだめ、その目標の攻略一点にすべての力を糾合することができる。これに対し守る方は、相手方が何をどこまで攻撃してくるのかが基本的に解らない、従って攻める方よりもはるかに広く深く多様な準備をしておかねばならない。

「非政治化」のための見取り図

以上の視点から、日本が直面する歴史認識問題と領土問題について、具体的な見取り図を描くなら、以下のようになる。

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領土問題は、日本が「攻める」問題、すなわち現状変更を求めている問題と、日本が「守る」問題、すなわち相手側から現状変更を求められている問題の2つに明確に分かれる。「攻めている」問題は、北方領土問題と竹島問題である。「守っている」問題は尖閣問題である。

他方、歴史認識問題は、領土問題ほど「攻守」ははっきりしない。しかし、これまで存在してきた一定の現状に対し、日本が自分の判断で政策を変えうる問題と、相手側の要求に対してどうしても日本が対応せざるを得なくなっている問題との差異はある。そういう帯状に並ぶ問題を、日本が比較的「攻める」、つまり自分だけの判断で状況を変えうる問題順に並べれば、「70周年談話」「靖国問題」「慰安婦問題」「徴用工問題」と言う順番になる。

3つの公理に従って、とりあげやすい問題に順番をつければ以下のようになる。基本原理は、まず「歴史認識問題」から解決を図ること、及び、日本が「攻めている」問題から解決を図ることである。具体的な「見取り図」を描いてみると、当面対処可能な比較的やさしい問題と、錯綜する対立を解きほぐすことが更に難しい問題との二つに分かれることがはっきり見えてくる。1から4までが、比較的やさしい問題であり、5から7までが相対的に難しい問題である。

1. 70周年談話

終戦の日に総理による「戦後70周年談話」が発出される。談話の内容は完全に日本側の判断に委ねられている。いかなる国に強制されるものもない。これほど日本が「攻める」舞台もない。どのような内容の談話とするのが日本の国益かについて、筆者は、戦後日本の道徳的矜持の高みを守ることが最善だと主張してきた。中国と韓国からの批判に屈するからではなく、戦後日本の魂の彷徨の結果として到達したものをそのまま受け継ぐ。さらに現下の世界の心理状況を十二分に勘案し、受け手に確実に伝わる表現を選ぶ。そのことが安倍総理の世界場裏における道徳的権威と政治的な力を飛躍的に強める。結果として、九月の中国主催の太平洋戦争の終結記念行事への総理出席を通じ、否が応でも中国を和解の途に導くことになる。そのことが、以下の㈪から㈯の課題を遂行できるか否かの決め手になるほどに、重要なこととなる。

2. 靖国問題

それを基礎に、安倍総理の課題となってくるのは、歴史認識問題について長い間難問となってきた靖国問題を、すみやかに「非政治化」することである。靖国をめぐる決断は、対中国外交交渉ではなく、本質的に日本の国内問題である。だが、靖国の形如何は、結果として日中の棘をぬく。当面これを速やかに「非政治化」し、内にあっては天皇陛下のお出ましをあおぎ、外にあっては米国と中国の代表の出席を可能とする条件をつくり、内外に対し、この問題を非政治化する具体的な跡を見せる。予期する成果は直にはでなくとも、そこまでの行動により、「日本の安倍」は、「アジアが信頼し世界が信頼する安倍」に向かって大きく動き出す。現時点で日本が生み出した最強の「保守」のプリンスである安倍総理にして実現可能な課題であろう。

3. 慰安婦問題

おそらくはこの動きと併行的に、慰安婦問題に関する韓国との話し合いを進めることが最善である。詳述したように、慰安婦問題をめぐる日本側の誠意は、河野談話とアジア女性基金の活動を基礎に30年近く表明されつづけてきた。痛恨の思いを持って述べるなら、日本内部からの「右」からの批判と日本内部の「左」及び韓国側からの批判の挟撃にあい、これまでの日本の誠実な対応は世界に浸透しなかった。さらに、朴政権下で日本への「攻め」が強まっている。しかし、筆者は、今一度河野談話発出の時の日本側の謙虚さの精神に立ち戻り、慰安婦の方々が存命中にこの問題の棘を抜くことが日本の国益だと確信する。そのために必要な韓国側からの協力の萌芽が現れはじめているようにも見える。今こそ行動の時である。

4. 竹島問題

歴史認識問題との関連でまずは対応可能なのはここまでであり、いったん目を領土問題に映す必要がある。そこでまず考えることができるのは、竹島問題である。世間的に言われていることに反し、また多数の韓国人が公に行っていることに反し、竹島問題は比較的対応しやすい問題と考える。なぜなら、竹島問題はただ今現在の時点では、韓国にとっては歴史認識問題の最も先鋭な問題であるが、日本においてはいまだに先鋭な歴史認識問題に転化されていないからである。民間研究者間の対話から平和と協力の島としての活用にいたるまで、実施可能なことはたくさんあり、かつ、その先例は日ロ領土交渉の中に探すことができるのである。

ここまでが当面実施可能な問題である。これから後の問題は非常に難しい。現在われわれをとりまいている状況からすればいずれも対応困難である。しかし、1から4までの問題を「非政治化」するまでに中国・韓国との関係が改善された状況で考えるなら、そこにまた新しい地平が開け、その新しい地平の下では、どの問題も対応不可能ではないかもしれない。

5. 徴用工問題

この問題について韓国の司法が取り始めた論理の根本は、65年体制を作った諸条約が韓国が力をつけた以上無効となるという論理である。国際法の最低の原則を認めない司法が韓国政治の将来の基礎となるなら「もはや共通の価値を共に抱くとはいえない」とする外務省の判断は、すでに外交青書の記述の中に現れている。日本企業の本件敗訴は、韓国における代表的日本企業の財産の公開没収につながりうる。そういう案件の頻発は日韓関係の基礎を崩壊させかねない。問題解決の主導権は、司法への対処を含めて主に韓国側にある。日本側にできることは事態の危険性に対する辛抱強い警戒警報の発信と、話し合いのチャネルを多枝化し、対話の中から、問題解決への誠意を絶やさないことである。

6. 北方領土問題(対米問題)

さて最後に残ったのが、北方領土問題と尖閣問題である。「攻めている」のは北方領土問題であるから、まずはこちらの方からやれることをやってみる。ロシアを相手にする交渉でいえば、北方領土問題の解決案がどうしても見いだせないほど事態は難しくないはずである。「四島一括」をロシアは飲まないし、「二島返還のみ」では日本が飲めない。そうすると、なんらかの「二+アルファ」ということにならざるを得ない、時間とともに、その「アルファ」が小さくなっているという事態は、交渉関係者の間で理解が増えているはずである。交渉が大きな壁につきあたってしまったのは、14年2月のウクライナ危機の爆発以降であり、この時点から、日本の交渉相手は、ロシアと言うよりも米国となった。米国を説得する立場をきちんと表明しない限り、対ロ交渉の帰趨は壊れたままになる。そこを打ち破るには、暫時領土交渉は横に置き、ユーラシアの力と文明の均衡がどこに行くことが、日本にとって、アメリカにとって、G7にとって有利かと言う観点からの議論に集中しなければいけない。その議論の含意をアメリカに理解させた時点で、対ロ交渉の再起動が始まる。

7. 尖閣問題

最後に残るのは、尖閣問題である。中国公船の尖閣領海侵入を中止させない限り、日中の平和と信頼の基礎は築けない。そのために日本が切れるカードは、72年から12年までの40年の「元現状維持」に事態を戻すことである。しかし、仮に日本政府がそこまで譲歩する名案がでてきても、中国は12年から15年にいたる「新現状維持」を崩す可能性があるだろうか。無いかもしれない。なぜなら、力の優越という観点から見れば、あまりにも事態は中国に有利に展開しており、この有利さを崩す理由が中国にあるかが、筆者には判断がつかないからである。けれども、残り六つの課題がすべて片付いた後になお、中国は今の立場に固執するのだろうか。その問いは、そういう今の国際情勢とは随分違う事態の下でもう一度考えたい。

繰り返しになるが、外交は最終的に、おのれの国益を貫徹させるという意味で、勝たねばならない。だが、それには相手国の状況と心理を知悉し、世界の中における日本の立ち位置を正確に把握し、世界に相応した力と道徳と文化を発信しなければならないことを、忘れてはいけない。自らの信ずるところをそのまま毅然と発信することのみをもってよしとするのは、外交の危機を悪化させる結果を招くのみである。