深センで見たものづくりの原点----リコーにファブスペースができた理由

企業から独立した社会人や学生が大手企業にはできない製品開発を進め、クラウドファンディングで資金調達をして商品化にこぎつけるという事例も増え、ハードウェアベンチャーに対する支援や投資も活発化している。
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クリス・アンダーソンの著書「MAKERS」をきっかけにメイカーズムーブメントという言葉が生まれて3年が経った。企業から独立した社会人や学生が大手企業にはできない製品開発を進め、クラウドファンディングで資金調達をして商品化にこぎつけるという事例も増え、ハードウェアベンチャーに対する支援や投資も活発化している。

また、ファブラボ等のファブ施設が大都市圏だけでなく地方でも立ち上がり、会社でもプライベートでもない新たなコミュニティの中で自由にものづくりを楽しむ人たちも増えつつある。

本シリーズではそういったムーブメントを会社の中で実践しようとする人たちを紹介することで、個人やベンチャーだけではない新しいものづくりの形をお伝えしていく。

初回は社内にファブスペースを立ち上げたリコーの井内育生さんに、立ち上げまでの経緯や会社内ファブの必要性について伺った。(撮影:加藤甫)

横浜アリーナの向かいにあるリコー新横浜事業所内にある「つくる~む新横」は2015年2月にオープンしたファブスペースだ。社員であれば誰でも利用可能で、室内には3Dプリンタやレーザーカッター、導電性インク専用プリンタなどのデジタル工作機器が用意されている。明るい基調の室内で、どことなくファブラボっぽい雰囲気だ。

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外を見ながら作業ができる、パーティションの無い作業スペースも井内さんのアイデア。

「ここで集まって『こういうのが面白いんじゃないか』みたいな話をしたときにすぐに動くものを作る、というのがコンセプトです。ただの試作室や、ただのミーティングスペースではなく、アイデア発想とプロトタイピングを直結する場所を目指しました」

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パーソナル3DプリンタやAgICの導電性インク専用プリンタ、Arduinoなどデジタルファブリケーションツールがそろう。取材時は1台だった3Dプリンタも、利用者が増えたことでこの春には3台まで増え、卓上CNCも導入され簡単な基板も作る事ができるようになった。

もちろんリコー社内には高価な工作機器が並ぶ従来の試作室も用意されているが、単に加工作業をするだけの場ではなくコミュニケーションを通じたものづくりをすることで、いままでにない社内交流を促進することも狙いだという。

「縦割りになりがちな部分もここ(つくる~む新横)では無くしたいし、普段の仕事の中では出会えない人同士をつないでいく役割も担えると思います」

同社の中ではこれまでに無かったファブスペースをオープンするまでには紆余曲折があった。

上司にアイデアを提案して「わからない」と却下されないためのファブ

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リコー ワーク・ソリューション開発本部の井内育生さん

井内さんは新規事業探索を担当する部署に所属している。

「新規事業のアイデア提案の段階で『誰がこれを欲しがっているのか』という話になると、実物が無い中で証明できなかったんですよね。そこで動くレベルのものを作っていろんな人に見せて、『これを見せたらみんな喜んだ』とか『これぐらい興味を持っている人がいる』といった証拠が集められればと思ったのが、この部屋を作ろうと思った原点です。

リコーにくる前にいた会社では勝手に試作品を作って提案することがよくあって、誰にも頼まれてないし、なかなか製品化しないけど、その中から面白いものが生まれることがあって、そういうのができないかなと思ったんです」

部署内に3Dプリンタを導入しようと働きかけたが、その当時は3Dプリンタも現在ほど廉価ではなかったため導入できなかった。そのころ、井内さんはファブラボが鎌倉と関内にあることを知る。

「会社から近いファブラボ関内に行ったら、3Dプリンタはみんなで共有して使っているので小さいものしか作れないんですけど、全然違う知識やスキルを持った人たち同士が話してるのが刺激的でした。僕はモデリングはできるけど、専門外の電気や機械についてはいろんな人がアドバイスをくれて、動くものが作れるようになる。こういう場所を会社の中に作りたいなと思いました」

かつてあった姿が深センにはあった

さっそく上司にファブスペース構想を提案したが、すぐには了解が得られなかった。

「1年ぐらい前に提案したら『それを誰が喜んで、どれぐらいのフィードバックが会社にあるんだ』って話になってうまくいかなかったんですけど、その年の夏に中国の深センの工場やスタートアップを見学するツアーがあったので、上司も誘ったんですね。

彼はEMSで100万台単位の量産を経験してきた人なので『大量生産だけじゃない時代が始まっていて、深センにいっぱいそういう話があるから絶対見に行ったほうがいい』と言ったら、半信半疑ながらも参加してくれて」

深センではSeeedStudioHAXLR8Rなど気鋭のスタートアップやアクセラレーターを見学。そこではエンジニアだけでなくマーケティングや企画職の人も試作品開発にいそしむ姿があった。

「大量の試作品を手にしながら『これは試作したけど駄目だったからやめた』みたいなことを言っていて、とにかく早く試作して駄目だったら別の試作をやるみたいな感じですごく面白かった。

上司も『リコーも昔はこうやってたけど、何で今はしないんだろう』と言ってくれて、私がやりたいことを理解してもらえました」

試作に必要な工作機器が安価だったことも後押しになった。

「会社の中の試作関連の機器って1台何億もすることもあるんですけど、深センで見たスタートアップやアクセラレーターは結構なクオリティの試作品を30万円ぐらいの機器で作っていました。会社の高い試作器で作ったものにはかないませんけど、少なくとも取っ掛かりとしてアイデアが面白いかどうかの判断ができる程度のものはできるし、そんなに安くできるならなおさら社内にファブスペースを作ろうという話になりました」

帰国後、井内さんはデジタルファブリケーション関連の事業提案をしたときの仲間に声をかけ、すぐに動き出した。新横浜事業所内に空いた部屋を見つけ、機材の調達や室内の家具の組み立ても自分たちで行った。

「近くにある大型家具店に行って棚や椅子とか買って自分たちで運んだりもして、ちょっと部活動っぽい感じもありましたね。前々から私がこういうスペースを作りたいと考えていたことは周囲も知ってましたので、最初の仲間以外の同僚や他部署の人も手伝ってくれました。部屋の準備と平行して『RICOH THETA』と3DプリンタとArduinoを使った試作品も作って、こういう場所があればこういうものができるという具体例も早い段階から作っておきました」

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つくる~む新横で開発した「THETA懐中電灯」(上)。リコーの全天球カメラRICOH THETAで撮影したデータを投影できるプロジェクタで、懐中電灯のようなデザインが特徴。上下左右に動かすとその方向にある画像が懐中電灯に照らされて浮かび上がるかのように表示される。先日、米ラスベガスで開催されたCES2015にも出展した。

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左から右に動かした様子。

周囲に自分のアイデアを話すことでデジタルファブリケーションやファブラボの活動に興味を持つ仲間と繋がりが広がったことも大きかった。

「意識して周りに話したわけではなく、もともと興味があったことをごく自然に周囲に言っていたというのが正しいかもしれません。思っている事は言葉にしないと誰にも伝わらないし、『それ、俺もやりたい』って言ってくれる人も出てこないし見つからない」

井内さんがやりたい事を周囲に言い続けた結果、企画が承認され実行できる段階になった時点で多くの仲間の支援があったからこそ早い立ち上げが可能になった。

ファブスペース発であたらしいものを

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歯車を使って上下動するおもちゃの試作はMaker Faire Tokyo向けに作られたもの。

現在は電気、機械、組み込みなどさまざまな専門分野を持つ仲間とチームを組んで運営にあたっている。部署ごとに管理していた3Dプリンタやレーザーカッターが誰でも使えるとあって見学に来る社員も少なくない。

「まずはここで面白いものをどんどん作ってMaker Faireに出したいですね。その中から『これ、もっと作りこんだほうがいいんじゃない?』と言われるようなものが出てきて、ゆくゆくは製品化まで進むものが誕生すればと思います」

社内サークル活動やワークショップでの活用にも取り組んでいきたいと井内さんは話す。

「ワークショップをどんどんやっていって、いろんな部署の人を呼びたいですね。今まで面識の無かった人同士が集まって、一緒に何か作ってみると普段とは違うアイデアが生まれるし、リピーターを増やしていって、『あそこに行ったらなんか面白いことがあるよ』って言ってもらえる場所にしたいですね。また、社員だけじゃなくて社員の家族や社外の人も参加できるようなものも企画したいと思います」

この取材の後、機材の使い方講習会や利用希望者向け説明会にリコーのグループ会社や社外から申し込みが入るようになり、ワークショップやハッカソンも開催され、好調なスタートを切ったという。

上司に却下されないためのファブスペースとして始まったつくる~む新横は、社内外の人たちをつなげるファブスペースとして多くの人から注目され始めている。

※本文中の所属は2015年3月時点のものです。

(fabcross 2015年3月27日の掲載記事「深センで見たものづくりの原点----リコーにファブスペースができた理由」より転載しました)