女性ならではの視点で政治への挑戦を ―自分にしかできないことを信じて

政治の世界に女性や若い人の挑戦が増えることを願っています。

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日米で弁護士として活躍するキャリアがありながら、2012年、36歳で大津市長となった越直美さん。女性最年少の市長として注目されましたが、2期目を迎えた今でも自分が一番若い女性市長でいることに問題意識を持ち、「女性だから分かることはある」と、もっと多くの女性が市長になってもらいたいと願っています。越さんに市長になったきっかけから、いま目指しているものなどについてお伺いしました。

■アメリカでの経験が政治家への道を後押しした

―弁護士から市長に転身されたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

5歳のときから大津で暮らしていました。働いていた母に代わって、同居していた祖母がよく私たち姉妹の面倒を見てくれたのですが、私が中学生のころ家で転倒して歩けなくなってしまいました。

母は仕事を辞めて介護に専念しましたが、その頃はまだ介護保険による充実した介護サービスなどがなかったので、入浴や通院など毎日とても大変でした。その姿を見て子どもながらに、行政がもっと高齢者や介護にあたる家族のためにできることがあるのではないか、と思いました。これが一番はじめに政治に興味を持ったきっかけです。

その後、北海道大学の法学部に入学したのですが、3年生のときに法律か政治かどちらの方向に進むか、という選択に直面しました。政治を志す気持ちはあったのですが、身内に政治家がいるわけでもなく、お金もない自分がどうすれば政治家になれるのか、道筋が全く見えませんでした。銀行が倒産するなど不景気な時期でした。

そのとき大学の掲示板で法律事務所のインターンのちらしを見つけて、実際に行ってみたら面白くて。その後司法試験に合格し、司法修習を経て2002年から東京の西村あさひ法律事務所で働くようになったのです。

仕事では主にM&Aを担当し、とても忙しかったので、政治に関わる夢は考える余裕もありませんでした。仕事では、アメリカの会社法などに関係することもあり、アメリカのロー・スクールへ留学する準備をはじめました。アメリカのロー・スクールに出願するには、パーソナル・ステイトメントという、自分のやりたいことを書く文章を提出しなければなりません。そこで、上司に相談したところ、「人と違うことを書くべき。人と同じことなら読んでもらえない」と言われました。

それで改めて、自分が他の弁護士と違うことは何だろう、と考えたら政治に興味を持っていた昔の自分を思い出しました。それで「日本の女性政治家はとても少ないので、いつか自分も挑戦したい」と書いたところ、ハーバード大学のロー・スクールに合格することができました。

渡米するとちょうど大統領選挙の時期で、ハーバード大学ロー・スクールがオバマ大統領の母校であったことから、キャンパスでも選挙活動が非常に盛り上がっていました。私も集会などに行ったのですが、自分より若い学生たちでも「change」というスローガンを掲げて、ものすごく熱心に活動している姿に驚かされました。何より、社会を変えよう、良くしよう、と一人一人が行動している姿に感銘を受け、私自身も社会を変えるために何かしたいと思うようになりました。

その後、ニューヨークの法律事務所に勤めましたが、結婚し、子どもを持っている女性弁護士は多くいました。また、一緒に働いていた男性弁護士が育休を取るというので驚きました。それに比べて日本は女性が生きにくい社会であるように見えました。

日本では、多くの女性が「仕事か子育てか」という二者択一を迫られています。日本で働いていたときは、まわりの女性たちが育児と仕事の両立に大変な苦労をしているのを見て、私自身は結婚して子どもを産むという道を選べませんでした。

一方で、結婚や出産で仕事を辞めた友人も苦労していました。子どもが小学生になって、生活や子どもの教育のために働かなければいけなくなっても、仕事が見つからなかったり、以前の仕事よりもお給料が下がってしまったり。日本でもっと女性が自由に人生を選択できて、生きやすい社会を作るために、自分が育った大好きな大津で市長を目指そうと決意したのです。

それでもどうやって選挙に挑めばよいか分からないので、迷った時期もありました。そんなときにハーバード大学のクラスメイトに相談したところ、こんな答えが返ってきました。「弁護士は、他にもたくさん代わりがいるけれど、市長は一人だけ。自分にしかできないことをするべき」。

そんな言葉を聞いて、自分にしかできないことがあるはずだと思い、市長選に出る決意をしました。結果的に知名度がない自分が現職の市長に選挙で勝てたのは、市民の皆さんの中に「何かを変えたい」という期待があったからだと思います。

■自由と正義が政治活動のポリシー

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―市長になって戸惑われたことはありませんでしたか。

政治や行政の世界を知らずに市長となったので、固定概念がそもそもなくて、逆に戸惑うようなことはあまりなかったかもしれません。市役所の中のことや議会のことなどは、1期目の4年間を過ごす中で少しずつ分かってきた感じがします。国政では政党によって政策が異なりますが、地方では住民の生活に密着した問題を扱いますし、市民の声を聞こうとすると政党やイデオロギーの違いは関係なく、共通するところがたくさん出てきます。そこは国政と違うところだと思っています。

―前市長のときに起きた、いわゆる「大津市中2いじめ自殺事件」のその後の対応などを拝見していると、何か一貫したポリシーがあるように感じますが。

日本弁護士連合会の機関雑誌のタイトルが『自由と正義』なのですが、弁護士をやめて市長になってから、それはまさに自分がこだわっていることだと気付きました。一人ひとりのさまざまな考えや行動は、経済活動も含めて自由であるべきだし、制約されるべきではありません。いじめの事件では亡くなられた中学生のつらさや無念さを思うと、それに対して正義というか、正すべきものがあったはずだと思い、当時の学校や教育委員会の対応は許せないと思えました。

ご遺族ともお話をして調査をやり直しましたが、当時の学校や教育委員会には外から見る目がありませんでした。普通に考えておかしいと思うようなことでも中にいると分からないことが多く、「教育的配慮」という言葉で曖昧にされていました。そのため第三者委員会を立ち上げて徹底した原因調査を行うことで、ご遺族にも納得していただける教育改革へつなげていけたのではないかと思っています。しかし、まだ道半ばであり、いじめ対策については、これからも全力で取り組みます。

―市長としての仕事にやりがいを感じるのはどのようなときですか。

市は市民に一番近い行政ですので、市長として取り組んだことについて、市民からの反応がすぐに伝わってくるのがやりがいになっています。例えば、これまでの4年間で保育園などを19園新設し、入所定員を1,935人増やした結果、保育園の4月時点での待機児童は2015年、2016年と2年連続ゼロになりました。市民の方々から「子どもや孫が保育園に入れて働けるようになった」というお声を伺っています。

一方で、大津市から交付するさまざまな補助金の適正化を進めていますが、減額をお願いした団体の方々からは反対のご意見を頂戴します。このように良い反応も悪い反応もすぐに分かるのが市長という仕事であり、反対の意見を持つ方々とも直接、お話をして合意が得られるよう努力していくのは大変ですが、やりがいにつながっていると感じています。

去年の夏から2期目の選挙の直前まで50回以上、ミニ集会を開催していろいろなご意見を伺ってきました。みなさん、それぞれに考えは違うので目指す方向性が見えないこともあったのですが、40回目ぐらいからだんだん共通するものを感じられるようになりました。意見は違っても、大津が好きで住み続けたいと思っているのには間違いありません。だからこそ積極的なご意見もいただけるものと感謝しています。

■女性だからできることは必ずある

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―女性市長だからできた、と感じることはありますか。

待機児童の問題に取り組んできたのは、周囲の女性たちが子育てと仕事の間で大変な苦労をしているのを自分自身の問題として見てきたからかな、と思います。女性がもっと自由に選択できる社会を作る、ということは、誰にとっても生きやすい社会の形成につながるのではないでしょうか。

―2期目で目指す方向性について教えて下さい。

2期目ではマニフェストに「大津に住む人を増やす」、「大津に来る人を増やす」、「持続可能な大津をつくる」という3つを大きく掲げています。「大津に住む人を増やす」では、待機児童問題や公立幼稚園の3年保育化、中学校給食の導入などを進め、大津に住む人が一人でも多く子どもを持てる環境を作っていく考えです。

また「大津に来る人を増やす」ですが、私は北海道や東京、アメリカに住んで、アジア、ヨーロッパ、南米など世界のさまざまな場所を旅行しましたが、大津が世界で一番美しい町でした。ちょうど外国人観光客が増加していますので、琵琶湖などの自然と、比叡山延暦寺、三井寺、石山寺をはじめとする歴史的文化遺産などの大津市の魅力を発信し、世界中の人々に来てもらいたいです。

3つ目の「持続可能な大津をつくる」では、人口が減少していく中でも持続可能な街を作るため、徹底した行財政改革を行うということです。大津市の公共施設は、昭和40年代、50年代に建ったものが多いので、今後の修繕などに今の予算では30%ほど足りないことが分かっています。そのことを市民の皆さんにご理解をいただいて、統廃合を行わなければなりません。

限られた財源を有効に使うためには、民間に任せていった方が良い事業もありますし、民間に任せられるものは任せて、"小さな政府"を目指して行政改革をこれからも進めていきます。

―これからどのような人に政治家になってもらいたいでしょうか。

女性だからこそ分かることはあると思うので、もっと女性の政治家が増えてほしいですね。女性の市長はいまだ全体の2%ほどしかいません。圧倒的に少ないですし、2期目を迎えた今でも私が全国で最年少の女性市長というのは寂しいので、もっと多くの女性の皆さんにチャレンジしてもらいたいです。また私は36歳で市長になりましたが、若いからこそ30年後の未来も自分のこととして考えられます。若い人がぜひ政治家になってほしいです。

政治家としての仕事に決まったやり方はないですし、有権者の皆さんに支持されるなら色々な取り組みがあって良いはずです。政治の世界に女性や若い人の挑戦が増えることを願っています。

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プロフィール

越直美(こし・なおみ)

2012年1月、最年少女性市長(当時36歳)として大津市長に就任。いじめ問題を契機として、いじめ対策や教育委員会改革に取り組む。また、女性が選択できる社会の実現のため、待機児童解消等の子育て施策を推進する。これらの取り組みにより、2015年3月、世界経済フォーラムのYoung Global Leadersに、2016年3月、経済開発協力機構(OECD)・フォード財団主催「包括的成長のための都市づくりキャンパーン事業」に係るチャンピオン市長連合メンバーに選出される。

2000年北海道大学法学部卒業、2001年北海道大学大学院法学研究科修士課程修了。2002年から弁護士として西村あさひ法律事務所にてM&Aを専門とする。2005年早稲田大学大学院非常勤講師(知的財産法)。2009年ハーバード大学ロー・スクールを修了し、ニューヨークの法律事務所Debevoise&PlimptonLLPに勤務。2010年~2011年コロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所・客員研究員、国連ニューヨーク本部研修。

著書として『教室のいじめとたたかう 大津いじめ事件・女性市長の改革』(ワニブックスplus新書 2014)。1975年大津市出身。弁護士、ニューヨーク州弁護士。